第三十七話、名を忘れた精霊たち
試練の間──そこは、静寂に満ちた白い円形の空間だった。
天井は高く、壁面には古の言葉が刻まれ、中央には円形の魔法陣が淡く輝いていた。
「この場に招かれるのは、過去に“名”を与えられながらも、名を忘れ、今なお彷徨う精霊たちだ」
記録官の声が響く。
魔法陣に光が集まり、やがて幾つかの影が浮かび上がる。形はあやふやで、まるで霧が集まって人影の姿になったようだった。
奏が一歩踏み出すと、影の一体がかすかに反応した。
「……だれ……わたし……なまえ……?」
その声は、かすれ、消え入りそうだった。
ヒューラがそっと奏の横に立った。
「彼らは、自分が何者だったかも思い出せない。でも……名を呼ばれた記憶だけが、まだどこかに残ってるんだ」
奏は静かに目を閉じ、風の流れに耳を澄ませた。
その中に、かすかな震え、助けを求める囁きがあった。
「……君の名は……フィンラ……」
その名を呼んだ瞬間、一体の影がふっと震えた。
淡く揺れていた霧が少しだけ濃くなり、輪郭が明確になる。
「フィンラ……わたし……そう、だった……」
他の精霊たちもざわめき始めた。
「なまえ……あるの? ほしい……なまえ……」
奏はヒューラ、アウラス、イリィアと目を合わせる。
「僕たちで、もう一度名を贈ろう。この空間で、“名”が縛るものではなく、解き放つものだと証明するんだ」
シフとリアガンも静かに頷いた。
「では……共に、祝福を」




