第三十六話、契約の名、祝福の名
“管理の間”の重厚な扉が、風もなく静かに開かれた。
中は、冷たい光に満ちた広い空間。
無数の記録棚が並び、その一つひとつに、刻まれた“名”が封じられていた。
中央には記録官の青年──黒衣の男が待ち構えていた。
「これが、アラウィンが築き上げた秩序だ」
青年は広げた手で記録棚を示した。
「名を得た精霊は、この管理のもとに力を制御され、魔法の安全性と公平性が保たれる」
アウラスが一歩踏み出した。
「だが、それは精霊の意思を封じている。力を恐れ、名を“鎖”に変えただけだ」
「恐れではない。制御だ」青年が鋭く返す。
「名に責任を伴わせることで、均衡が保たれる。君たちのように“祝福”と呼ぶ曖昧なものでは、社会は機能しない」
シフがゆっくりと声を発した。
「名に責任があるのなら、なおさら、名を贈る者にも覚悟が必要だ。君たちは、覚悟を他者に押しつけている」
ヒューラが奏の後ろからそっと前に出た。
「僕たち精霊は、名前を与えられたことで、はじめて“ひとり”になれる。
でも、それは独りぼっちになることじゃない。誰かと結ばれることなんだ」
沈黙が空間に降りた。
そして青年は、試すように言った。
「ならば、祝福の名がいかなるものか、見せてもらおう。
“契約の間”にて、古の精霊たちと向き合う試練を受けるがいい」
奏は静かに頷いた。
「わかりました。わたしたちは、“名を贈る意味”を証明します」
扉の向こう、試練の間へと続く通路に、また風が流れ始めた。
その風は、問いの風。
そして、祝福の風だった。




