第三十四話、囁かれた異変
封印の間から出たその夜、奏たちは記録の庭に隣接する簡素な石造りの小屋に滞在していた。
夜風は穏やかで、星々は静かに天を巡っていたが、奏の心には一つの違和感が残っていた。
──風の流れが、どこか歪んでいる。
「何か気づいたの?」
ヒューラがすぐに察して問いかけた。
「風の巡りが、途切れている場所がある。まるで、誰かが“風の名”を封じているような……」
その言葉に、アウラスも顔を曇らせた。
「……アラウィンの中心部には“管理の間”と呼ばれる特別な空間がある。
そこでは、精霊たちの名が制度として管理されている。おそらく、そこで何かが起きている」
イリィアが奏の袖をそっと引いた。
「わたし、そこに閉じ込められていた記憶がある。
とても暗くて、冷たいところ……自分が誰かもわからなくなって、ただ名前だけが薄く残ってた」
その震える声に、ヒューラが小さく頷いた。
「その空間が、“名の牢獄”になっているのかもしれない」
奏は静かに拳を握った。
「行こう。そこに何があるのか確かめたい」
証人から与えられた地図に導かれ、一行は夜のうちに“管理の間”へ向かう。
石畳の細い道を抜け、月光を浴びて浮かび上がる白い塔へと近づくにつれ、風の音が徐々に途切れがちになっていった。
「風が……黙ってる」
イリィアの呟きが、空気の中に溶けるように消えていく。
塔の前に立ったそのとき、彼らの前に一人の人物が現れた。
黒い法衣を纏い、手には金の記録杖を携えた青年だった。
「これより先は、記録管理官以外、立ち入りを禁ず」
その声には魔力の気配が乗っていた。名を用いた結界が、塔の周囲を覆っているのが奏にもわかった。
だが奏は、ひるまず言った。
「その中で、精霊の名がどう扱われているか。わたしたちには、それを知る責任がある」
青年は、奏を一瞥した。
「名を“祝福”として呼ぶ者──か。……ならば、証明してみせよ。名を縛るのではなく、真に解く力があるのかを」
風がふたたび吹き始めた。
その風は、問いかけの風。
次なる試練の幕が、今、上がろうとしていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでも奏の物語に風を感じていただけたなら嬉しいです。
次回は、奏と流浪人が一時的に旅路を共にし、“外の世界”の現実を目の当たりにする場面が描かれる予定です。お楽しみに!
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