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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第六章、忘れられた契約の庭

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第二十六話、名を持たぬ声たち

 契約の庭の深奥で、アウラスはひとり立ち尽くしていた。

 彼のまわりには、姿かたちを曖昧にした精霊たちが、風に溶けるように漂っている。


 それは、名を持たぬ精霊たち。

 名を与えられることも、望まれることもなく、ただ存在の気配だけで世界にとどまっていた。


『我らは縛られぬ。けれど、かたちを持たぬ』

『名とは、呪いか。祝福か』


 その声は、風のざわめきのなかに紛れていた。


 アウラスは、かつて自分に与えられた“名”を思い出していた。

 幼いころ、ある術者によって呼び出されたとき──彼はただ「力を貸せ」と命じられ、名を一方的に与えられた。


 それは誇りではなく、命令だった。契約ではなく、命令。

 彼の心には、深くそれが刻み込まれている。


 その名を拒み、契約を拒み、自らの存在を曖昧にしていった。

 記録からも消え、他者から呼ばれることもなくなった。


 それが、彼の自由の代償だった。


 ──また、縛られるのか?


 その恐れが、今も胸の奥で燻っている。


 そこへ、風を切って駆ける音が近づいてきた。


「アウラス!」


 (そう)の声。


 振り返ると、彼とヒューラが森を抜けてこちらへ走ってくる。

 その姿は、なぜだか眩しく見えた。


「……怖いんだね」

 (そう)が、まるで心を読んだかのように言う。


「名を与えられることが、誰かの意志に従うことになるんじゃないかって」


 アウラスは、はっと目を見開く。


「でもね、君のことを“アウラス”と呼んだとき、わたしは命令をしているつもりなんてなかった。

 君を、君として呼びたかったんだ」


 ヒューラがそっと歩み寄り、名もなき精霊たちに目を向ける。


「名は、確かに力を持つ。けれど、それをどう使うかは呼び手の在り方次第。

 名を通して結ばれる関係には、祝福もある。名づけが、存在を照らすことだってあるんだ」


 名もなき精霊たちが、そっと風をまとい、さざめきながら言う。


『祝福の“名”……忘れていた響き』

『その声、覚えておく』


 アウラスの胸の奥で、何かがほどけていくのを感じた。


「……僕は、本当は、誰かにそうやって呼ばれたかったのかもしれない」


「だったら、これからそうすればいい」

 (そう)の言葉はまっすぐで、あたたかかった。


 名を恐れるのではなく、名に宿す想いとともに歩んでいく──

 その決意が、アウラスの中で芽生えていた。


 彼はそっと頷き、風の中に消えていこうとしていた名なき精霊たちに言った。


「……ありがとう。君たちのこと、僕も忘れない」


 精霊たちは声なき声で笑った。


『風が名前を持つとき、また会おう』


 その夜、契約の庭の風は、まるで春のように柔らかかった。

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