第二十五話、名のかたち、心のかたち
霧が深まったかと思うと、奏の足元から景色がゆらぎ、次の瞬間、見知らぬ空間に立っていた。
そこは風が吹き抜ける広大な草原。けれど、どこか現実離れした透明感があり、奏の足音さえも風に吸い込まれていくようだった。
「……これは、わたしの心の中?」
誰もいないはずの空間に、風が囁く。
『これは、名の世界。名に結ばれた者の心が映し出される場』
響いた声は、どこかで聞いたことのあるような、懐かしさを帯びていた。
そこに、ヒューラの姿が現れた。けれど、いつもの少年の姿ではない。
風のように淡く、幼子のようでもあり、同時に年老いた者のような目をしていた。
「ヒューラ……?」
『わたしは、君が名を与えたもの。その名に、君の願いがこもっている』
ヒューラの姿が揺らぎ、いくつもの形を取る。風、光、子どもの姿、誰かの影……。
『その願いが、私を縛るか、解き放つか──それは、君の魔法次第』
試練は、名の真の意味を問うもの。
そして、魔法使いの“心のかたち”を映す鏡だった。
奏は深く息を吸い、自分の胸に問いかけた。
――わたしは、なぜ名前を与えたのだろう?
名を呼ぶということは、その存在を信じ、肯定すること。
呼ぶことで、存在が力を持つ。
「ヒューラ……君は、わたしにとって、風そのものだ。
けれど、ただの力じゃない。僕と共にあって、笑ってくれて、怒って、支えてくれる……“君自身”なんだ」
その言葉に応えるように、ヒューラの姿が収束し、少年の姿となった。
その瞳が、風の色にきらめいていた。
『ならば、我も応えよう。名に込められた願いに。君の風として、君の魔法として』
試練の世界が静かにほどけていき、奏の視界が現実へと戻ってくる。
目を開けたとき、ヒューラとアウラスが見守る中、奏の魔法の気配が一段階、深く変化していた。
「……終わったのか?」
「いや、始まったばかりだよ」
ヒューラが微笑む。
風は再び吹き始めていた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでも奏の物語に風を感じていただけたなら嬉しいです。
次回は、風に導かれ、奏が“都市と国家の境界”に向かう場面が描かれる予定です。お楽しみに!
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