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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第六章、忘れられた契約の庭

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第二十四話、忘れられた契約の庭へ

 薄明の空の下、(そう)は風の精霊ヒューラ、琥珀の目を持つアウラスとともに、魔法学舎の門を出た。


 目的地は、古代契約の地──“忘れられた契約の庭”。

 アラウィンの地図にも載っていない、かつて精霊と魔法使いが“対等な言葉”を交わしたという伝承だけが残る場所だ。


「本当に……この道で、合ってるのかな?」


 (そう)が手にした古地図とにらめっこしていると、ヒューラがくすりと笑った。


「風は迷わないよ、(そう)。君の心が向いている方へ吹くから」


「その言葉、ちょっと格好良すぎない?」


 隣でアウラスがからかうように言い、三人の間に柔らかい笑いが生まれる。


 道中、かつて使われていた風の巡礼路を進みながら、(そう)は自分の中にある“名”への意識が変化していることを感じていた。


 風と魔法と、名を呼ぶという行為。

 それは誰かの存在を祝福することでもあり、時には束縛する力にもなりうる。


「ねぇ、(そう)

 アウラスがふと真剣な表情で言った。


「この旅の先にあるものって、ただ古い知識だけなのかな? それとも……僕たち、もっと変わることになると思う?」


 (そう)はしばらく考えてから、答えた。


「うん。変わると思う。だから行きたいんだ。

 精霊としてじゃなく、“アウラス”として生きようとしてる君と、

 “名前を与えた”意味を本当に考えたい。わたし自身も──“風の魔法使い”として」


 アウラスは、目を細めて小さく笑った。


「それなら、ぼくも……ちゃんと君と旅をするよ」


 彼の言葉に、ヒューラが頷く。


「契約の庭は、君たちの“次の扉”になる。きっとね」


 そう言った風の声は、どこか遠く懐かしい響きを含んでいた。


 やがて、森の奥へと続く霧の道が現れた。


 森を抜けるにつれて、空気が変わっていく。

 肌を撫でる風には、言葉にならない響きが混じっていた。音にもならない声が、枝葉をすり抜け、どこかで誰かが名を呼んでいるような気配がある。


「……聞こえる?」


 (そう)が小さくつぶやくと、ヒューラも頷いた。


「これは……残響だよ。かつて、ここで交わされた名の契約の声の」


 やがて、木々が開け、小さな泉と石造りの祭壇が現れる。

 空が広がり、風が静かに渦を巻く。


 アウラスが一歩、前に出る。

「……懐かしい匂いがする」


 その場に立った瞬間、彼の足元に柔らかな光が広がり、地面に刻まれた古代文字が浮かび上がった。


 (そう)は、そっとその中心に立ち、深く息を吸った。


「ここが……“忘れられた契約の庭”」


 その名の通り、時に忘れられてもなお、風と精霊が互いの声を交わした場所。

 そして今、その記憶は再び呼び起こされようとしていた──。


 突如として、空気が震えた。泉の水面がざわめき、祭壇の周囲にいくつもの光の粒が浮かび上がる。


「これは……」


 ヒューラが顔を上げた。


「庭が君たちを試そうとしている」


 光の粒が集まり、ひとつの人影のような形をとる。

 それはぼんやりとした輪郭を保ちながら、(そう)たちをじっと見つめていた。


「……精霊?」


 (そう)が声をかけると、影は小さく頷いた。


『名を結んだ者よ。名を与えた者よ。その責任を知るか?』


 声は心の内に直接響いてきた。


 (そう)は一歩踏み出し、静かに答える。


「……まだ、全部は知らない。

 でも、知りたい。名を与えるって、どういうことか」


『ならば示せ。名を結ぶに足る、心と魔法を』


 その瞬間、風が大きくうねり、空間がゆがむように広がっていく。


 試練は、始まったばかりだった──。


 そしてその試練の中で、(そう)は見つけることになる。


 名とは、ただの印や記号ではなく、その存在の本質を言祝ぐものであること。

 名は力を引き出すが、決して縛るための鎖ではないこと。


 風が語りかけるようにささやいた。

 

 ――名は、その者が“その者である”という祝福だ。呼ぶことで、形が宿る。


 (そう)はその意味を胸に刻みながら、一歩ずつ試練の中心へと向かっていった。

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