第二十二話、風の名が問うもの
制度に組み込まれた名。
その枠の外から、問いを投げかける精霊と魔法使いが、風の中で立ち上がります。
どうぞ、奏の心の旅路を見守ってください。
アウラスが名を取り戻してから数日、アラウィンの学舎は静けさを取り戻した。
しかし、奏の胸に残る感覚は、以前とは違っていた。
──名とは、本当に祝福なのか? それとも制度の道具か?
アウラスは、魔法学舎の一室に保護されていた。
正式な精霊としての登録はまだされていないが、奏とヒューラの推薦により、一定の自由が認められていた。
その日、三人は中庭の風の回廊で顔を合わせた。
「ありがとう、奏。ヒューラも」
アウラスはどこかはにかんだように笑った。
彼の姿は少年のようでありながら、目には年輪を重ねた精霊の深みがあった。
「けれど……どうしてこの国は、僕の名を封じたのかな」
奏はその問いに、すぐには答えられなかった。
それを代わりに答えたのは、ヒューラだった。
「きっと、この国では“名”が秩序を守るための鍵になってるからだよ。
でもね、名は心から呼びかけられるものじゃないと、きっと長くは響かない」
奏は頷いた。
「わたしたちは、名を“制度”から解き放って、もう一度“関係”の中に取り戻さなきゃいけないのかもしれない」
そのとき、ひとりの教師が近づいてきた。
薄茶のローブに、名を示す徽章が胸元に縫い付けられている。
「奏くん。話がある」
教師の名は、エイル。
学舎でも少数派の“古い系統の魔法”を重視する魔法理論の講師だった。
エイルは、奏とふたりだけになると、静かに口を開いた。
「君が名を与えたヒューラ、そしてアウラス……彼らの存在は、名の魔法制度の根幹を揺るがす可能性がある」
「……どういう意味ですか?」
「名を与える力が、選ばれた者の特権として制度化されたのは、数百年前からだ。
しかし、君のように“関係性”の中で自然に名を与える者が現れ始めると、制度の意味が問われ始める」
エイルは、ほんのわずかに微笑んだ。
「君の行動は間違っていない。けれど、理解されないこともある。
その覚悟を持てるか?──それが、次の扉を開く鍵になる」
奏は黙って、遠くにいるヒューラとアウラスの姿を見た。
風に揺れる木々の葉が、優しくささやくように、彼の耳元で鳴った。
──名は、声の届く距離でこそ、生きるもの。
そして奏は、ゆっくりと頷いた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでも奏の物語に風を感じていただけたなら嬉しいです。
名は、結び目であり、声の届く距離でもある。
“誰に呼ばれるか”が、魔法を形作るのだと改めて感じる章です。お楽しみに!
感想やお気に入り登録をいただけると励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。




