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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第五章、名の国アラウィン

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第二十一話、名を喪(うしな)った精霊

名を失った精霊は、存在の形すら失う。

それでも、誰かの声に応えたいと願ったなら──。


どうぞ、そうの心の旅路を見守ってください。 

 魔法学舎の中庭が、抑えきれぬ風と魔力で荒れ狂っていた。


 回廊の封印が破られ、名を失った精霊──“無名むめい”がその姿を現したのだ。


 人のかたちにも獣のかたちにもなれず、ただ歪んだ影と風の渦となって咆哮する。


 周囲の魔法士たちが結界を張り、押さえ込もうとするも、力は衰えず、むしろ増していく。


「名前を……返せ……! 私の名を……!」


 それは、断末魔にも似た叫びだった。


 ヒューラは震えていた。

 自分も、もし名を得なかったら、あのような存在になっていたかもしれないという恐れが、胸を締め付ける。


 それでも、(そう)は一歩を踏み出した。


「……話を、聞かせて」


 無名の精霊は唸るように唾を飛ばし、反射的に魔力を放つが、(そう)はそれを風で逸らす。


 ヒューラがその横に立った。

 目はまだ揺れているが、踏みとどまっている。


「あなたの名は、どこへ行ったの?」


 (そう)の問いに、影が一瞬揺らいだ。


「奪われた……この国の、制度に……」


 名の魔法を巡る過去の歪み。


 ある時代、魔法士たちは強力な精霊に名を与えることで力を得たが、精霊自身の意思は顧みられなかった。


 与えられた名に縛られ、望まぬ役割を強いられた精霊たちは、次第に“自らの名”を忘れていったという。


 そして、名前を失った精霊は、存在の形を保てなくなり、怒りと悲しみの化身と化した。


 (そう)は息を呑んだ。


 名は、祝福にも、呪いにもなる。


 ──僕は、ヒューラに、名を押し付けてしまったのか?


 そのとき、ヒューラが(そう)の前に出た。


「ぼくは、ヒューラ。(そう)が呼んでくれた。君には、名をくれる誰かがいなかったんだね」


 その声は震えていたが、確かに届いていた。


 影のような精霊が、わずかに動きを止める。


「……名を、“くれる”? お前たちは、奪うものではないのか……?」


 (そう)が言葉を継いだ。


「違う。わたしは、君に名前を“返したい”と思ってる。君がそれを望むなら」


 回廊の風が止まり、時間が静止したかのように感じられた。


 ヒューラが、影にそっと近づいた。そして、そっと呼びかける。


「君の風の色は……琥珀色だね」


 光が、影の中心に生まれた。


 (そう)が、そっと囁くように言った。


「アウラス──風の歌をたたえる名。……それが、君の名であってほしい」


 その瞬間、風が爆ぜるように広がった。


 光が影の中から溢れ、叫び声とともに、無名だった精霊は静かにその姿を変えていく。


 琥珀色の衣を纏った、年若い精霊の姿がそこに立っていた。


 目を開け、息を吸い、そして小さく微笑む。


「……アウラス」


 風が、祝福のように学舎を巡っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


少しでもそうの物語に風を感じていただけたなら嬉しいです。


アウラスの名は、奏が「誰かに名を返す」力を持ち始めた証です。

次は、名を奪う制度そのものと向き合っていきます。お楽しみに!


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