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風の子と魔法の旅路 ~風のことばを探して~  作者: ましろゆきな
第五章、名の国アラウィン

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第二十話、名の精霊と、呼びかけの儀

誰かに名を呼ばれるとき、人は、そして精霊は、本当に「わたし」になる。

静かな儀式のなかで、ヒューラと奏の絆が問われます。


どうぞ、そうの心の旅路を見守ってください。 

 アラウィン魔法学舎の塔の最上階──そこに、千の名が刻まれた「精霊の回廊」があった。


 すべての精霊の名が記録されたその空間は、名の魔法の根幹とされ、通常は上級の魔法使い以外の立ち入りが許されない。


 だが、(そう)は例外だった。


 未登記の精霊を伴い、独自に名の魔法を行使した者として、特例的に“呼びかけの儀”を受けることになったのだ。


 その日、夜の帳が落ちた頃、(そう)は一人、塔へと案内された。


 扉の向こうには静謐な空間が広がっていた。


 丸い石造りの広間の中央に、一本の大樹のような魔法装置が聳え、その幹には何百という精霊の真名が光る文字で刻まれていた。


「──名を呼び、応じる声を聞け。それが君の“名の魔法”だ」


 儀式監の魔法士がそう言い残し、(そう)をひとり残して立ち去る。


 空間には、風の気配すらない。


 けれど、(そう)の心には確かに、風の存在があった。


 ──ヒューラ。


 声にはならない呼びかけに、わずかに空気が動いた。


 回廊の奥、名の刻まれた幹の根元に、淡く揺らめく光が現れた。


 それは、ヒューラだった。


(そう)……」


 少年の姿をした風の精霊は、どこか迷いのある眼差しで彼を見つめていた。


「僕、ここにいていいのかな」


 その声には、恐れが滲んでいた。名が力になる国で、名を与えられた存在としての不安。


 (そう)はゆっくりと近づき、問いかける。


「ヒューラ。君は、自分の名をどう思ってる?」


 ヒューラは少し黙って、それから小さく息を吐いた。


「……嬉しかったよ。でも、ここに来てから、周りの精霊たちに言われた。名は制約だ、って。君は本当にそれを分かってるのかって」


「僕も、分かってなかったかもしれない」


 (そう)は目を伏せた。


「でも、今は少し違う。君の名を呼ぶたびに、風が応えてくれる。その感覚が、間違いじゃないって教えてくれるんだ」


 ヒューラが、ふっと表情を緩める。


「……僕は君の声が好きだよ。呼ばれると、ちゃんと“僕”になれる」


 (そう)は、静かに微笑んだ。


 回廊の魔法樹が、柔らかな風を纏ってざわめいた。名の刻印が、ひとつ新たに輝きを放つ。


 その名は──『ヒューラ』。


 正式に認められたその瞬間、風が回廊全体を駆け抜けた。


 精霊たちの名が、風に共鳴して微かに震える。


 (そう)とヒューラは、確かにそこにいた。


 “名を与え、応じる精霊”として。アラウィンの大地に、初めてその名を刻んだ者として。


 ──だがその静けさは、長くは続かなかった。


 翌朝、学舎に封じられていた精霊の一柱が、突然暴走を始めたのだ。


 暴走の中心にいたのは、かつて“名を奪われた”精霊だった。


 「名の魔法は祝福ではなく、鎖だ」と叫ぶその精霊の力は、周囲の魔法士たちさえ圧倒するものだった。


 危険な回廊に(そう)が飛び込もうとしたとき、ヒューラが叫ぶ。


「やめて!君まで“名”に呑まれたら──」


 けれど(そう)は振り返らず、ただ言った。


「だからこそ、行くんだ。名を信じるって決めた。君を信じたように」


 暴走する精霊との対話、そして名に込められた本当の意味を取り戻すための、ふたりの試練が始まろうとしていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


少しでもそうの物語に風を感じていただけたなら嬉しいです。


次回、制度の外で生まれた名が、公式に認められるということ。

それは祝福か、波紋の始まりか──。お楽しみに!


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