第二話、風が問いかけた日
※この物語は、村に生まれた少年・奏そうが、
自分の内にある“風の声”に耳をすませ、外の世界へ歩み出す旅を描いています。
静かで、時に切なく、けれど温かい物語を、よろしければ一緒に辿ってみてください。
第二話では、旅人との出会いが描かれます。
その日、空は曇っていた。
朝から風が落ち着かず、木々の葉がざわめいていた。
奏は、村の集会所の軒下へと向かった。
――あの旅人が、まだここにいてくれたら。
願いは、叶った。
旅人は荷をまとめ、水筒を磨いていた。
その姿勢は穏やかだったが、まなざしは、どこか遠くを見ていた。
「……どこかへ、行くんですか?」
問いかけた声が、思いのほか幼く響いた。
旅人は顔を上げて、柔らかく笑った。
「ああ。今夜には発つつもりだよ。――道の向こうに、次の場所が待っている」
「そうですか……」
口の中が乾く。
予感はしていたはずだった。でも、言葉にされると、胸の奥が締めつけられる。
「君に会えて、よかった」
そう言って旅人は、微笑んだ。
「きっと、君のような人が、外にもいると信じていたよ」
「……どういう意味ですか?」
旅人は少し黙り、荷の上に片膝を立てて語り出した。
「昔の僕はね、自分が“間違った場所”に生まれた気がしていた。
家族に不満があったわけじゃない。土地を嫌っていたわけでもない。
それでも――あの土地の空気は、僕を少しずつ押しつぶしていったんだ」
奏は、息を詰めた。
「我慢する道もあった。でも、風が教えてくれた。
“おまえは、ここじゃない”――ってね」
「……風、ですか」
「そう。風は正直だ。
誰かが描いた地図じゃなく、自分だけの道を探したいなら、風はヒントになる」
旅人の言葉は、染みこむように心の奥へ届いてきた。
「君も、感じているんじゃないか?」
「ここにいながら、どこか別の場所の気配を」
奏は、ただうなずいた。言葉が出なかった。
「知ってしまったんだよ、もう。
世界が、ここだけじゃないってことを。
目を閉じても――もう、消せない」
「……はい」
風が、二人のあいだをすり抜けていった。
旅人は、木の枝で砂地に何かを描きながら言った。
「出るのが怖いのは、当たり前だよ。
でもね。怖いままでも、歩き出せることを――覚えておくといい」
奏は、ぽつりと尋ねた。
「どうして、わたしにそんな話をするんですか?」
旅人は目を細めた。
「君の目が、かつての僕と同じだったからだよ。
遠くを、見ている目だった」
その一言が、胸の奥の霧を晴らしていく。
“自分だけが異質”なのではなかった。
この違和感にも、名前があったのだ。
「奏というのか、君の名は」
「……はい」
「いい名だ。風を読む者に、よく似合っている」
旅人は立ち上がり、荷を背負って空を仰いだ。
「最後に、一つだけ――聞かせてくれるかい?」
「……なんですか?」
「君が一番怖いのは、“知らない世界”のことかい?
それとも、“知ってしまった自分”のことかい?」
その問いに、奏はすぐに答えられなかった。
でも、その答えが――
きっと旅の始まりを決めるのだと、どこかでわかっていた。
旅人はそれ以上、何も言わなかった。
ただ微笑み、手を振って、村の奥へと歩いていった。
まるで――風のように。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
少しでも、奏の物語に風を感じていただけたなら嬉しいです。
次回は、奏が初めて“風の力”と出会う場面をお届けする予定です。
まだ頼りない彼ですが、きっと風とともに、少しずつ成長していきます。
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