第十五話、風が知らせるもの
魔法学舎の生活が始まり、奏は「風のことば」という魔法との向き合い方を見つけつつあります。
今回は、小さな実習の中で、奏が“他者に理解される瞬間”を初めて経験する回となります。
同時に、平穏の陰に潜む不穏な風の気配が、物語を次なる章へと導いていきます。
魔法学舎の朝は、鐘の音から始まる。
静寂の空に鳴り響く鐘の音は、どこか冷たく、そして澄んでいた。
目覚めと同時に、奏は呼吸のように風を感じた。
まどろみに揺れる意識の中でも、それはもはや切り離せない感覚だった。
(おはよう。今日もよろしく)
風が頬を撫でた。それは返事のようでもあり、同意のようでもあった。
その日、学舎では“基礎魔導具の整備実習”が行われていた。
実習は、倉庫にある古い魔道具を各班で修理・再調整するというものだったが、奏の班は少し特殊な指示を受けていた。
「この旧式の風読み盤、完全に機能停止しているが……動力を入れると暴走の恐れがある。制御に自信のある者、いるか?」
講師の言葉に、生徒たちは顔を見合わせた。
「……試させてください。風が、応えてくれるなら」
奏が、手を挙げた。
「大丈夫なのか?」
「まだ風の制御、あやしかったって話じゃ……」
そんな声が聞こえたが、奏は気に留めなかった。
風読み盤は、空気の流れを可視化し、風の変化を予測するための古い魔道具だ。
しかしこの盤は、長年の誤動作によって、風と“無理な交信”を繰り返していたらしく、器具に蓄積された魔力が歪んでいた。
(無理矢理、風の言葉を引き出そうとしたんだ……)
奏は両手を器具の上にかざし、風の鼓動に耳を澄ませた。
(……きみはずっと、言葉を無理やり引き出されて、苦しかったんだね)
(もういいよ。わたしは、ただ聞きたいだけ。あなたの、本当の声を)
指を盤に添え、魔力を送る。
暴れそうになる風の流れをそっとなだめ、静かに整えていく。
“修理”ではなく“対話”だった。
盤は、ひときわ小さく音を立て、すうっと回転を始めた。
風が、器具の中を通り抜け、澄んだ風紋を描いていく。
「……おい、動いたぞ」
「信号が……正しく読めてる!?」
「なんだあの魔力の流れ……普通じゃない……」
奏は気にせず、ただ静かに風と共にいた。
その後の講評で、講師のひとりが言った。
「風を修復するというより、慰めていたように見えました。あれは技術ではなく、関係性ですね。見事です」
「……ありがとうございます」
ひとつの事件ではなかった。
けれど、奏にとっても、そして周囲にとっても、それは小さな“風向きの変化”だった。
夕方、リアンが声をかけてきた。
「……あの風、私じゃたぶん抑えられなかった」
「え?」
「……でも、あなたは、“その子たち”とちゃんと向き合った」
奏は微笑んだ。
「その子たち、って呼んでくれて、ありがとう」
リアンは照れ隠しのように口を歪めた。
「べつに、気づいたらそう言ってただけよ。でも……あなた、強くなったわね」
風が二人の間をくすぐり抜けていった。
その夜。
風が、異なる鼓動を帯びていた。
冷たく、裂けたように不安定で、まるで誰かの怒りが混じっているかのように。
奏は窓を開け、夜の風に意識を傾けた。
(これは……ただの風じゃない)
――“何か”が近づいている。静かに、だが確実に。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
第十五話では、奏が“風と対話する魔法”で小さな問題を乗り越える姿を描きました。
同時に、学舎の空気や周囲の生徒たちの受け止め方にも、少しずつ変化が見え始めています。
そして──風が告げた“静かな異変”。次回から、物語は新たな局面に入っていきます。
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