第十四話、風と、わたしの言葉
魔法学舎で迷いの中にあった奏。
他人の声に揺らぎ、風の声を見失った奏が、ふたたび“自分の言葉”を見つける物語です。
誰かのやり方ではなく、風と共にある道を、自らの歩幅で歩いていくために。
夜の魔法学舎は、昼の喧騒とまるで別の顔をしていた。
石畳は冷たく、回廊には誰の足音もなく、月の光だけが高く澄んでいる。
空中庭園の隅に立つ奏の頬を、風がそっと撫でた――けれど、それは答えではなく、ただの通り雨のようだった。
昼間の演習での失敗。
失われた風の制御。
ささやかれる声と、自分の声の混乱。
(風は、そばにいたのに。私が“わかってるふり”をして、勝手に遠ざかった)
「“魔法としての価値”とか、“評価される魔法使い”とか……そんなの、風には関係なかったのに」
奏は自分の言葉で風を語ったつもりで、いつの間にか誰かの言葉に染まっていた。
「……風」
奏は小さく呼んだ。返事はなかった。
けれど、その静寂の中に、空気の密度が変わるのを感じる。
(力じゃない。命令でもない。わたしは、あなたと……話したい)
「ごめんね。……もう一度だけ、ちゃんと向き合わせて」
その瞬間、頬をなでた風が、まるで“うん”と笑ったような気がした。
奏のまわりを、細く、やわらかな風が円を描いて舞う。
その夜の夢。
果てしない草原に、ひとりの子どもが立っていた。
少年でも少女でもない。年齢も境界も、すべてが曖昧な存在。
髪は風の水音、瞳は七色の光を映す硝子。衣は大気そのもの。
奏が名を問う前に、風の子が言った。
『ようやく……風に、耳を澄ませたね』
その声は、ことばではなかった。
旋律のようで、風そのもののようで。
『風は、きみの心のかたちに似て吹く。
だから、風を信じることは、自分を信じることだよ』
奏はうなずいた。
「……わたしは、わたしの言葉で、風と歩いていきたい」
『それが、そなたの魔法。風のことばだ』
風が、奏の肩にふれ、髪を持ち上げ、そしてやわらかく宙に溶けていく。
朝。
奏は深く呼吸して、静かに目を開けた。
空気が胸いっぱいに満ちる。風がすぐそばにいた。
(わたしの魔法は、“風のことば”。
誰かの模倣じゃなく、風と一緒に紡ぐ、わたしの声)
もう、“沈黙”は怖くなかった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
風と心を通わせる奏が、自分の魔法に名前を与える瞬間を描きました。
魔法が“技術”だけではなく、“語り合い”であること――奏らしい一歩になったのではと思っています。
次回は、魔法学舎での小さな事件と、奏が“風のことば”を使って向き合う場面を描く予定です。
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