第十三話、風の名を、誰が呼ぶ
魔法学舎に足を踏み入れた奏。
世界が広がるほどに、自分の未熟さが突きつけられます。
「風と話す魔法」は、果たして通じるのか――。
奏が壁にぶつかり、迷いの中で再び「風」と向き合うまでのお話です。
風の音が、変わっていた。
魔法学舎――それは、いくつもの尖塔と浮遊する庭園が連なる、空と大地の狭間に築かれた巨大な学び舎。
奏がその門をくぐった瞬間、風は耳元をかすめ、まるで「ここでも通じるか」と試すように囁いた。
(ここは……風が通る場所だろうか。それとも……)
不安とともに始まった選抜試験で、奏は異端ながら仮入学を許可された。
風を「制御」するのではなく、「回避」し「共に抜ける」その姿勢が、一部の講師の目にとまったのだ。
学び舎での生活は、まさに知識と技術の奔流だった。
古代語、理論構築、実技演習。幼い頃から教育を受けてきた者たちに囲まれて、奏は戸惑いながらも必死に食らいつく。
だが、風と心を通わせるような彼の魔法は、ここでは「再現性の乏しい特殊例」として受け止められた。
「感情を通す? 不安定すぎる」
「会話って……精霊術の亜流?」
「偶然じゃないなら、もう一回、同じように見せて?」
好奇心に満ちた言葉も、いつしか好奇の視線に変わっていく。
そんな中、奏に声をかけてきたのがナセルという少年だった。
整った制服、冷静なまなざし、金縁眼鏡。
いかにも優等生然としたその彼は、にこやかに問いかけてくる。
「君、本当に“風と話す”の?」
「話す……というより、“伝える”感じです。気持ちを」
「ふうん。でもさ、風がいなかったら何もできないの? それって魔法として不完全じゃない?」
「……風がいなくても、たぶん」
「“たぶん”か。なるほど」
彼の口調は柔らかかったが、奏にはその笑みに冷たさが滲んで見えた。
――そして、実技演習のときが来た。
炎・水・風の三属性障壁を前に、それぞれが魔法で突破を試みる中、奏は自分のやり方で臨もうとした。
(……風、お願い。あの頃みたいに)
けれど、風は揺らめくばかりで、まとまってこない。
(どうして? 聞こえない……)
焦りが募り、魔力が乱れ、呼びかけは空回りしていく。
次の瞬間、演習場の備品が突風で吹き飛び、訓練空間が一瞬凍りついた。
講師の結界が事なきを得たが、空気は冷ややかだった。
「再現性、ゼロだな」
「“風の子”って、ただの噂か」
悔しさと恥ずかしさが、喉の奥につかえて言葉にならなかった。
その夜。
中庭の石畳に腰を下ろし、奏は風の通りを見つめていた。
吹いているはずの風が、今は遠く、まるでこちらを見ているだけのようだった。
(きみまで、私から離れるの?)
その時、足音がして振り返ると、リアンが立っていた。
「落ち込んでる顔ね。まあ、気持ちはわかるけど」
彼女は言葉少なに隣に腰を下ろすと、ぼそりと続けた。
「火だって、言うこと聞かないときはある。燃やしすぎて、何も残らない日もね」
「……でもわたし、今日は……風が、何を考えてるのか、全然分からなかった」
「違うわ。風が迷ってたんじゃない。あなたのほうが、迷ってたのよ」
「え……」
「“自分の声”を聞く前に、他人の評価ばっかり気にしてた。
そんなの、風が分かるわけないじゃない」
静かな風が、中庭の草木を優しく揺らした。
まるで、リアンの言葉にうなずいているかのように。
奏は、胸の奥に風がふっと入り込むのを感じた。
(風は、ずっとそばにいた……私が、自分から遠ざけていただけ)
次第に風がそっと頬をなで、夜の冷たさを和らげていく。
その手触りに、奏は小さく目を閉じた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
魔法学舎という「正解」の多い世界の中で、奏が自分の“風”を見失いかける回となりました。
ですが、言葉を失っても、風は離れずそばにいる。
次回は、風との絆を取り戻す一歩と、再び“自分の言葉”を見つける旅のはじまり。
感想やお気に入り登録、とても励みになります。引き続きどうぞよろしくお願いいたします!