第十一話、ともに風を学ぶ者たち
※市場での出会いは、いつだって偶然と運命のあいだにある。
今回、奏が出会うのは、自分とはまったく違う力を持つ少女。
魔法のあり方も、生き方も、価値観もすれ違っているけれど、
その“違い”こそが、旅の新たな風を運んでくれるかもしれません。
朝の市場は、熱気に満ちていた。
陽射し、呼び声、焼きたてのパンの香り。人の流れは絶えず、音は絶え間なく交錯する。
奏はその中を、緊張と興奮をないまぜにして歩いていた。
村では見たことのない野菜、香辛料、異国の布地──風がすべてを運んできてくれる。
けれど、昨日感じたように、この町の風は入り組み、複雑で、時に押し返してくるようでもあった。
(風も、ちょっと戸惑ってる……?)
ふと、周囲がざわついた。
「危ない、離れて!」
叫び声とともに、人の群れがはじけるように散る。
その中心には、煙を噴き上げる魔道具が転がっていた。
金属の球体が赤く光り、振動しながら地面を跳ねている。
(魔道具……? 暴走してる!)
とっさに風を送ろうとしたそのとき──
「下がって!」
鋭い声が響いた。
次の瞬間、球体を包むように炎の帯が巻きつき、魔道具の動きを無理やりねじ伏せるように押さえ込んだ。
その炎を操っていたのは、年若い少女だった。
腰まで届く赤褐色の髪を後ろで一つに束ね、風になびかないほどの熱を纏っていた。
深紅の魔法装束は、まるで炎そのもののように彼女の意志を包み込んでいる。
瞳は金色に近い琥珀色。燃えるような眼差し。
「……っ、まだ暴れるの……!」
彼女──リアンは、歯を食いしばり、力を注ぎ込んでいた。
だが、魔道具は押さえきれず、今にも爆ぜそうな勢いだ。
(火だけじゃ……だめだ)
奏は迷わず、一歩踏み出す。
「風で……支えます!」
言葉とともに、風を走らせる。
爆ぜかけていた魔道具の力が散らされ、炎が芯をとらえ、やがて火と風が重なり合うように魔道具を包んだ。
振動が止まり、光が消える。
ようやく、市場に静寂が戻った。
奏が息を整えて顔を上げると、リアンがこちらを睨んでいた。
「何、してくれてるのよ」
「……え?」
「勝手に割り込んで。暴走を止めるのは私の仕事だった」
奏は戸惑いながらも答える。
「でも……危なかったから。あれ以上は……」
「余計なお世話よ」
リアンの声は低く鋭かった。
「あなたの“感覚まかせ”の魔法で……もし誰かが傷ついてたら、どうするの?」
少しだけ、震えるような責め方だった。
「……感覚じゃ、ありません。ちゃんと……風と話して、お願いして……」
「“風と話す”? 何それ、子どもの空想?」
リアンの顔に、軽く鼻で笑うような色が浮かんだ。
「魔法は訓練と論理。そんな曖昧なものじゃない。魔法使いを名乗るなら、そんな夢みたいなこと……やめなさい」
その言葉は、奏の胸に刺さった。
(夢じゃ、ない……)
だけど、言い返す言葉が出てこなかった。
通りの隅に移動しながら、リアンは自分の魔道具を拾い上げていた。
奏も離れかけたその時──
「……さっきの風。少しだけ、助けになったのは……認める」
その声は、背中越しに投げられたものだった。
「でも、もし次があったら。私の許可なしで勝手に手を出さないこと。いいわね」
リアンが顔だけ振り返り、琥珀色の瞳が奏を射抜く。
「名前は?」
「……奏です。風を……すこし使えます」
「リアン。フェルグレン家の四女よ。覚えておきなさい」
そう言ってリアンは踵を返し、人混みに消えていった。
その日の午後、奏は裏路地の風に頬を撫でられながら、つぶやいた。
「……変な人だった。でも……すごかったな。あの火の力」
風が、少し笑ったように肩を押した。
(火と風は、ぶつかるだけじゃない。きっと、交わることもできる)
それがこの出会いの始まりだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
リアンという「火の魔法使い」の少女が登場し、
奏の旅に“ぶつかり合いながら進む”新たな展開が加わりました。
次回は、すれ違った二人が再び出会い、
それぞれの魔法への想いが、少しずつ交わり始める場面が描かれる予定です。
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