表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/57

第十話、風の通わぬ街角にて

※初めての大きな町。


そうにとっては、風が通いにくい場所でもあります。


自分の感覚が通じない環境に飛び込んだとき、どう向き合うのか。


小さな出会いが、そうをまた一歩、旅人として成長させてくれますように。

 目の前に広がる街並みに、(そう)は言葉を失っていた。


 村の三倍はあろうかという門。行き交う人々。荷車に、馬に、屋台に、見知らぬ言語の呼び声。

 風はある。けれど、それは自然に吹く風ではなく、建物の狭間で迷い、押し返され、まるで出口を探して彷徨っているような風だった。


 「すごい……」


 だがその驚きと同時に、胸の奥がずしりと重くなる。


 こんなに人がいて、こんなに建物があって、こんなに音が溢れているのに、

 風の声が、うまく聞こえない。


 (ここでは……風も、迷っているみたいだ)


 それでも(そう)は歩き出した。旅人としての最初の町。どんなに戸惑っても、ここでの生活の足がかりを見つけなくてはならない。


 「宿……安くて、一人でも泊まれて……ちゃんとしたところ……」


 旅の途中で何度か宿屋に泊まったことはあるが、大きな町は勝手が違った。


 どこも満室だったり、高すぎたり、「ひとりは信用できない」と断られたり。

 疲労と焦りがじわじわと肩にのしかかってくる。


 (こんな時こそ……落ち着いて……)


 (そう)は深呼吸して、ふと顔を上げた。


 そこに、看板も目立たず静かな佇まいの建物があった。

 古びてはいるが清潔そうで、裏通りにひっそりとたたずんでいる。


 「……聞くだけ、聞いてみよう」


 扉を叩くと、年配の女性が顔を出した。

 やや厳しそうな顔つきだが、目は疲れている。


 「泊まり? 一人で?」


 「はい。通りすがりの旅人で……あの……ご迷惑でなければ……」


 女主人は(そう)を上から下まで見て、小さくため息をついた。


 「今、掃除も終わってない部屋しかないよ。ほかに行った方が──」


 その時だった。


 廊下の奥から、何かが倒れる音と、子どもの泣き声がした。


 「わ、わんちゃん、外に出ちゃった〜!」


 (そう)が顔を向けると、小さな犬が玄関へ走ってきた。


 (待って──!)


 思わず、手を伸ばす。


 でも、それでは間に合わないと分かった瞬間──


 風が、動いた。


 玄関の外から吹いた一筋の風が、犬の足元をなぞるように通り過ぎ、まるで空気の壁のように彼をふわりと後ろに戻した。


 「わ、戻った!」


 奥から現れた小さな女の子が、目を丸くして喜ぶ。


 (そう)も驚いた。無意識だった。でも、確かにあの一瞬、

 「お願い」と風に向けて心を放った。


 女主人が、それを見ていた。


 「……あんた、魔法使い?」


 「……ちょっと、風の魔法が……使えます。まだ未熟ですけど」


 「……あんた、変わってるね。でも、悪くない。こっちもちょうど手を焼いてたところだし……条件つきで、部屋、貸してあげる」


 「はい! なんでもやります!」


 女主人は苦笑しながらも、柔らかな目になった。


 その夜、(そう)は簡素な部屋に腰を下ろしながら、そっと窓を開けた。


 都会の空気はざわめきで満ちている。けれど──

 風は、たしかにそこにいた。


 「ありがとう……助けてくれて」


 すると、頬を撫でるような小さな風が、ひとつ。


 (そう)は、ほんの少し笑った。


 翌朝。荷物をまとめて外に出たとき、(そう)は見覚えのある姿を見た。


 長身。水色のストール。気怠げな笑み。


 「……!」


 「よう、生真面目さん。また困った顔してたな。宿、見つかった?」


 「……なんで、知ってるんですか?」


 「うーん。風がね、君の文句を吹き込んできたんだよ。“困ってる!”って」


 「……信じません!」


 流浪人は、声を立てて笑った。


 「君も少し変わったね。顔に自信が出てきた」


 「……あの、昨日……助けてくれて、ありがとうございました」


 「昨日? 何の話?」


 とぼけるように目をそらし、流浪人はひらひらと手を振った。


 「さて、次はどんな風が君を試すのかね。楽しみにしてるよ」


 そして、また人の波に紛れるように去っていった。


 (そう)は、静かに風を感じた。


 昨日よりも、少しだけ近くにいる風。

 それは、迷わないための地図じゃない。けれど──

 風が吹いているかぎり、自分は歩いていける。


 「今日も……よろしくね」


 そう呟いて、(そう)は市場の方へと足を向けた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


今回は「都市という風の通いにくい場所」で、そうが“風との絆”をあらためて確かめる回でした。


思わぬ再会や、ささやかな助け合いの中で見つける「風の声」。


次回は、同じく魔法を志す若者との出会いが、そうに新たな影響を与えていきます。


感想やお気に入り登録、とても励みになります。どうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ