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第4話 花一輪と揺れる心

 朝日がクローヴェル公爵領の城を柔らかく照らしだす。

 リリエッタは侍女ルーナに案内され、広大な庭園を巡った。色とりどりの花々が咲き乱れ、噴水が陽光にきらめく。

 薔薇、ユリ、ラベンダー、絵本の中でしか見た事のない花々が、彼女の眼前に広がっている。その光景を、呼吸すら忘れたかのように見入っていた。


「わあ! こんなに近くで花を見たの、初めて!」


 リリエッタは紫のラベンダーに手を伸ばし、鼻を近づける。淡い金髪と柔らかな白のドレスが風になびく、まるで絵画から切り取ったようなその姿は、花の精霊のように。

 ルーナは努めて平静を装うために、微笑みながら、「リリエッタ様、この庭は公爵様の父君母君が愛した場所なんですよ」と語る。

 その言葉にリリエッタは目を丸くした。


「アルヴァン様のお父様とお母様? どんな方なんですか?」


 ルーナは少し悲しげに笑う。


「とてもお優しい方でした。花を愛し、人を愛し、領民に慕われる方でした」


 彼女は言葉を濁したが、リリエッタにはその真意が伝わらない。冷血伯爵などという異名を知らないので。だから、両親がもう亡くなっている事しか伝わらない。


「そうなのですか……」


 ルーナの付き添いの元、リリエッタが鼻歌を歌いながら庭を歩く。

 子供のようにはしゃぐ彼女に、庭師や使用人たちが戸惑いながらも視線を向ける。オッドアイへの偏見は強いが、中には彼女の無垢な笑顔に引き込まれる者もいた。


 この日は、日が暮れるまで庭を散歩し続けた。

 最初の頃はどこか堅かったルーナも、無邪気なリリエッタに対し、警戒を解いていく。もちろん彼女の瞳に対する偏見が消えたわけではないが、それでもリリエッタの笑顔に、笑顔で返せるくらいにはなっていた。


 夕刻、湯浴みの準備が整うと、リリエッタは温かい湯船に浸かり、幸せそうにため息をつく。


「お湯って、こんなに気持ちいいのね……」


 ヴェルディ家では、冷たい水で体を拭くだけだった。お湯の温もりが彼女の体を包み、透き通るような白い肌がほんのり赤みがかっていく。

 侍女たちが彼女の髪を丁寧に梳き、柔らかな水色のドレスを着せると、リリエッタは鏡を見て目を丸くした。


「これ……私?  まるで絵本のお姫様みたい!」


 あまりにも子供じみた無邪気な発言に、ルーナはくすくす笑う。その瞳に温かな優しさを宿し。

 そんなルーナの様子を気にも留めず、リリエッタは興奮から紅潮し、鏡に映る自分の姿を何度も見つめていた。


 一方、アルヴァンは執務室で執事オルウィンと話していた。


「オッドアイの娘を連れてきたことで、領民がざわついております。不吉の象徴と……」


 オルウィンの言葉に、アルヴァンは冷たく笑った。


「だからいい。余計な貴族が近づかなくなる」


 彼はリリエッタを妻にすることで、煩わしい婚約話を避けようとしていた。彼女の出自が分からないが、他の貴族を遠ざけるには都合が良かった。

 婚約者となるリリエッタを通じて取り入ろうにも、そんな出自の分からない相手に近づこうとすれば、「私は怪しい者です」と言っているようなものだ。さぞかしやりづらい事だろう。

 もちろん、それでも近づいて来る輩は居るだろうが、今よりも極端に減る。彼にはそれだけで十分であった。


「婚約の発表準備を進めろ」


 アルヴァンが命じると、オルウィンは頭を下げ、準備のために部屋から出ていく。


 湯浴みを終えたリリエッタは、アルヴァンが部屋を訪れ、「何か不満はないか?」と尋ねた。

リリエッタは首を振って笑った。


「不満だなんて! 花を近くで見れて、幸せです! 家では、絵本でしか花を知らなかったから……」


 彼女の純粋さに、アルヴァンは一瞬だけ顔をしかめる。

 彼は廊下の花瓶から白いユリを一輪取り、リリエッタに差し出した。


「これで部屋でも見れるだろう」


 彼の声はぶっきらぼうだったが、リリエッタは目を輝かせ、顔を赤らめた。


「ありがとうございます、アルヴァン様! 大切にします!」


「そうか。もし何か困った事があれば、侍女に相談するが良い」


 仏頂面のアルヴァンを、リリエッタが笑顔のまま見送る。

 部屋に戻ったアルヴァンは、ベッドに倒れ込んだ。


「婚約者相手に花一輪だと? もっと気の利いた贈り物があっただろう!」


 彼は自分の不器用さを呪った。人付き合いが苦手な自分に、彼女のような純真な娘が耐えられるのだろうか。

 今は良いとしても、いずれ人払いの為に利用されている事に気づくだろう。ならば、せめてそれ相応の態度を自分は示すべきだ。たとえそれが偽りだとしても。


「……何を考えているんだ。私らしくもない」


 不器用で愛想がないのは今更。

 下手に繕おうとすれば、余計彼女を委縮させてしまうだろう。こんな男は一輪の花を渡して、愛想をつかされるくらいがお似合いだと。

 行く当てがない少女に、自分への期待感を持たせるよりも、さっさと失望してもらい、お飾りと割り切って好きに生きた方が幸せになるだろう。彼は鏡に映った自分を見て、自嘲気味に笑う。


 その夜、リリエッタはユリを手に、寝室で幸せそうに呟く。


「アルヴァン様、笑ってくれた……。皆は怖がっているみたいだけど、笑うととても可愛い人だったな」

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