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第3話 温かい食事で迎えられ

「不吉な瞳…」


「公爵様がこんな娘を連れてきたなんて…」


 アルヴァンはその囁きを聞き、鋭い視線で使用人たちを黙らせた。


「客間に通せ。それと食事の準備をしろ」


 彼の命令に、執事であるオルウィンが慌てて動き出すと、使用人たちもその後を追う。

 リリエッタは周囲の視線に気づかず、庭園の花に目を輝かせている。


「この白い花、絵本で見たことあるわ! なんて名前かしら? 」


 彼女が馬丁に尋ねると、男は一瞬だけ気まずそうな顔をしながら「……薔薇です」と答える。

 リリエッタは「薔薇! そう、薔薇っていうのね。 素敵!」と笑う。


「しばらくしたら、あれに湯あみと着る物を仕立ててやってくれ」


 残った使用人にそれだけ伝えると、振り返る事なくアルヴァンは自室へと向かって行った。

 

 

 夕刻、給仕の物が次々と料理を運び込み、広間には豪華な食事が並び始める。

 ローストした鹿肉、香草のスープ、焼きたてのパン。ヴェルディ家で粗末な食事しか知らなかったリリエッタには、夢のような光景だった。

 リリエッタは席に着いたが、フォークを握る手が震える。食事の作法など知らない。今までの食事といえば、部屋に運ばれたスープと硬いパンを小さなテーブルの上に置いて一人で食べるだけだった。ナイフの使い方すらわからず、彼女が使った事のある食器といえばスプーンくらいのものである。

 アルヴァンの動きを見よう見まねで真似てみるが、今まで使った事もないのに上手く行くわけもなく、ナイフを落とし、スープをこぼし、フォークでパンを突いてしまう始末。


 使用人たちのくすくす笑いが、静寂な広間に小さく木霊する。いくら世間知らずのリリエッタでも、自分が笑われている事くらいは出来た。顔を赤らめ、肩を縮こませる。


「ご、ごめんなさい……私、こんなの初めてで……」


 彼女の声は小さく、恥ずかしさに震えていた。せっかく食事を与えてくれたというのに、食事すらまともに出来ない。なんとかしようと奮闘すればするほど、彼女は混乱していく。

 リリエッタはそっと、食器を脇に置く。皿にはまだ沢山の料理を残したまま。

 しばらく食事をとっていたアルヴァンが、フォークを置き、静かに言う。


「腹が減ってないのか?」


 彼の声は落ち着き払い、氷のように冷えていたが、灰色の瞳にはかすかな温もりが宿っている。

 リリエッタは慌てて首を振った。


「い、いえ、満腹です!」


 その瞬間、彼女の腹がグウと鳴った。

 広間に使用人たちの笑い声が響き、リリエッタは顔を真っ赤にして俯く。


「うう……ごめんなさい……」


 アルヴァンは突き刺すような鋭い視線で使用人たちを黙らせた。冷血公爵と呼び恐れられている彼の視線を受け、使用人たちの間に緊張が走る。

 一通り使用人たちを睨み終え、一息つくと、彼はフォークで肉を豪快に刺し、豪快に口に運びかぶりつく。


「食事の作法など気にせず、食え」


 その言葉はぶっきらぼうだったが、リリエッタの目から一筋の涙が溢れる。

 家族からも使用人からも冷たい言葉しか浴びせられなかった彼女にとって、思いやりのある言葉を向けられる事などほとんどなかった。


「ありがとうございます……アルヴァン様」


 彼女は震える声で呟き、ぎこちなくフォークを握った。

 スープをこぼしながらも、彼女は笑顔で食べ始めた。鹿肉のジューシーな味わい、香草のスープの温かさ、パンの柔らかさ――全てが彼女の心とお腹を満たしていく。


「美味しいです!  こんな美味しいの、初めてです!」


 リリエッタの青と金の瞳が輝き、広間の空気が和らぐ。食事の作法も何もあった物ではない食べ方を、使用人たちはただ緊張の面持ちで見守るしかなかった。アルヴァンの手前、これ以上下手な事をすれば自らの身の危険を招きかねないので。

 彼女の無垢な笑顔に、アルヴァンは一瞬食事の手を止め、その笑顔に目を奪われた。彼の胸の奥で、何かが揺れ動く。


「……騒がしい娘だ」


 そう呟き、視線を皿に戻したが、アルヴァンの口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 食事を終え、リリエッタは侍女長であるルーナに案内され、客間に通された。ふかふかのベッド、窓から見える星空、整えられた調度品の数々。全てが夢のよう。

 彼女はベッドに飛び込み、枕を抱きしめる。


「こんな柔らかいベッド、初めて……!  アルヴァン様、なんて優しい方なのかしら!」


 彼女の声は弾ませ、窓から夜空を眺める。青と金の瞳には星が映し出されていた。

 その夜、アルヴァンは自室で書類を手にしながら、リリエッタの笑顔を思い出す。


「あの程度で喜ばれるとはな……」


 彼は呟き、窓の外の星空を見上げ、一日を振り返る。

 オッドアイを持つ少女リリエッタ。他の貴族の間でそのような娘が居るという話は聞いた事がない。もしかしたら、出自自体を隠匿されているのだろう。病弱で一歩も家から出られないなどと理由をつけて。

 ふと、リリエッタの事ばかり考えている事に気づく。


(たまたま拾った少女の事ばかり考えている? 冷血公爵と恐れられるこの私が?)


 なぜこんな感情を抱いているのか――彼自身、答えを見つけられなかった。

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