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19話 追い詰められた者の末路

 それは、突然の報告であった。

 ロドリック自らが魔法使いと騎士団を率い、ヴェルディ領とクローヴェル領の国境に集結しており、前回の傭兵団とは比べ物にならない数だと。

 アルヴァンの城へ、一人の兵士がロドリック派兵された、一通の手紙を携えて。


『3日以内にリリエッタを引き渡せ、そうすれば攻撃は止めてやる」


 あまりに不遜かつ大胆な要求に、流石のアルヴァンも怒りを通り越して呆れ果てていた。

 手紙には攻め入るための口実などが何も書かれていない。つまり、ロドリックはこちらを非難するための大義を何も持ち合わせていない事をアルヴァンだけでなく、その場にいた誰もが理解した。

 その上で侵略戦争など仕掛けようものなら、周りの貴族、ひいては王からの反感を買うどころの話では済まない。クローヴェル家を陥れるために、ロドリックは王都や周りの貴族を何とか仲間に引き入れるための策を次々と講じたのだが、そのどれもが失敗に終わり、貴族たちから孤立し、挙句生き延びた傭兵団の一部が前回クローヴェル領襲撃の件を吐いたために、王から出頭要請を受け、ロドリック、ひいてはヴェルディ家にもはや後がなくなっていた。


 しかし、その事をアルヴァンは知らない。非はヴェルディ家にあるとしても、下手に事を構えれば、ヴェルディ家とクローヴェル家の争いだけでは終わらず、関係のある貴族を巻き込んでの戦争に発展する可能性もある。

 自分の評判や周りの貴族がどうなろうと、アルヴァンにとってはさほど重要ではない。問題なのは、白羽の矢がリリエッタに立つかもしれない事だ。寝室で一緒に寝ていたリリエッタが「ごめんなさい」と呟き枕を濡らしている事をアルヴァンは知っている。ただでさえ心を痛めているリリエッタをこれ以上傷つけたくない。なので、ロドリックに刺激を与えないように、話し合いをするために率いる騎士団は最低限の数に留めた。それが大きな過ちとは知らず……。

 

 国境での決戦の日、アルヴァンは騎士団を率い、ロドリックと対峙した。争いではなく、対話を試みるために。

 アルヴァンは騎士団に離れた位置で待機を命じ、一人馬にまたがりヴェルディ家の軍まで闊歩する。ヴェルディ家の軍は雷魔法を操る魔法使いと騎士団で構成され、人数こそ多いものの、その顔から戦争をするための覇気が感じられない。彼らの顔を見て、アルヴァンは「この軍はロドリックが脅すためにやったこけおどしなのだろう」と少しだけ安堵し、ロドリックの元へ向かう。だが戦場には暗雲が広がっていた。


 自分の元まで来たアルヴァンに対しロドリックは哄笑し、「リリエッタを渡せ、公爵! そうすれば貴様の悪事は黙っていてやろう!」と叫ぶ。


「それは出来ない相談だ」


 自分の悪評に関してはいくらでも耐えられる。だが、リリエッタを渡す、その一点に関しては譲る事は出来ない。

 他の提案はないか、彼がそう口にしようとした時であった。


「ならば仕方がない。やれ!」


 ロドリックの宣言に、アルヴァンが、そしてロドリックが率いた軍の人間も驚愕した。

 騎士道精神、それは貴族にとって最も尊ばれるもの。例え戦争であろうともそれを破るものは居ない。騎士道精神に反するくらいならば、死を選ぶ。それほどまでに貴族にとって守るべき矜持である。


 その騎士道精神の中の一つにある、誠実さ。それはいわゆる奇襲などを禁ずるもの。

 戦の前の交渉や降伏勧告、それらが決裂した場合、相手が自軍陣地に戻るまで進行を開始してはいけない。交渉も降伏勧告もまだ終わっていなければ、アルヴァンが自軍の陣地にも戻っていない。だというのにロドリックは攻撃開始命令を出したのだ。


 魔法使いや騎士団は平民もいるが、貴族やそれに関わりのある人間ばかり。騎士道精神について当然知っているし、その心を持ち合わせている。彼らの目にはロドリックの気が触れたようにしか映らない。

 誰もがうろたえ戦闘を開始しようとしない。ロドリックが顔を真っ赤に染め上げもう一度叫ぶ。


「何をしている。早くやらないか!」


 ロドリックが狙いを決め兵士を睨めつける。それは平民で集まった部隊。

 睨まれた兵士たちが、困惑気味にアルヴァンへと襲い掛かる。彼らが動いた事で、なし崩しで戦闘が始まった。アルヴァン一人に対し、軍全体で襲い掛かるという最悪な展開で。

 

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