第17話 勇気の価値
アルヴァンとレオンが傭兵団と交戦しているのを、離れた場所から心配そうに見つめるリリエッタと村人たち。叫び声が聞こえるたびに、傭兵が倒れていく。
(私も、力になりたい!)
何かに気づいたかのように、リリエッタは突然立ち上がると、燃える家々の間を走った。
走り出したリリエッタに、村人が声をかける。
「リリエッタ様、危険です!」
「分かってる。でも、私も戦いたい。皆の家を、帰る場所を守りたい!」
彼女は、家の前に備えてある火事用の水桶を必死に持ち上げると、火の手がまだ回っていない家の消火作業を始めようとするが、華奢な腕では持ち上げるのが精いっぱい。
それでもと、力を込めると水桶が不意に持ち上がる。
「村を守るぞ! 貯水池や井戸からありったけの水を持ってこい!」
リリエッタは、魔法は使えない。戦うための術も持たない。
だが、それでもと立ち上がる姿と勇気が村人たちに力を与えた。
「公爵様と一緒に、村を守るぞ!」
女子供が桶や瓶を手に消化作業を開始し、男たちが農具を手に傭兵団へと襲い掛かる。
練度で言えば、傭兵団に比べ村人たちは取るに足らない程度の相手。しかし、その人数は傭兵団よりも遥かに多い。
傭兵団のリーダーが顔をしかめる。アルヴァンとレオンに対し、傭兵を餌にリリエッタから引き離すよう誘導し、その隙に攫うつもりであった。村人が傭兵団に襲い掛かり、リリエッタを守護するように何人かの村人が農具を構えたせいで、その目論見が完全に潰されたからである。
「クソッ。オッドアイの娘を捕まえるぞ!」
このまま手をこまねいて見ていれば、鎮圧されるのも時間の問題。
ここで逃げ帰れば、先ほど自分が下っ端にしたように、無残に処刑されるのは分かりきっている。半場ヤケのように数人の部下を引き連れリリエッタへと真っすぐに向かっていく。
「リリエッタに触れるな!」
傭兵団のリーダーは、リリエッタに近づく事すら出来ず、アルヴァンの氷の槍に貫かれる。
彼が最後に見た光景は、燃える家々を背に、冷血伯爵という通り名には程遠い、怒りに震える男の顔だった。
アルヴァンとレオン。そしてリリエッタの声で、奮起した村人たちの手により傭兵団は撃退された。
到着した頃には既に終わっていた事で、バツの悪そうな顔をした騎士団が、村の鎮火を手伝い、ほどなくして消火が終わる。
リリエッタは子供たちを抱きしめ、涙を浮かべながら笑う。
「よかった……みんな無事で……」
アルヴァンはリリエッタの肩を抱き、「よくやった」と呟く。もし彼女が居なければ、逃げ惑う村人たちや家々の被害は甚大だっただろう。彼女が立ち上がったおかげで事態を迅速に収束する事が出来た。
レオンが「リリエッタ嬢はこれで英雄だな!」と口にする。ふざけた態度にリリエッタが顔を赤くし「からかわないでください」と言う。
「アルヴァンだって、そう思うだろ?」
「そうだな」
戦う力も持たず、村人たちを導いたリリエッタ。大げさではあるが、しかし、この場において英雄という呼び名が最も相応しい。それはアルヴァンもレオンも、そして村人も理解していた。
いや、何もこの場だけの話ではない。
「公爵様、先日はありがとうございました」
数日後、復興の視察をしにきたアルヴァンに、村人たちが気さくにお礼の言葉を口にする。
以前までなら、冷血伯爵の名を恐れ、腫れ物のようにビクビクと遠巻きで見ていた村人たちが、世間話を挟みながら、時折「ウチで取れたんだ。良かったらリリエッタ様と食べてください」と作物を手に話しかけてくるものも居る。
冷血伯爵という悪名を討ち、領民から慕われる公爵を作り上げたリリエッタ。
それは、英雄の所業と言っても差し支えがないだろう。




