第15話 決意の門出
ロドリックとエレノアの策略は、交易路の封鎖だけでは終わらなかった。村を焼き、リリエッタを連れ去り、良心の呵責に苛ませ屈服させる。それが彼らの計画だった。傭兵団にはヴェルディ家に雇われた魔法使いが加わり、炎の魔法が村を蹂躙し一つまた一つと黒煙を上げていく。
アルヴァン・クローヴェルは執務室で報告を受け、剣を手に飛び出す。
「リリエッタを城に留めろ。村には俺が行く」
彼の声は冷たく、しかし瞳には怒りの炎が燃え盛っていた。剣の柄が魔力を帯び、戦闘の準備がすでに整っている事が傍目にも分かるほどに氷の輝きを放つ。
廊下を早足で歩くアルヴァンを、慌てて執事オルウィンが止める。
「旦那様、賊の中には魔法使いがおります! まずは騎士団を先に!」
追いすがるオルウィンに、アルヴァンは一喝した。
「そんな悠長な事をしていれば、民の被害が増す一方だ。オルウィン、騎士団への指示は貴様に任せる」
「分かりました。ご武運を……必ず無事に帰ってきてください」
「当然だ」
ここで無理に問答するよりも、一刻も早く騎士団に出動要請をする。それが村への被害が抑えられ、主であるアルヴァンの安全確保にも繋がると判断し、オルウィンは一礼をすると駆け足で伝達に走る。
オルウィンと入れ替わるように、リリエッタが駆け込んできた。
「アルヴァン様、私も行きます!」
声と足を震わせ、それでも気丈に振る舞おうと、リリエッタは睨むようにオルヴァンの目を見る。青と金の瞳に確かな決意を宿らせて。
「お前は魔法も使えん。危険だ、城にいろ」
アルヴァンが言うと、リリエッタは拳を握った。
「でも、私のせいでヴェルディ家がこんなことを!」
「まだヴェルディ家の仕業と決まったわけではない」
自分の言葉にアルヴァンは顔をしかめそうになる。このタイミングでこんな事を仕掛けてくるのは、十中八九ヴェルディ家の仕業であることはアルヴァンも分かっている。だが、それを認めればリリエッタはついて来ると言って聞かないだろう。
しばしの沈黙。その間もアルヴァンは歩を止める事無く進んでいく。
城の門には、既に馬を出す準備が出来ていた。このまま黙っていれば自分を置いてアルヴァンが出ていくだろう。リリエッタを置いて。
「アルヴァン様……もしここで私に刺客が来たら、守れる方はおりません」
足手まといになるのは分かっている。それでも自分だけ安全な場所に待機して、一緒に笑い合った村人を見殺しになんて出来ない。
そんなリリエッタの考えは、アルヴァンは痛いほど理解している。彼女は優しい、そんな優しさに惹かれたのだから。そして、だからこそ、彼女を傷つけまいと心を鬼にする。
「城にはレオンが居る。アイツなら、お前を刺客から守るくらい造作でもないだろう」
アルヴァンが灰色の瞳を汚し、低く、静かに、そして冷たく言い放つ。
だが、予想外の返事に彼は戸惑う。
「やなこった」
暗がりから、馬にまたがったレオンが軽快に言う。
「親友から帰れと冷たく言われたから、もう帰るつもりなんでね。あぁ、帰り道に護衛するくらいなら引き受けてやっても構わないが、どうする?」
いつものように笑みを浮かべ、軽口を叩くレオンを見て、アルヴァンから毒気が抜けていく。
戦闘力だけで言えば、レオンという男は冷血公爵に引けを取らないほどの武人として戦場で名を轟かせていることは、アルヴァンも知っている。リリエッタを守りながらの戦闘になったとしても、レオンが隣に居るなら相手が師団長クラスでもない限りは、危険に晒す可能性は少ない。
城でレオンがリリエッタを守ってくれる事が一番安全なのは彼も分かっている。だが、城に残ってもらうために説得をしていれば領民への被害が大きくなり、その結果、引き止めたせいで被害が大きくなったとリリエッタが悲しんでしまうかもしれない。
なおも裾を掴み、無言の抗議を続けるリリエッタを見て、アルヴァンがこめかみを抑えながらため息を吐く。
「全くどいつもこいつも……」
アルヴァンは馬に乗り込むと、リリエッタに向けて手を差し出す。
「フン。もう良い、好きにしろ」
「はい。ありがとうございます!」
リリエッタが乗り込むと、合図も無しにアルヴァンは馬を走らせる。
「全く。親友は素直じゃないというか、素直過ぎるというか」
口元に、小さな笑みを浮かべ。




