第13話 暗雲の策略と揺るがぬ絆
クローヴェル公爵領の朝は、穏やかな陽光に包まれていた。
淡い金髪が風に揺れ、青と金のオッドアイが花々の色を映して輝く。リリエッタは城の庭園で、使用人たちと共にお気に入りの花壇の手入れをしていた。
「この花、みんなと一緒に植えたから、きっと綺麗に咲くよね!」
彼女の笑顔に、使用人たちが笑顔で答える。
アルヴァン・クローヴェルは執務室の窓からその光景を眺めていた。黒い上着に銀の装飾、灰色の瞳には、いつもの冷たさに代わって、確かな温もりが宿っている。
リリエッタの天真爛漫さが、領民の心を掴み、クローヴェル領の「良いところ」として評判が広がり始め、農民や技術者がヴェルディ領から移り住む者も増え、領地は繁栄をみせていた。
だが、アルヴァンの胸には不安が芽生える。刺客騒動はあの夜の一件以来、鳴りを潜めたまま。あれで終わるはずがないと。
「旦那様、ヴェルディ家からの書状です。緊急の謁見を求めております」
息を切らせ、急ぎ足で入ってきた執事オルウィンに対し、アルヴァンは眉をひそる。書状を受け取り中身を確認すると、そこには、ロドリックとエレノアの署名とともに、こう書かれていた。
「クローヴェル公爵閣下へ。リリエッタを我々の元に戻し、両家の同盟を結ぶことを提案する。さもなくば、クローヴェル領の交易路を封鎖し、リリエッタが貴殿に攫われたことを公表させていただく」
アルヴァンの手が震えた。
「……卑劣な」
彼の声は低くし、怒りをあらわにする。ヴェルディ家は、今までリリエッタの事を追い出しておきながら、今更になって家族面をして攫われたなどと言い始めた。しかもそれは、彼女を道具として使い、クローヴェル領の経済を締め上げる策略を立てるために。
リリエッタの事を強引に攫ったなどと吹聴し、クローヴェル家の名誉を傷つけ、更には交易路の封鎖は、領民の生活を脅かし、技術者の流入を止める。それは、アルヴァンの領地とリリエッタの心を同時に狙う狡猾な計画だった。
昼下がり、ヴェルディ家の使者として再びマルクスが現れた。冷ややかな目をした執事は、広間でアルヴァン、リリエッタと対峙する。
レオン・ヴァルモンドも同席し、軽い笑みを浮かべるが、目は鋭くマルクスを観察していた。いつでも抜けるようにと、腰の剣に手をかけながら。
「公爵閣下、我が主はリリエッタ様の幸せを願っております。ヴェルディ家に戻り、家族として迎え入れることが最善です」
マルクスの声は穏やかだったが、嫌らしく目を細め裏に打算が透けるのを隠そうともしない。もはやこれが、形だけの脅迫だと分かっているからだろう。
「また、クローヴェル領の交易路は我々の協力なしでは維持が難しい。ヴェルディ家との同盟は、双方に利益をもたらすでしょう」
アルヴァンは冷たく笑った。
「同盟だと? リリエッタを道具にし、我が領地を脅すのがお前たちの本心だろう」
彼の灰色の瞳がマルクスを射抜き、広間に緊張が走った。
「リリエッタは俺の婚約者だ。ヴェルディ家に返す気はない」
マルクスは微笑みを崩さず、畳みかけた。
「公爵閣下、王都では冷血公爵がオッドアイが物珍しいという理由でヴェルディ家から攫った噂が囁かれています。ヴェルディ家の一人娘を合意もなく婚約したとなると、公爵家は、貴族社会から孤立するでしょう。リリエッタ様を戻せば、その噂を抑え、交易路も守れます」
リリエッタの心が揺れた。
「私のせいで……アルヴァン様が困るの?」
彼女の声は小さく、青と金の瞳に涙が浮かぶ。ヴェルディ家での冷たい日々「不吉」と呼ばれ、閉じ込められた記憶が蘇る。幸せを知ってしまったからこそ、ヴェルディ家に戻る事は彼女にとって生き地獄のようなもの。
しかし、アルヴァンに迷惑をかけたくない、ならば自分が戻るべきだと顔を上げ、口を開く。
「リリエッタ、黙っていろ」
リリエッタの前にアルヴァンが立ちはだかり、声を一層低くする。
「もし俺を不吉にするものがあるとするならば、それは、お前がここから居なくなる事だ」
彼の声は力強く、リリエッタの心を温めた。
「……はい、アルヴァン様」
2人のやりとりを見ていたマルクスの顔に冷笑が浮かぶ。まだ手があると。口を開きかけたマルクスの言葉を遮るように。レオンが手を叩いて笑う。
「おお、アルヴァン、かっこいいな! リリエッタ嬢、こいつのこういうとこ、惚れ直すだろ?」
彼の軽い口調に、リリエッタはくすくす笑い、アルヴァンは「黙れ、レオン」といつものように一蹴する。だが、レオンの言葉が場を和らげた事で、マルクスの表情が歪む。
レオンは次男とはいえ流石は伯爵家の人間。交渉術はそれなりに心得ているようで、悲壮感を漂わせ、リリエッタの良心に訴えかけようとマルクスが口を開くたびに、ちょっかいをかけ、場が和らげてしまう。
こうなってしまっては、マルクスが何を言ってもリリエッタの心には刺さらない。マルクスはここが潮時と、一礼し、「では、改めてご相談に参ります」と退出した。




