第12話 星空の下の約束
リリエッタは城の屋上で、夜空を見上げていた。淡い金髪が夜風に揺れ、青と金のオッドアイが星を映す。
刺客の一件から数日、クローヴェル公爵領は穏やかな空気に包まれていた。
彼女はアルヴァンからもらった白いユリの花を手に、幸せそうに微笑む。
「こんな綺麗な夜、初めて見ました……」
彼女の声は穏やかで、過去の傷を乗り越えた希望に満ちていた。
アルヴァン・クローヴェルは彼女の隣に立つと、黒い上着の銀の装飾が月光に反射し輝く。
リリエッタと同じように空を見上げ、灰色の瞳が静かに星空を映しだす。
「そうだな」
彼の声は穏やかで、舞踏会や刺客の一件を通じて、彼女への感情が抑えきれなくなっていた。リリエッタが笑顔を見せるたびに、彼の心に火を灯す。
リリエッタは笑顔で頷く。
「アルヴァン様がそばにいてくれて、守ってくれて、笑ってくれて……私、今凄く幸せです。もしここで死んじゃっても良いくらい。」
彼女の青と金の瞳が輝き、純粋な言葉がアルヴァンの胸を強く締め付ける。
アルヴァンは一瞬黙り、勇気を振り絞って口を開いた。
「リリエッタ……俺は、人付き合いが苦手だ。冷血だと言われ、それならいっそ誰も近づかなくていいと思っていた。だが、お前は……」
彼は言葉を切り、彼女の瞳を見つめた。
「お前の笑顔が、俺を変えてくれた」
彼の声は低く、冷血公爵という通り名に反して、熱を帯びていた。
リリエッタは目を丸くし、顔を赤らめる。
「アルヴァン様……」
彼女の手が無意識に彼の袖を握った。アルヴァンはその手をそっと取り、唇を寄せる。
軽い口づけの後、そっと離れる2人。彼のリリエッタを見つめる灰色の瞳には、確かな温もりが宿っていた。
リリエッタの心臓がドキドキと高鳴る。
「私も……アルヴァン様が大好きです! 私が居るとアルヴァン様が不幸になると分かってます。でもずっとそばにいたいです!」
「何度も言ってやる。お前は不吉なんかじゃない。俺にとって、かけがえのない存在だ」
アルヴァンは初めて満面の笑みを浮かべ、彼女を抱き寄せた。
「なら、ずっとそばにいろ。約束だ」
彼の腕の中で、リリエッタは幸せそうに頷く。夜風が二人の間を流れ、星々が彼らの未来を祝福するように輝きをましていく。
その瞬間、レオン・ヴァルモンドが屋上に現れ、ニヤニヤと笑った。
「おお、アルヴァン、ついにデレたか! リリエッタ嬢、親友のこんな顔、俺も初めて見たぜ!」
アルヴァンは「黙れ、レオン」と一蹴したが、リリエッタは顔を赤らめたまま、クスクスと笑う。
「レオン様、いつもありがとうございます!」
レオンは大仰に彼女の言葉を受け取り、「おお、リリエッタ嬢の笑顔! 親友の嫉妬が楽しみだ!」と茶化す。
アルヴァンの眉がピクリと動いたが、彼はリリエッタの手を握り、黙って微笑む。
「おっ、村では祭りが始まったみたいだな。お忍びで俺も参加してみるか!」
愉快な声を上げ、屋上を後にするレオン。
その夜、クローヴェル領では、領民たちが小さな祝いの火を灯していた。
村の子供たちが花冠を手に歌い、農民たちが「リリエッタ様のおかげで、村が明るくなった」と笑い合う。アルヴァンは屋上からリリエッタとその光景を眺める。
「お前が変えてくれたんだ、リリエッタ」
リリエッタは「そんな事は……」と口にして声が消えていく。
どうしたのかと怪訝な顔でアルヴァンが彼女を見ると、リリエッタはきゅっと唇を一文字に結ぶ。
「そ、それでしたら、私ご褒美が欲しいです?」
彼女から、何かをねだるのはこれが初めてだった。
ただ外を散歩し、花をめでるだけで幸せだという無欲なリリエッタが見せた初めてのおねだり。
「なんだ、言ってみろ」
アルヴァンは興味深そうにリリエッタを見ると、彼女は顔を赤くし俯きながら言う。
「もう一度、口づけをして欲しいです……」
もはや、アルヴァンに言葉はなかった。
彼女を引き寄せると、唇を奪う。口づけなどと可愛い物ではない。
それは長く、とても情熱的なキスだった。




