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第11話 危機の夜と守る決意

 クローヴェル公爵領の夜は、星空に包まれていた。

 リリエッタは寝室で、村の子供たちと作った花冠を手に幸せそうに微笑む。


「アルヴァン様、今日も笑ってくれた」


 彼女の声は穏やかで、夢に満ちていた。

 だが、その静けさを切り裂くように、窓の外で物音がする。ガサリと小さく、不気味な音。リリエッタはベッドから起き上がり、窓に近づいた。


「誰……?」


 彼女の青と金の瞳が闇を覗いた瞬間、窓ガラスが割れ、黒い影が複数部屋の中へと飛び込む。


「おとなしくしろ、オッドアイの娘!」


 刺客の声は低く、ナイフを月明かりが怪しく輝かせる。

 悲鳴を上げ、後ずさるリリエッタに、黒い影が小さく舌打ちをする。


「抵抗するな!」


 その瞬間、扉を蹴破り、アルヴァンが剣を手に飛び込んだ。

 彼が部屋に入ると室内の温度はみるみる下がり、部屋全体が青白く輝く。

 貴族の血筋のみが使える魔法、彼がそれを発動させたことにより、冷気が部屋を満たしたからである。


「リリエッタに触れるな!」


 凍る部屋の中、彼の灰色の瞳は燃えるように鋭く、刺客を仕留めんと見定める。彼の視界から外れた位置に居た刺客が、襲い掛からんと腕を振り上げる。刹那、アルヴァンの剣が一閃し、刺客のナイフを叩き落とした。氷の結晶が床に散り、刺客が後ずさる。


「アルヴァン様……!」


 リリエッタは震えながらアルヴァンの背中に隠れる。

 恐怖に声を震わす彼女に、「大丈夫だ。ここにいろ」と、いつものように語りかけると、振り返らず、剣を構えた。


「誰の差し金だ?」


 彼の声は氷のように冷たい。刺客の一人が唇を歪める。


「死にたくなければ、お前の婚約者を渡せ」


 その言葉に、アルヴァンの怒りが爆発した。


「リリエッタは俺の婚約者だ。誰にも渡さん!」


 彼は氷魔法を発動させた。冷気が渦巻き、刺客たちを足元から凍らせようとする。刺客たちが足元に気を取られた一瞬の隙だった。氷の氷柱が頭上より降り注ぎ、まるで頭から杭を打ち付けられたかのように刺客が絶命していた。その絶命の様を見て、刺客が息を吞む。彼が冷血公爵と呼び恐れられる所以をまざまざと見せつけられ、戦意を失い逃げ出そうとするもの、恐怖から足並みを乱し襲い掛かろうとするもの、氷の結晶が月光に輝き、部屋は戦場と化した。


 騒ぎを聞きつけたレオンと執事オルウィンが駆けつけ、状況を即座に理解し刺客へと斬りかかる。

 鎮圧までは時間を要しなかった。レオンは金色のマントを翻し、炎魔法を手にニヤリと笑う。


「おお、アルヴァン、かっこいいとこ見せたな! お前がこんなに熱くなるなんて、親友として感動だぜ!」


 彼の琥珀色の瞳がいたずらっぽく輝き、炎がチラチラと踊る。「黙れ」とアルヴァンが一蹴するが、そこにいつものようなリリエッタのくすくす声はない。

 リリエッタはアルヴァンの背中にしがみつき、震える声で呟いた。


「ごめんなさい……私のせいで……」


 ヴェルディ家で「不吉」と呼ばれた記憶が蘇る。自分のせいで迷惑かけてしまったのだと。

 アルヴァンは振り返り、彼女の肩を強く握った。


「お前のせいじゃない。例えそうだとしても、俺が守る。だから変な気は起こそうとするな」


 彼は力強く、言い聞かせるようにリリエッタに言う。灰色の瞳には揺るがぬ決意を宿らせて。

 アルヴァンの言葉にリリエッタの青と金の瞳に涙が浮かぶ。


 アルヴァンは警備をオルウィンに任せ、リリエッタを寝室に連れ戻した。


「もう危険はない。休め」


 彼はそう言ったが、リリエッタは彼の袖を握った。


「アルヴァン様、そばにいてください……私、怖かったの」


 彼女の声は小さく、初めて見せる弱さに、アルヴァンの心が揺れる。ベッドの傍に座り、彼女の手を握り優しく語り掛ける。


「俺がいる。もう何も怖いことはない」


 リリエッタは安心したように微笑み、ゆっくりと目を閉じた。彼女の寝顔を見つめ、アルヴァンは彼女の髪をそっと撫でる。


「お前は不吉なんかじゃない」

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