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第3話 転校先の螺鈿細工

 水楢村の高校は、今まで通っていた学校とは比べ物にならないほど、こぢんまりとしていた。

 全校生徒を合わせても、以前の学年全体の人数にも満たないだろう。古びた木造校舎は、ギシギシと床が鳴り、窓ガラスは所々歪んでいた。


(今ドキ、マジでこんなところがあんのかよ……)


 転校初日は、見世物になった気分で心地よくないものだ。新しい制服は身体に馴染まず、扉を開ける手には汗が滲む。

 変な緊張をしながらクラスメイトたちの前に立つ。好奇の視線、囁き声。どこへ行っても変わらない、転校生の洗礼だ。


「……草下 隼人です。東京から来ました。よろしくお願いします」


 飾る気もないので、ありきたりの挨拶。

 ざわめきに突き刺さる視線。


(まあ、こんな小さな村で、都会からの転校生とか、珍しい以外の何物でもないんだろうな)


 いちいち取り合うこともなく、適当に受け流し、無意識に教室を見渡した。

 そして、目が釘付けになった。

 教室の後ろの方の窓際の席。頬杖をつき、窓の外をぼんやりと眺めている男子生徒が、ふとこちらに顔を向けた。


 昨日、橋ですれ違った少年だった。

 陽の光が、色の薄い髪を透かし、輪郭を淡く縁取っている。白い肌は教室の蛍光灯の下でもなお際立ち、彼だけが別の世界にいるかのような、浮世離れした雰囲気を醸し出していた。


(……同じ、クラス?)


 こんな村には不釣り合いな美少年。緻密に筆で描かれた一枚の日本画のようですらあった。

 俺の視線に気づいたのか、少年がゆっくりとこちらを向く。そして、ほんの僅かに目を細めた。

 大きな、涼やかな瞳。目が合った瞬間、呼吸が一瞬止まる。昨日と同じ、いや、それ以上の衝撃が走った。心臓が早鐘を打つ。


(知っている。間違いなく、この感覚を俺は知っている)


 夢の中の少年。そして、昨日すれ違った彼。

 記憶の断片が、パズルのピースのように頭の中でカチリと音を立てては、またバラバラに砕けていくような、もどかしい感覚。


「えーと、草下の席は……夏生(なつき)の隣が空いてるな。夏生、悪いが、いろいろ教えてやってくれ」


 担任の声で、俺は我に返った。

 夏生と呼ばれた少年――夏生 湊(なつき みなと)――は、こくりと小さく頷いた。

 仕草一つ取っても、儚げで目を離すことができない。透けるような肌、細い首筋、影のある表情。

 俺は、引き寄せられるように、彼の隣の空席へと歩を進めた。

 近くに来ると、またあのクチナシの香りがふわりと漂う。


「……えっと、よろしく?」

「うん、どうも」


 席に着くと、湊の横顔は、螺鈿細工のように繊細で、触れたら壊れてしまいそうなほど脆く見えた。

 この、息が詰まるような感覚は何だ?

 なぜ、俺はこの夏生 湊という人間に、こんなにも心をかき乱される?

 そんな俺の視線に気づいたのか、湊が不意にこちらを向く。完璧に見えた顔を崩して、無邪気に「ふふっ」と笑った。


「どうかしたの? ……草下くん」


 鈴を転がすような、澄んだ声。走るノイズ。


『これで、ずっと一緒だな!』

『――うん、ずっと』


 蝉の声が、また一段と強く、鼓膜の奥で鳴り響いた気がした。


 授業が始まっても俺はどこか落ち着かなかった。

 時折、無意識にその横顔を盗み見てしまう。湊は相変わらず静かで、教科書に視線を落としてはいるが、意識は教室から遠く離れた何処かにあるようだった。

 休み時間、俺は意を決して話しかけてみた。


「あのさ、昨日……道ですれ違わなかったか?」


 湊はゆっくりとこちらを向き、人懐っこく首を傾げた。俺はその仕草を知ってる気がした。


「さあ……どうだろうね。この村、広いようで狭いから」


 曖昧な返事。しかし、その声色はどこか優しく。


「俺、草下 隼人。改めてよろしく」

「さっき、自己紹介で聞いたよ。僕は夏生 湊……うん、よろしくね」


 差し出した手を、湊はためらうように見つめた後、そっと握り返してきた。触れた手は、想像以上に冷たかった。

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