ほんのひと握りの勇気とウソを ~本当に大事なその時に、機会を逃さないようになれれば~
旧校舎独特の雰囲気が好き……ですか?
あなたは男子高校生の三年だ。
今日のあなたは旧校舎の空き教室で、適当に時間を潰そうと考えている。
階段を上って四階まで来た時、喋る声が聞こえた。あなたは思わず廊下の曲がり角で立ち止まる。
気づかれないよう、そっと顔を出した。十メートルほど先を見てみると、誰もいないと思っていた放課後の旧校舎に、生徒が何人もいるのが分かった。
向こうでは、素行の悪そうな女子が三人、怖がる女子を囲んでいるという、不穏な構図が存在していたのである。
「んじゃ聞くけどさ、お前がチクったんだろ?」
一番気の強そうな女子が、明らかに決めつけたかのような言いかたをしていた。辺りが静かなため、声は聞き取りやすい。
「……ううん、私じゃないよ。なんで私のことを疑うの?」
「あーコイツ嘘ついたぁ~っ!」
からかうように不良の親玉女子は声を上げ、相手女子のブレザー制服の胸ぐらをつかんだ。
「お前が職員室でチクってんのを、こいつが見てんだよ」
空いていた左手で隣の仲間の片方を指差す。
「私らの前で嘘つくなんて、いい度胸じゃん」
「職員室には別の用事で行ったんだから、違うよ……。多分……あの子が、自分から言ったんじゃない?」
「えー、お前、仲間を売るのかよ。サイテーだなぁ」
親玉女子は胸ぐらつかみをやめた。だが、許したわけでは決してなかった。相手女子の長めのスカートの中へと両手を入れて、ハーフパンツをずり下ろしたように、あなたには見えた。
次に親玉女子は、嫌がる相手女子のスカートを持ち上げた。
「こんなダサいパンツはきやがって……。お前さぁ、家、近いだろ? 今すぐ家に帰って、色つきのをはいてこいよ。誠意があるなら、そのくらい、やってくれるよなぁ?」
有無を言わせない一方的な態度で悪女が脅すと、怖がる女子は必死で頷いた。
「鞄とハーパンは置いてけ」
さらなる脅しに、女子は従った。ハーフパンツを脱ぎ捨てて、不良女子達から離れようとする。
女子は階段……あなたのほうへと、向かって来る。
「もっと急げよッ!」
命令された彼女は早足になった。
あなたはまずいと察した。
このままでは、覗き見していたことを知られてしまう。けれども、ここから逃げ出す時間は残されていない。壁を背にして、出来るだけ自分の存在を知られぬよう、じっと固まり続けるしかなかった。
あなたの努力は報われず、やって来た女子と目が合ってしまう。
あなたは彼女の視線に衝撃と恐怖を感じた。
しかし、彼女はあなたには一切構わず、急いで階段を下りて行った。
女子の姿は完全に見えなくなったが、あなたの動揺は止まらない。
彼女に見られた。
この一点のみに、あなたはとてつもない心の痛みを覚えた。
女子が一本の三つ編みにまとめていた長い黒髪。それが揺れ動いていく後ろ姿が、鮮明に記憶へと焼きついて離れない。
目撃しただけで、何も悪いことはしていないはずなのに、あの不良達の共犯者になったような気がしていた。
時間が経ってから、あなたは再び廊下の先を窺った。
不良女子三名は、廊下に座り込んで談笑を始めていた。普段は別の場所で同じようなことをしていて、本日の放課後はたまたま、この旧校舎だったに過ぎないのだろう。
あなたは足音を潜めて、一階まで戻った。階段を下りる間、ずっと、あの女子生徒が戻って来たらどうなってしまうのかが、気掛かりだった。
彼女はほぼ確実に、酷い目に遭う。分かってはいる。けれども、彼女達とは知り合いでも何でもない。同じ高校に通っているだけだ。このまま逃げ帰っても、あなたは誰にも咎められたりはしないだろう。
しかし、彼女の顔と姿を、しっかりと認識してしまった。
泣くのを堪えながら、あなたの前を通って行ったのだ。
あなたは悩む。
存分に迷った末に、あなたは上階へと戻り始めた。
■
あなたは三階に着いた。四階にまでは戻らず、三階廊下の角を曲がってすぐの壁を背にして座った。ここなら、彼女が戻って来た際、姿を見られずに到着を知ることが出来るだろう。他の生徒や教師その他が、同じ時間帯にここを通るとは思えない。
二十分ほど待った頃、ようやく足音が聞こえて来た。あなたは階段へと顔を出す。
あの女子だ。間違いない。
彼女は三階を通過して行った。
少し間を開けてから、あなたも階段を進む。四階の曲がり角で立ち止まり、息を殺して様子を見た。
廊下では、戻った女子が確認をさせるためか、三人の前でスカートをたくし上げていた。
「あいかわらずガキみてぇなパンツだなぁ。まーいいや、さっきのよりマシかぁ」
主犯女子は仲間の手下二人に目配せし、被害女子の両腕を押さえつけさせた。
「じゃ、楽しい時間の始まりだ。――めちゃくちゃにしてやるよ!」
主犯女子は嫌がる女子を廊下で押し倒す。足を拘束しつつ、笑いながらスカートの中に手を出そうとしている。
これはやばいと直感し、あなたはわざと大きな足音を立てて、廊下へと姿を出した。
あなたに全ての注目が集まる。
そのまま、あなたは大げさに廊下を足で叩きつつ、極度の緊張を抱きながらも、彼女達に近づいた。
立ち止まったあなたは、彼女達を見下ろす格好だ。特に主犯女子はあなたを強く睨んでいた。
「何見てんだよ、どっか行けよ」
この不良女子は本当に怖かった。今まで見た、どの女子よりも怖かった。容姿以上に、怖さを感じた。
あなたは三年生で、彼女達は同級生ではないから一年か二年だ。それなのに、恐ろしくてたまらない。情けないことに、今すぐこの場から逃げ出したい気持ちが強烈にある。
それでもあなたが踏み止まっていられたのは、いじめを受ける女子の存在だった。
この子を助けたい。
この場をどうにか切り抜けたい。
そのための方法を必死で考え続ける。
「――聞こえてないのかよ? おいッ!」
「……そいつ、俺の妹なんだよ」
あなたは適当な嘘をついた。
「えー、コイツに兄なんて、いないんですけどぉ?」
親玉を支援する手下の片方が、あなたを馬鹿にするように喋った。
「……昔、近所に住んでいて、妹のように思っていたんだ」
あなたは冷静に嘘を重ねた。
「ふーん、そうなんだぁー」
手下はそれ以上追及してこなかった。この手下が被害女子の幼馴染ということはなさそうだ。もしそうだったら、あまりにも悪質過ぎる。
「その妹が、今、こんなことになってる。――何が言いたいのか、分かるよな?」
それ以上は語らず、向こうに推測させる。そして、怖気づかない態度を、表面上は常に貫き通した。
やがて、向こうは嘘を信じたようで、ばつが悪そうに退散していった。
あなたが下を向くと、黒い三つ編みを床に垂らす彼女のスカートがめくれていて、薄い緑色と白の下着が目に入ってしまった。
驚いていた状態の彼女は、あなたの視線に気づくと慌ててスカートを戻す。
「あの……ありがとうございました」
立ち上がった女子は、顔がすごく赤かった。
「感謝されるようなことはない。……何度も逃げようと思ったんだから」
「それでも、助けてくれたのは事実なので……ありがとうございます。ところで、先ほどの近所に住んでいたという話は……」
この女子は作り話を信じていたらしい。
「あれは嘘だ。気にしないでいい」
「そうでしたか……。全然思い出せなかったので……」
この女子に対し、あなたは事情を聞かせてほしいと頼んだ。ここまで来たら、投げ出して帰るわけにもいかない。
空き教室の中の椅子に座り、あなたは女子と向かい合う。礼儀正しく着席している彼女は、あなたに語り始めた。
一週間ほど前、あの悪い女子達が別の同級生の女子をいじめていて、この女子はいじめをやめるよう注意した。
その翌日、たまたま別の用事で職員室に行ったことを、告げ口したと誤解されたらしい。
悪女達はいじめのことを先生にも注意されたようで、それが原因となり、彼女はこんなひと気のないところまで連れて来られ、ひどいことをされていた。そこを、あなたが救った。彼女は再び、あなたに感謝していた。
話を聞き終えたあなたの次の行動は、この女子への配慮だ。あなたは彼女の名前、学年とクラスを聞いた。その理由を彼女には語らなかった。精神的にはまだ不安定であろう彼女を気遣い、あなたは一緒に下校した。
翌日以降、あなたは彼女のクラスへと何度か足を運んだ。兄代わりの幼馴染という嘘の設定を活かして、彼女がいじめられていないかを確認するためである。
彼女は一年生だった。下級生の教室に行くのは、最初は抵抗があったし、あのいじめっ子達にも当然、良い顔はされなかった。けれども、上級生のあなたが行動を起こしたことは、抑止力につながった。
今のところ、あの時のようなことはもうされていないらしい。
あなたは彼女の助けになれたことを、少しだけ誇りに思っていた。
□
ある日の放課後、あなたが旧校舎の空き教室で小説を読んでいると、黒い三つ編みの後輩の姿が目に入る。気づいたあなたは小説を机に置いた。
「いつもありがとうございます。先輩。……今日はお礼がしたくて来ました。何か、ご要望はありますか?」
女子に聞かれて、あなたは困った。
「いや……特にない。かわいい後輩女子と親しくなれたので、それだけでじゅうぶんだ」
「私って、かわいいでしょうか? 私はそう思いませんし、……あの子達からも、キモいとかダサいと言われていましたし……」
彼女は遠慮げに苦笑していた。
あなたとしては、控えめに評価しても、この女子はかわいいほうだと思える。
ただ、彼女にあの不良女子達のことを思い出させてしまったのが嫌だった。
それと、あのいじめの現場で気になったこともまた、あなたは思い出してしまう。
「ダサいパンツ……」
あなたは小声を出していた。
「えっ……あっ、あのっ……それは……?」
困惑する女子。
言ってしまったからには、あなたはもう後戻り出来ない。恥ずかしくても、覚悟を決める。
「すまない。あの時にあの女子が言っていたことが気になったんだ。どんなものなのかって……」
「……先輩。ちょうど、あの日に穿いていたのと、たまたま同じものを着けているのですが……。先輩は、見たいのですか?」
女子に聞かれて、あなたは抗えなかった。考えに考えて、時間切れになる前に、欲望に忠実になって頷く。
「……分かりました」
頬を赤くした彼女は素直に答え、スカートの中に両手を入れて、屈んだ。着用していた紺色のハーフパンツをずり下ろす。白の長い靴下と重なった辺りで留め置いた。
次に背筋を伸ばし、ゆっくりと、彼女は両手でスカートをたくし上げた。思っていた以上に、大胆な動作だった。
最大限に持ち上げられたスカートの中は、上部が白いブラウスや体操着の白いシャツで隠れている。
その下の下着は白一色の無地で布面積も広く、子供っぽさが強い。女子高生としては、確かにダサいかもしれない。
しかし、彼女の魅せる姿と太ももは美しく、派手さの欠けた下着であっても、あなたの目には素晴らしく映った。
「……どうですか? あの子が言っていたように、私もダサいとは思うのですが……」
「それでも、かわいいと思う」
あなたが本心を伝えると、彼女は顔を赤らめたまま恥ずかしがった。スカートを元に戻し、下げていたハーフパンツも穿き直す。
興奮が冷めやまない今のあなたには、信じられないほど苛烈な勢いもあった。
「君を妹と言ったのは嘘だけど、君を……彼女にしたいと思っている。これは嘘じゃない。……どうだろうか?」
あなたが見つめる後輩女子は、瞳を輝かせていた。
「私も、先輩の恋人になりたいです。よろしくお願いします、先輩」
この言葉がなかったとしても、彼女の嬉しそうな表情が同じことを語っている。
あなたはほっとした。
ダサい下着が気になるなんて言って見せてもらった直後の告白なのに、即座に好意的な返事をもらえた。寛大な彼女に、ますます惹かれてしまう……。
恋人が出来た本日最大の出来事により、さっきまで読んでいた小説の内容は、もう思い出せなくなっていた。
それはさておき、今は恋人になってくれた女子の姿を、ひたすら記憶に焼きつけることに集中する。
黒髪を長い三つ編みに編んだ、後輩の彼女。
ダサいパンツを見せていてもかわいかったし、そうでない今も、とてもかわいい。
(終わり)
最後までお読み下さり、ありがとうございました。