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episode7 飛鷲青年伝

 秋も終わりに近づいて、風も日が経つにつれ冷たさを増し。真夏の暑さに懐かしさを感じながら、バイクに乗るには少しずつ寂しくなって。また次の夏を待ち遠しく待ちながら、中に着込む量をひとつ重ねて、今日も今日とて、鷲津武志と左文字秀樹は、黒沢峠で追いかけっこに興じている。 

 中天で照りつける太陽の暑さは和らいでいる。秋風が峠の山々の木々や草花を揺らす。その秋風を、タケシとヒデは打ち砕いてゆく。

「はっはー! どーしたヒデー!」

 前はタケシ。ヒデは後ろだ。タケシは勢いに乗り、コーナー間直線で後ろを振り向き、びしっ! と左手の人差し指を伸ばし、ヒデを挑発する。

「はっ! おもしれーじゃねーか!」

 お返しにとヒデは中指をおっ立てる。

「ぎゃっはははは!」 

 馬鹿笑いをしながら態勢を戻し、気合イッパツ、ぶっちぎりにかかる。コーナーバンク、おもいっきり身体をイン側に落とし、まるでバイクにぶら下がっているようなアグレッシヴ(積極的)なライディングフォームだが、その走りは、ヒデのような派手なスライドは控えマシンの旋回性の良さとタイヤのグリップを生かしラインをなぞるような一糸乱れぬスムーズな走り。

「なかなか良い子ちゃんな走り方じゃねーかよ」 

 とヒデは毒づく。

 見た目の面白さとしてはヒデの方が面白いのだが、速さの面ではタケシの方が一歩前に進んでいるようだ。

 激しい攻撃性を秘めてマシンを駆るヒデ、熱血と実直さをそのまま走りで表現するタケシ。それぞれの個性を溢れさせ、アクセルを開けマシンは吼え、風にぶつかり、打ち砕いてゆく。

 そのふたりに立ちはだかるイエローのマシン。

 GSX-R1000、黒沢峠最速の走り屋、五音龍太郎、通称ゴネリュウ。

 折り返しの駐車場で、さあ行こうかとマシンにまたがり大きく背伸びをする。そこへタケシとヒデがやって来た。

「ふっふ、来たな」

 ちらっとふたりを見て、ゴネリュウはコースに入った。これは! とふたりも続く。 

「着いてこれるなら着いてきな!」

 コースに入りざま、気合イッパツウィリーをかまし、しょっぱなから本気の全開モード。のようにふたりに思えるほどのハイペースで走ってゆく。

「うぉ!」

 声を上げ驚く二人。その背中はあっという間に小さくなろうとする。

 マシンと一体になり、ゴネリュウは峠のワインディングロードをかっ飛んでゆく。それは誰にも止められそうになかった。

 タケシとヒデも精一杯飛ばした。しかし、追いつけない。

 走れば走るほど、ゴネリュウの背中は小さくなってゆく。ふたりのペースは悪くないってのに。

「おいおいどーしたあ? また七分しか飛ばしてねーぜ」

 ミラーをちらっと覗く。

 ゴネリュウはまさにこの峠道のキングとして、孤高の一人旅。コース途中で誰かがゴネリュウに追いつかれれば、ひょいっと隅によって道を譲る。そのたびに余裕かまして手を挙げて「アリガト」の挨拶をしてゆく。


 待避所にたむろする連中がいる。

 良い音させてイエローのGSX-R1000が駆け抜けてゆくのを、何かけだるそうな目つきで見送ってゆく。

 それからしばらくして、必死にゴネリュウを追いかける若造ふたり。これまた良い音させて駆け抜けてゆく。

「ふん」

 マシンもツナギも赤と黒の離岸二郎、通称ジロウは腕を組み、三人が駆け抜けていった道をじろじろと眺めている。その隣で、黒井鉄夫、通称テツが同じように腕組みしていれば。

「いつになったらやるんだ?」

 おもむろにジロウに語りかける。

 ジロウはそれを聞き、さてな、ととぼける。

「なにが、さてな、だ。今すぐにでもいきてーくせに」

「ふん、テツはせっかちだな」

 といいながら、ヘルメットを被り、愛機CBR900RRのイグニッションをスタートさせる。それを見て、テツも口元をゆがめ、ZX-9Rのイグニッションをスタートさせる。

「お、いくんですかあ」

 子分どもが楽しそうに聞いてくる。

「んあ? まあちょっと、遊んでくるわ」

 へらへらとそういいながら、ジロウはコースイン。続いてテツもコースイン。したはいいが、やる気なさそうにゆっくりと走っている。と思ったら、イエロータイフーンよろしく勢いよく飛ばすゴネリュウとすれ違う。

 風の破片がヘルメットをなでてゆく。

 それからしばらくして、今度は若造ふたり。

 にやりとほくそ笑む。

 ゆっくりしたペースのまま、ジロウとテツは折り返しの待避所まで来ると、

「さてと」

 とぽそっと一声、そろってコースイン。と同時にハイペースで飛ばしにかかる。このふたりのペースもゴネリュウに負けず劣らず。まさに一陣の風となって、峠道を駆け抜けてゆく。

 タケシやヒデも、ジロウやテツにかなうかどうか。

 それはさておき、ジロウとテツのランデブーの勢い凄まじく。テクも半端でなく高い。暴れ叫ぶマシンをロデオを楽しむように操り、コーナーというコーナーを攻め立ててゆく。

 そのCBR900RRとZX-9Rを、遠くから怖そうに眺めるように見送るギャラリーたち。

「あのふたりが止まるまで走れないなあ」

 と誰かがつぶやく。

 そんなのおかまいなく、ジロウとテツは目一杯走りまくり。駐車場で折り返し、またコースイン。

 いつも峠に来てもだるそうに溜まり場の待避所でのんびりしてることが多いのだが、今日はなんだかいつもと違い気合が入っている。

 駐車場にいた面々はジロウとテツの気合の入りようにややおののき、中にはさっさと帰り支度を始めるやつも。

 で、またゴネリュウにタケシ、ヒデとすれ違った。差は変わっていない。

「だーからよ、お前らじゃ無理だって」

 あからさまにバカにしてつぶやく。

 しかしその声は聞こえずとも、その気配はタケシとヒデも感じたようだ。

 スモークシールド越しに、互いにガン飛ばしあった。

(ふん。じゃいっちょ見せたろか)

 仲間たちのたむろする待避所まで来ると、気合イッパツのウィリー。仲間たちはやんやの大喝采だ。

 それから、折り返しの待避所に来ると、ゴネリュウを待つ。その間、腕組みしてじっと瞑想するようにおとなしくしている。マシンのアイドリング音が呼吸を整えるようにさえずっている。

 待っている間、見知らぬカタナが前を通り過ぎた。それにもかまわず、ゴネリュウを待つ。

「早く来いよ色男」

 ぽそっとつぶやいたジロウ。ゴネリュウがヒデの姉、楓子と付き合っているのは峠の常連の周知の事実だ。ジロウとテツは楓子を見たことはないが、ロングの黒髪がいかす、なかなかのセクシーダイナマイツだという仲間からのうわさ。ワルというものは、妙に目ざといところがあったりする。

「いっそのこと盗んでやれよ」

 と変なことそそのかすテツ。

 ジロウは、ぎゃはは! と大笑。

「ぬけぬけと言いやがるぜ。あのねーちゃん結構手ごわいらしーぜ、ケツに敷かれたらどーすんだよ、ぎゃはは!」

 などとバカ話をしてるうちに、遠くから威勢の良い音がする。ゴネリュウだ。

「来たな」

 テツがうなずく。それに合わせジロウもうなずく。

「速く走れよ。じゃなきゃジロウ、お前がオレの獲物だぜ」

「吼えたな、犬が」

「ふん、そうさ、オレは犬さ。だがな、犬は犬でもオレは闘犬だぜ」

 お互い闘争心を溢れさせ、コースイン。最初はゆっくり。そうして走れば、ゴネリュウとすれ違い。しばらくして、後ろに迫ってきた。

「ひゃぁっほぉーう! 鬼さんこちら!」

 ミラーでイエローのGSX-R1000を見止めると、アクセル開けてペースアップ!

 マシンの鼓動、叫びが峠の山々に響き、くうを揺るがす。

 それと同時にタケシとヒデともすれ違った。さっきよりも差が開いていた。

「えっ!」

 ジロウとテツがゴネリュウと一緒なことにふたりして驚く。それ以上に、かなりのハイペースにもっと驚く。なにせ、来た、と思ったら、びゅん! と一瞬のうちにすっ飛んでゆく。

 だが、それと同時に何か嫌な予感が胸をよぎる。もっともヒデは、これより先に嫌な予感がしてならないのだが。さっきどこかで見たことあるようなカタナとすれ違った。向こうもしきりにこっちを見てたような気がする。

(まさか、あいつかあ?)

 などと考える。

 そんなふたりなど知らず、ゴネリュウはジロウとテツと追いかけっこを繰り広げている。

 先頭はジロウ、真ん中にテツ、しんがりにゴネリュウ。

 赤と黒のマシンが、ライムグリーンとイエローのマシンを引っ張っている。上って下って右に左に。黒沢峠のワインディングロードを三台のマシンがかっ飛んでゆく。

 ジロウもテツも、ワルどもを集めてアタマ張ってるだけあってなかなかのテクだった。それぞれマシンと一体となって、自由自在に操りコーナーを攻め、駆け抜けてゆく。 

 チューニングによって凶暴な叫び声を発するマシンは、まるで大口開けて獲物を狩る野獣のようだ。それにまたがって、ライダーもまた狩りを楽しんでいるというか。

(やるじゃねーか。オレにケンカ売ってくるだけのことはあるぜ)

 この峠の最速はゴネリュウということになっているが、さてそれもどこまでのことなのか。

(そーいやこいつらと真面目にバトったことがねーな)

 ジロウとテツは、タケシやヒデのように真面目に走ることが少なかったので、ゴネリュウと一緒に走ることも少なく、あくまでも現時点の見た目の最速ということだったが。

 どうも今日はその最速争いに動きが出そうだ。 

 なによりゴネリュウの後ろでなく前について走っていることは大きかった。たいていの並みのライダーは速いライダーの前を走るのを嫌がって、一緒に走る場合は後ろを走るが、ジロウとテツ、やつらは進んでゴネリュウの前についた。

 これが何を意味するのか。

 走っているうちに、ジロウとテツがゴネリュウを待っている間に前を通ったカタナに追いつき、あっという間に、びゅん! と追い越した。

「わっ!」

 カタナのライダー、浜松君子ことキミは突然三台のマシンに追い越され驚きの声を上げる。

「何も出来ないままにパスされるなんて……」

 左手を太ももの上に乗せ、大きく深呼吸して、ふてくされたようにしている。この峠は初めての道だから、無理はせずゆっくり走っているが。それでも屈辱的だった。

「あいつもいたわね。まとめて始末してやるんだから!」

 と、キミはよく通った、ありったけの大声で吼えた。


 そんな黒沢峠に向かう四輪が二台。

 前は白黒ツートンのハチロクレビンに、後ろは赤いアルファロメオスパイダー。

 前の三木眞明ことマサアキは、車内に流れる女性ヴォーカルの歌声に聞きほれて、歌に合わせて鼻歌までうたってご機嫌で。

「こっこいいなあ。こっこ、こっこ」

 とかいっている。

 後ろの五十山田鈴ことリンは、アルファロメオスパイダーの幌をオープンにして、昼走るとき愛用のオークリーのサングラス――イチローのと同じデザインでレンズは赤――をかけている。そのオークリーのサングラスがまたさまになっている。

 最近までタケシがマサアキやリンのホームコース、七人寺峠に遊びにいっていたが、今度は逆にリンとマサアキがタケシのホームコースに遊びにいっている。

 で、折り返しの駐車場までくれば、ちょうどタケシとヒデが折り返そうとしているところだった。が、見慣れないカタナがヒデの後ろについている。県外ナンバーだ。

 しかし、細かいことにはこだわらない。

「いっちょやるか!」 

 と、カタナを追う。リンもリンで、

「好きだねえ」

 とかいいながらハチロクレビンを追う。

「何よあの四輪!」

 驚くキミ。やっとの思いで黒沢峠にやってきて、折り返しでヒデを待ってその後ろにつけば、とたんに四輪が二台追いかけてくるではないか。

 キミも意地っ張りなもので、道を譲らない。来るなら来いよと後ろをぶっちぎろうとしながら、ヒデの後ろからプレッシャーをかけようとする。

 一瞬だけ振り向いたヒデ。前のYZF-R6をつつく。速く走れ! と。

「あいつマジで来たのかよ!」

 と吼える。まさかキミが追いかけてくるなんて夢にも思わなかった。が、来てしまったものはしょーがない。

 タケシはタケシで、自分たちを待っていたような見慣れないカタナがいたのは気になったしリンが来たのは嬉しい。が、前のゴネリュウたちはもっと気になるようで。後ろに一瞥もくれず飛ばす。ひたすら飛ばす。

 そんなタケシの背中を遠くから見つめ、リンはくすっと微笑んだ。

「もう、イノシシくんたら」

 せっかく来てやったのに見向きもしないで、ひたすら飛ばしている。でも、その飛ばしっぷりが好きだった。それでこそ自分のファースト&セカンドキスの相手に相応しい。

「ふん、やるじゃない」

 キミはタケシとヒデの後ろについて、その速さを認めた。ヒデの前にいるのはおそらく話しで聞いたタケシくんだろう。なるほどヒデが話しに出しただけあって速い走り屋だ。ここは無理にしかけず引っ張ってもらうのがいいだろう。

 前三台の二輪が後ろの二台の四輪を引っ張るようなかたちになった。

 七人寺でも速かったタケシだが、さすがホームコースでは水を得た魚のようにすいすい走ってゆく。だがそのさらに前にまだ速い走り屋がいる。

 もうすぐ折り返しというところまで来たとき、赤黒のCBR900RRとライムグリーンのZX-9R、そしてイエローのGSX-R1000とすれ違う。

「まあロミオ様」

 とリンはゴネリュウを見るたびに面白そうにそう呼ぶが、今日はなんだか様子が違う。いつもあまり走らず、やばげな仲間たちとたむろっているふたりが、ゴネリュウの前を走っているのだ。

 タケシにヒデはともかく、マサアキとリンはジロウとテツのことをよく知らないのでこのことは驚きだった。

 最速の走り屋の前を走るということがどういうことなのか。

「あいつらあんなに速かったのか」

 すれ違ってマサアキとリンは呆気に取られる思いだった。

 

 その通りジロウとテツ、ゴネリュウの速さは尋常ではなかった。

 風を打ち砕くどころか風すら追い越してゆきそうなハイペース。誰も割って入るに入れない。後ろとの差も広がってゆく。

 すれ違うタイミングからそれがわかった。

 すれ違うたびに、烈風に横薙ぎに払われそうな気迫すら感じる。

 マシンはすべてを叩き壊すようなほどぶっとく吼えている。

「な、なんてやつらなの!」

 見るもの聞くものすべてがはじめてずくしのキミは走りながらも驚きを禁じえない。ホームコースの連中でも、この三人には適わないんじゃないか。

 こっちのペースだって悪くない。先頭のタケシくんは一生懸命走っている。しかし、それでも引き離されている。

 きっ、とヒデの背中を睨みつける。

(こいつ、こんな連中と一緒に走ってたの)

 自分が井の中の蛙だってことを知った。

 驚いているのはキミだけではない。リンにマサアキ、

「はええ……。マジかこいつら」

「ど、どうなってるの。何が起こってるの?」

 とすれ違う三人に唖然としている。

 しかし一番驚いているのはほかでもないタケシとヒデ。

 全開で走っていても引き離される。それでもひたすらアクセルを開けた、走った。余計なことはいわない、考えない。

 ただただひたすらひたすら、走った。

 ゴネリュウはというとジロウとテツを追いかけながら、ふたりの速さに内心舌を巻いていた。

(今までオレが一番だと思ってたが、こりゃどうもそうじゃねーよーだな)

 ついてゆくのがやっと、さすがにそこまでではないものの、前に出るのは至難の業のようだ。

(まあいい、今日はゆっくりと走りを拝ませてもらうぜ)

 無茶はせず、ジロウとテツについてゆくことにする。本気の勝負は後日改めてだ。


 これに黙っていられないのがキミの性分。

「いつまでもたつてんのよ!」

 いっちょ仕掛けてやるかと、コーナーでインをうかがうそぶりを見せた。

 その気配を察したヒデ、とっさにインをふさぐ。とともにキミの攻撃的精神が萎えていないこともわかった。

(こりてねーのかよ)

 というか、こりてたらわざわざ長い距離走ってここまで来ることはないか。

「カタナのやつ仕掛けるか」

 後ろの四輪もキミの仕掛けを見てあっと驚く。だがマサアキもリンも百戦錬磨のつわもの。バイクのオプションになりに来たわけではない。

「なら四っよっぱの速さも見せてやらねーとな」 

 ふん、と鼻を鳴らしマサアキはカタナに迫る。四輪はコーナーツッコミでは二輪よりも奥にいける、いっちょカタナを驚かせてやれ。

「こっこ、しばらくのお別れだ」

 とカーステレオを切り、カタナにプッシュをかける。リンも仕掛けるのを見て、

「ぼやぼやしてると抜いちゃうよ」

 とマサアキの隙をうかがう。

 タケシは後ろの気配が怪しくなったのを感じてひとりあせっている。

(それどころじゃないだろ)

 前との差をなんとかして詰めたいのに、ここでバトルしてたらペースを上げられないじゃないか。だがヒデ以下はおかまいなし。ガンガンに前にプレッシャーをかける。このまま黙って走っていればキミに引っ掻き回されるのは火を見るより明らかだ。しかも後ろの四輪コンビまでがキミに火をつけられたらしい。

 これで黙って走れったって無理ってもんだ。今日はゴネリュウはあきらめて、まずこのバトルでてめえ自身の走りを相手に見せ付けておかないと、なめられるってもんだ。

 だが、根が真面目でコーナー攻めても心は直線番長なイノシシくんのタケシには、そういった、なめられるだのなめられないだのといった感覚は薄かった。

 せいぜい「アホか」と心の中で唱えて相手にしない。が、他はそうではない。ヒデは途端にタケシをプッシュしはじめ、しきりに隙をうかがっている。

「ちんたら走ってんじゃねーってんだよ!」

 マシンとともに吼えるヒデ。

 ミラーに見え隠れするCBR600RRに、タケシは舌打ちし、

「抜けるもんなら抜いてみやがれ!」

 と引き離しにかかる。

 なめるなめないの感覚は薄いが意地はある。特に今はセカンドグループの一番前。意地にかけて譲れない。

 しかし、

(あのカタナは誰だろう)

 と、ちょっと考える。でもそれは後でいいや。

「ふん」

 鼻を鳴らすマサアキ。前のカタナがヒデを攻め立てる、そのアグレッシヴな走りに感心しているようで。それと同時にいつ前を抜こうか隙をうかがっている。

「はっ!」

 右コーナー手前、声と気合を発しヒデはブレーキングを遅らせてタケシに並びかけようとする。リアが左右にふれる。それがキミを「びびび!」と刺激する。

(やる気だね) 

 そうこなくっちゃ。ほくそ笑むキミ。何の変化もなく黙然と走るのは性に合わない。それにせっかく来たんだからひと波乱起こしたかった。

(こないだみたいなヘマはしないよ!)

 漁夫の利とばかりにヒデに迫り、タケシにもその存在感を示す。

 タケシも意地を掛け、突っ込みでどうにかふんばり前をキープ。立ち上がり加速。吼えるYZF-R6。

 ガチンコにぶつかり合うCBR600RRとカタナ、ハチロクレビン、アルファロメオスパイダーのサウンド。

 そのとき、CBR900RR、ZX-9R、GSX-R1000とすれ違った。

 びりりっ!

 とサウンドが激しく激突し合って、まるで空間が揺らされたようだった。

「いけーっ!」

 吼えるタケシ。右手で握りしめるアクセルを開ける。こうなりゃ後ろを引き離して、自分だけでも前のゴネリュウに追いつくのだ。 

 気迫が背中からどっと溢れ、ヒデとキミにぶつけられる。 

 だがヒデとキミもさるもの、その気迫を鷲掴みにしてぐいぐいとタケシを引っ張り込むようにして迫ってくる。

「どこの誰だかしらねーが、オレを忘れもらっちゃ困るぜ」

 前のヒデに夢中のキミ、後ろに気を配るのを怠っていた。左低速ヘアピン、カタナのキミはヒデのインにつこうとさらにイン側のラインをとる。それに乗じ、マサアキはそのアウト側に突っ込み、ハチロクレビンの荷重移動を感じ取ってラインに乗せるや否や突如一瞬だけアクセルを抜いてまた踏んで、リアスライドをかまし、ドリフトでカタナをアウトから攻め始めた。

 スライドで、きゅっ、とクイックにヘアピンを曲がりこみ、次の右高速に向かい加速。そのときはカタナのリアタイヤにハチロクレビンのフロントタイヤが並んでいた。

「しまった!」

 隙を突かれたキミ絶叫。

「そういうことは介山先生にしてやんなよ!」

 とほざく。

 加速勝負。マシンのサウンド大合唱。キミはハチロクに抜かれまいと身を伏せて次の右高速に突っ込む。やはり加速は二輪が有利、ハチロクレビンはカタナを抜くまでに至らない。しかしマサアキとてそれは心得ている。前の二台、YZF-R6とCBR600RRを見据え、ラインをシミュレート。視界の中にしゅしゅ、と白い線が引かれてゆく。

 キミの視界にハチロクレビンの四角いノーズが覗く。その前にヒデの背中、さらにその前にタケシ。

 吼えるヤマハ製4A-G、リアタイヤはスライドをおさめ路面を蹴りたてコーナーに飛び込んでゆく。ぐいぐいと引っ張られるように迫り横に並ばれるカタナ。

「くそぉっ!」

 きっ、と横目でハチロクレビンを睨めば、漁夫の利とまた後ろから赤いオープンカー。しかも外車の左ハンドルで、乗っているのは赤いサングラスをかけた女。

「なにあのキザったらしい!」

 悔し紛れに吼えるキミ。赤いサングラスの女はキミには一視もくれず、そのままするすると前に出てしまった。

 で次は左中速、しかも下り、マシンを右から左にひらりとかたむけ、下り坂のコーナーを駆け下りる。

「下りなら四輪が有利だぜ」

 勢いをつけヒデに狙いを済ませるマサアキ。勢いのあまりリアタイヤがスライドする。がそれはヒデも同じで、ずずずーとヒデのリアタイヤもスライドしまるでコンパスのようにフロントを中心に円を描くようにリアが膨らんでいる。

 が、上手くスライドをコントロールしラインに上手く乗せているので円を描きながらも前に前にと進んでコーナーをクリアしようとする。

 で、しばらく直線で、次は右でまた中速で下り。狙い済まされたヒデのCBR600RRは突っ込みでブレーキランプを灯すとともに、ケツを右に左に振るい、ぱたっと倒れるようにバンクしコーナーに突っ込んで、リアスライドのドリフトでタケシに迫る。

 キミは立て続けに四輪二台にぶち抜かれ頭に血が上り、激しくアルファロメオスパイダーを攻め立てる。赤いレンズを通し、カタナの独特の鋭角スタイルがミラーに映るのを見てリンは、ふん、とほくそ笑む。

(なかなか元気じゃない)

 どこの誰だか知らないが、面白いことになってきた。なら面白いものを見せてやろう。

 セカンドグループはダンゴ状態の混戦模様。先頭のタケシは後ろにかまわずひたすら走り、ヒデ以下は激しいガチンコバトル。

 マサアキはマシンの優位性を生かしヒデを追い立てる。しかしヒデも黙っちゃいない。

(残念ながらこの峠は下りっぱなしじゃないんでね)

 後ろからプレッシャーをかけひたすら攻め立てるもヒデは動じない。さすが地元でコースの走り方を心得ているし人間も芯が太くちょっとやそっとじゃ動じない。しかも下り区間は終わり上り区間に入ろうとしていた。上りなら二輪でも突っ込みで無理してもどうにか持ちこたえられる。

 左ヘアピンのクリッピングポイントで下り坂を下りきり、立ち上がりから上りに入る。

 その時、リンはミラー越しにカタナにくすっと微笑んで、かなり手前からリアを振った。

「マジで!」

 突っ込みをしくじった。そう思ったキミは慌ててフルブレーキング。勢いあまってリアが右に左に振れた。

 そう思った刹那、コースに対しほとんど斜めどころか縦に違い角度のアルファロメオスパイダーのバックライトが灯り、とたんにリアタイヤは後ろに回り、後ろに回りながらそのままの姿勢でラインをなめるようにキープしコーナーを駆け抜けていった。

「な、なによあれ!」

 キミは突然の神岡ターンにただただ驚くあまり、コントロールを失いどアンダーであやうくまっすぐ突っ込みそうになった。


 おっとっと、とどうにか体勢を立て直したキミは再びリンを追いかける。

「ほっ……」

 自分の神岡ターンに驚いて体勢を崩したカタナをミラー越しに見て、リンはかなりぎくりとしたが、どうにか立て直したのをみて心から安堵した。しかしなんだ、今までタケシにヒデ、古くから付き合いのあるマサアキといった神経の図太い面々と一緒に走っていたから、「これくらい」で驚かれて、むしろリンの方が驚きだ。

(けっこう繊細なのかも)

 と思ったが。まあいい、無事だったことだし。

(しかし……)

 赤いレンズ越しに見る先頭のタケシの背中。思わず眉をしかめる。

 全然ロミオ様ことゴネリュウに追いつけない。ペースは決して悪くない。というか、悪くない程度だから追いつけないのか。

 今タケシは走りながら歯軋りして悔しがっていることだろう。

「オレとゴネリュウさんとで、何が違うんだ!」

 愛機YZF-R6に負けじと吼えるタケシ。

 足りない、何かが足りない。

 マシンの差じゃない。ライダーとして、何かが足りない。何か、もう一人の自分が心の奥底からそう叫んでいるようだ。

「全然追いつけん!」

 ヒデも吼える。吼えたはいいがその声で発散させられたように気まで散らせてしまい、隙をつくりマサアキにそれをばっちし突かれてしまう。コーナーの突っ込みをしくじり、ハチロクレビンに並ばれる。

 しまった、と思っても遅かった。マサアキはヒデのCBR600RRと並ぶと、相手に一瞥もくれず次はタケシのYZF-R6に照準を定め、アクセルを開けぶち抜く。

「Hooooo!」

 まるで外国人のような歓声をあげるリン。マサアキの見事な抜きっぷりに胸躍らせる。さあ次はタケシだ。どうするタケシ。

「でも」

(タケシ君にしてみれば、それどころじゃないだろうな)

 ヤマハ製4A-Gがけたたましく吼え、同じヤマハのマシンのケツを突っつく。必死に逃げるタケシ。セカンドグループの先頭でヤマハのサウンドが鳴り響く。くうを揺るがす。

(サポートするか)

 エディはまだか。じゃない、リンはまだか。ヒデとマサアキを抜き、後ろで援護(後方のブロック)して前に専念させるか。

 最近バイクもかじりはじめて(といっても書籍で読む程度だが)、その中で見た、1983年のWGPでチームメイトの援護を受けられずにチャンピオン争いに敗れた往年のGPライダー、ケニー・ロバーツの逸話が思い起こされる。

 そのケニー・ロバーツはヘルメットに鷲の絵をあしらっていた。

「鷲、鷲か……」

 そういえばタケシの苗字は鷲津だ。

(いや……)

 やっぱり援護はやめよう。

 マサアキのハチロクレビンに追い立てられるタケシのYZF-R6。なかなか引き離せない。

「待てよ鷲津、友達だろ!」

 冗談を飛ばしながら愛機も飛ばす。だが目は本気だ。獲物を目の前にして、マジにならないバカがあろうか。

 赤いレンズ越しに見えるYZF-R6とハチロクレビンの攻防。なんだか冷静なリンだが、もちろんこの覇ハイペースな中を彼女自身はドライブしている。うかうかすれば後ろのカタナ・キミに抜かれてしまいかねない。息を吸い込み、全神経を研ぎ澄ませている。その研ぎ澄まされた神経がリンを知らず知らずのうちに思索家にしたようだ。

(鷲も雛のうちは他の動物の獲物か)

 やっぱり援護はやめよう。

 走り屋の世界は弱肉強食だ。などとそんな変なことはいわないが、ハチロクレビンに追い立てられるYZF-R6のタケシの焦燥感たっぷりの背中が、鷲がまだ雛であるということをリンに思わせ。意地悪なようだが、その雛がピンチを切り抜けて成長するところを見たいと思った。

 だから、援護はやめた。

 

 タケシらとすれ違うゴネリュウとジロウ、テツ。

 ずばば!

 と風と風がぶつかり打ち砕かれた音と衝撃がしたようだ。

 前にすれ違ったときよりは近づいているようだが。

(やってるなあ)

 セカンドグループのダンゴっぷりを見てもゴネリュウはそれだけ考えて、前についてゆく。前のジロウとテツはいつになくマジで走っている。

 疾風迅雷。

 四漢字熟語にすればそんなところだろうか。

 ジロウとテツはすべてそこのけの勢いで黒沢峠の峠道をかっ飛んでいる。匹夫の勇然とやみくもに飛ばしているのではない、ペースに合ったライディングテクニックを駆使して、今のハイペースを作り上げている。

 これにはさすがのゴネリュウも舌を巻いた。

(やられたぜ、今まで猫被っていたのかよ)

 今のジロウとテツは、ならず者を集めて黒沢峠にたむろする不良グループのリーダーではない。文句のつけようのない速い走り屋として、走っている。

 とはいえ、トップグループはこのままこう着状態が続きそうだ。テツもジロウを抜く気はないようで、淡々と後ろにつけている。

 対してセカンドグループ。マサアキは絶えずタケシの隙をうかがっているが、ヒデもマサアキの隙をうかがっている。その後ろのリンはキミをブロックしながら前についてゆく。

「なんだよ貞淑ぶってんじゃねーよ!」

 切れるキミ。

 女は黙って男の後ろに控えてろってか。そんな時代錯誤なことをこの走り屋の世界にもちこむな!

 ぎっ、と歯軋りして、キミはリンのアルファロメオスパイダーのインをうかがおうとする。はっとしてキミもすかさずインを閉じる。

「甘い甘い、そう簡単に前に出すわけないでしょ」

 きゅ、と口元をひきしめてアクセルを開ける。ヒデの背中が迫る。そのヒデも後ろのカタナと同じようにマサアキのハチロクレビンの隙をうかがっている。

 CBR600RRのリアテールからのぞくマフラーから、ヒデの裂帛れっぱくの気合がほとばしっているようだ。

 しかし、気合だけではトップグループに追いつけない。それを一番わかっているのは他でもないヒデ自身だった。

「ちきしょう」

 ハチロクレビンを追い立てながらぽそっとつぶやく。マサアキも達者なものでそうそう隙を見せないどころか、隙あらばタケシをぶち抜くつもりでいる。

 ひたすらアクセルを開けてひた走るも、後ろからは逃げられず前には追いつけず。なんだかマグマでも溜まっているような気に襲われた。マサアキはミラーでヒデの位置を見て進路をすかさずふさいだりする。前にも後ろにも気を配らないといけないのは大変だ。

「しぶてーやろーだ」

 ぽそっとつぶやく。タケシの頑張り屋さんなところは嫌でも認めないといけないだろう。マサアキはホームコースの七人寺峠でタケシにやられた経験がある。お返しに黒沢峠でタケシに迫り、ぶち抜いてやりたいという走り屋としての意地がある。

 走っているうちに折り返し地点の駐車場に来て、コースイン。

 青空に山々に、マシンエグゾーストの咆哮が響き叩きつけられる。

 他の仲間たちはこのバトルに興奮し、腕を挙げて「いけいけー」といったり、煽り立てるようタケシらを見送った。正直、硬直状態のトップグループより、激しく角突き合わせてやりあっているセカンドグループのバトルが面白く。彼らの気合がギャラリーたちを揺さぶったようだ。

「人の気もしらねーでよお」

 ギャラリーに舌打ちするヒデ。ハチロクレビン越しに見るYZF-R6。せめてタケシの前には出たいもんだ。そのためにはまず、ハチロクレビンを抜かなきゃいけない。

「ペースが上がった!?」

 突かれるように叫ぶリン。折り返してコースインして、さっきよりもペースが上がったように感じられた。タケシも相当飛ばしているようだ。

 マシンのサウンドが、前よりもはるかに響くようにも感じる。

 マサアキもそれは感じていた。こりゃうかうかしてると置いてかれるかもしれない。

 ところがどうにかする前に、後ろのCBR600RRの動きがあやくなった。


 右か左か、ミラーをきょろきょろするCBR600RR。

「いくぞいくぞ」

 と揺さぶりをかける。 

 マサアキはふんっ、と鼻を鳴らせて行く手を阻む。しかし、CBR600RRもやるものでわざとハチロクレビンの動きに合わせて右に左に揺れている。

 ハイスピードバトルの真っ最中だ。

(こいつ)

 ちっ、と舌打ちするマサアキ。ちょこざいな、抜けるもんなら抜いてみやがれ!

 しかし自分もタケシを抜かなきゃいけない。

 先頭のYZF-R6を抜きあぐねているってのに、後ろのCBR600RRのあやしい動き。

(単コロ(単車)に好き放題されてるじゃねーか)

 眉をしかめる。

 ステアリングを握る手に汗がにじむ。

 マシンのサウンドが全身をどつくように響いている。それに弾かれるように走る。その時、コーナーリング中、フラットな右中速、で迂闊にもアクセルを踏みすぎる右足。

「しまった!」

 リアスライドをして、膨らもうとするハチロクレビン。カウンターをあてて走行ラインの修正をはかるも時すでに遅し。視界に突如として現れるCBR600RR!

 炸裂するようなCBR600RRのサウンドがマサアキの耳を突く。かと思えばCBR600RRは威勢のいいドリフトまでかまし、千切れたタイヤかすをハチロクレビンのフロントガラスにお見舞いする。

「……!」

 ヒデ無言。

 全神経を集中させてマシンをコントロールする。

「やったぁ!」

 ヒデの代わりのように思わず叫ぶリンとキミ。

 キミなどは自分もバトルに加わっているのも忘れて、

「いっけー、やっちゃえー!」

 と左手を振りながら叫んでいるもんだから、前のアルファロメオスパイダーに引き離されてしまった。ということは、セカンドグループに置いて行かれたことになる。

「あ、そうじゃなくて」

 慌てて姿勢を直して追撃するも、時すでに遅し。前との差はかなり開いた。

「やっちゃった。もう、なんであんなヤツなんか! あんなヤツなんか! あんな……。べ、別に嬉しくて叫んだんじゃないからね! バトルが面白くて叫んだんだからねっ!」

 素直じゃないキミ。

 仕方なく今回はあきらめ、見えなくならない程度についてゆくことにして、次回に賭けることにした。

 

 ミラーでちらっと後ろの様子が見えたタケシは一瞬振り返って、すぐ後ろがヒデなのを確認した。

「ってゆーか。後ろが誰だろうがカンケーねえ!」

 肝心なのは前とのことだ。差はどれくらいなんだろう。

 と思ったときに、トップグループとすれ違う。かと思えば、ゴネリュウは後ろを指差す。

「??」

 これにはセカンドグループ一同なんだろうと不思議に思った。

 不思議に思いながらも走っていれば、向かいから、赤色灯を光らせるパンダカラーの車。サイレンをけたたましく鳴らし、かなりのスピードで走っている。トップグループを追いかけているようだ。

「げげっ!」

 セカンドグループ一同おおいに驚き、やむなくバトルは中断。そのまま折り返し地点を折り返さず、黒沢峠から逃げてゆく。

 走り屋の集まる峠道には、パトカーや白バイはつきものだ。それもそうだろう、法律違反をしている。だから、それらを散らせに、取り締まりに、やって来る。

 運悪くトップグループは折り返してすぐにパトカーと出くわしてしまったようだ。後ろを指差したのは、パトカーが来たことを知らせてくれたのだ。

 ハイペース走行中なのに、なんという心の余裕と優しさだろうか。だから、峠の皆はゴネリュウを良き先輩として尊敬していた。のだが。

「ゴネリュウさんは無事に逃げ切れるだろうか」

 交通機動隊のテクニックは半端じゃない。余談ながら、筆者は雨の日に免許センターで練習をしている白バイを見た事があるのだが、雨の中、バイクをスライドさせながらコーナーを曲がるそのテクニックにおおいに驚いたものだった。厳しい練習をしているとは知っていたが、それを見て以来、はっきりいって、生半なことでは交通機動隊からは逃げ切れないと、別に追いかけられているわけでもないのになぜか冷や汗をかいて思ったものだった。

 ともあれ、ゴネリュウは無事逃げ切れるかどうか、心配なところだ。

 タケシ以下のセカンドグループはゴネリュウを心配しながら、もしもの場合のときに集まる避難場所へとゆく。キミもどこに行けばいいのかわからないので、ついてゆく。

 

 もしもの場合のときに集まる避難場所は、タケシとマサアキらが初めて遭遇したショッピングモールの駐車場だった。

 いつもながらたくさんの人で賑わっているが、モール側もそれに備えて広い駐車場をこさえている。おかげで中に入れないということはなかった。

 ここなら誰でも知ってるし、腹ごしらえも出来るので避難にはうってつけだ。

 もうすでに他の走り屋たちも数人いて、あぶねーあぶねーとか言い合っている。その中に、ゴネリュウの姿はなかった。もちろんジロウとテツの姿もない。ヤツらヤツらでまた別に避難場所をかまえている。

 それぞれの場所に愛機を停めた面々も同じようにあぶねーあぶねーといいながらメットを脱ぎ車から降りる。リンはかけていたサングラスを外し、頭にかける。それがまた様になっててかっこいい。

 キミはヒデの隣に停めた。そこでメットを脱げば、ヒデはやっぱりと思いつつも改めて驚く。

「な、お、お前、来たんだ」

「来たよ。悪い?」

 なにやらもめている。

 タケシもこれには呆気にとられつつも、取り込み中なようなので無関心を装いそのまま離れて、リンとマサアキのもとにゆく。

 マサアキのハチロクレビンから軽やかな女性ボーカルの歌声が聞こえてくる。

「こっこいいなあ」

 と、逃走中余裕にもステレオをONにして聴きながら走っていたようだ。

 ゴネリュウの安否を気遣いながらも、タケシとリン、マサアキはヒデとキミのやりとりの成り行きを見守っていた。

「ヒデのやつ、いつの間に……」

「彼ってクールでストイックそうだったけど、陰でこそこそと、あちこちで遊んでたりしてるのかしら?」

「まさか遊んで捨てた女じゃねーだろーな」

 とひそひそと勝手な予測を言い合って。それはばっちりヒデとキミに聞こえてた。

「勝手なこと言うな!」

 怒ったのはキミだった。

「べ、別にこんな、こんなやつなんか追いかけてきたんじゃないからねっ! 速い走り屋を求めて遠征に来たんだからねっ!」

 素直じゃない反応。キミが否定すればするほど、真偽のほどはわからなくなり、この展開にヒデは頭を抱えてそっぽを向くしかなかった。

「そういうことに、まあしとくか」

 ささやきあう三人。妙に顔は面白おかしそうに笑っている。

「だーからっ、違うってば! あたしは遠征に……。もう、わからずやっ!」

 初対面なのにお構いなしな強い態度と口調。かえってそれが疑いを深めているのにもかかわらず、キミは気付いていない。

(よっくいうぜ。ほーら、って感じで人前でジャケット開けたのはどこのどいつだ)

 呆れながら目をそらすしかないヒデ。しかし、あのクラッシュで態度ががらりと変わったのは間違いなかった。のだが、それは外面上のことで、内面は以前のままなんだろうか。

(う、嬉しくねえ。女に追いかけられてるのって、嬉しくねえ)

 キミは苦手な姉と同タイプな印象があって、いくらCカップをお披露目してくれても、深入りする気にはなれなかった。

「もう、熱くなっちゃった」

 といって、キミはジッパーを腹の辺りまで下ろせば、白い肌と寄せて上げての黒ブラに包まれたCカップのバストとその谷間が、なんだか艶も良くジャケットの間から覗く。

(おおっ!)

(ま、はしたない!)

 喜ぶ男ども、呆れるリン。

(あっ)

 リンは他の女のバストに思わず見惚れてしまったタケシに肘鉄を喰らわせ。しまったと思ったタケシは目に涙を潤ませて、これをこらえた。しかしなんでまたこんなはしたない真似を、と思ったが。

 それがヒデを挑発しているのだとわかり、三人の疑惑はますます深くなった。

(やっぱり遊ぶだけ遊んで捨てたんだ。しかし、それでもヒデを忘れられなくて、素直じゃないようなところを見せながらも……、なんて健気なんだ!)

 そう思えば、なんだか感動できないこともなかった。

 っていうか、名前はなんていうんだこのカタナの女は。と、リンは少し咳払いをして、

「ねえねえ……」

 と名前を聞く。

「名前? 浜松君子。キミって呼んで」

 自分の古風な名前が恥ずかしいのか、顔を赤くして簡潔に名乗るキミ。しかし、谷間を見せても平然としてるのに、顔を赤くするポイントがずれてるようだが。

 腕を組んで、三人をちらちら見ながらも、目はほとんどヒデに向いている。腕を組んだせいで谷間が隠れ、マサアキはちょっとがっかりなのは秘密だ。

 キミが名乗ったことで、それぞれも名乗って。これで知り合い関係が出来る。

(なんだこのカタナは、とは思ったけど。まさか、まさかねえ)

 タケシはヒデが知らない間に女に追いかけられるようなことをしてたのが、とても驚きのようだった。別にリンがいるのでうらやましいとは思わないけど。

「まあそれはさておき!」

 たまらず大声を出すヒデ。もうしっちゃかめっちゃかだよ、と愚痴りたいのをこらえ、目を駐車場の入り口に向けて。

「ゴネリュウさんは、まだか」

 という。

 あ、そうだった。とタケシとリン、マサアキもそろって目を駐車場の出入り口に向ける。しかし、それっぽいバイクが来る気配がない。

 出入り口ではひっきりなしに客の車が出入りしている。

 シカトかよ、と思いつつもキミも出入り口に目を向ける。そうすれば、耳に飛び込むマシンサウンド。はっとしてさらに目を凝らせば、黄色いGSX-R1000!

「よかったあー!」

 ゴネリュウの無事がわかって、キミ以外大喜び。

 キミはというと腕を組んだまま、近づく黄色いGSX-R1000からかもし出されるただならぬ雰囲気に、それが速い走り屋だとさとった。すれ違ってて速いとはわかってたが、スピードを出してないときでも、何かの威圧感を感じる。

(これは土方以上かも)

 まだまだ井の中の蛙だとも思った。

「ふー、やばかったー」

 といいながらメットを脱ぐゴネリュウ。やばかったー、といいつつも。顔はさわやかに笑って好印象を持たせて、ロミオを演ずる役者だけのことはあった。

 

 とりあえず、捕まったのはいないようで。ほっと胸をなでおろして。

 やけに仲良く並んでるタケシとリンを見たゴネリュウとマサアキは、「気を利かせて」帰ることにした。で、ヒデも同じように帰ろうと思ったが、キミが何を思ったかしつこくからんでくる。

 それを見たタケシとリンは「気を利かせて」、さりげにふたり並んでその場から離れ、気がつけば駐車場にはヒデとキミのふたりだけが残った。

 取り残された感を噛みしめながら、しかたなく話をしてみるヒデ。

「お前、来たのか」

「来たよ。バイク直してね」

 つっけんどうな物言い。素直じゃない。前は素直だったのに、あのクラッシュがキミの人格を変えてしまったのか。何を思ってかヒデから離れようとしない。かといって女をぶん殴って言うことを聞かせるわけにもいかない。

 ため息をつき、どうしたらいいのか途方にくれた。空を見上げた。夕陽が紅く染まって傾いていた。

 その時、懐の携帯電話が鳴った。楓子からだった。なんだろうと思って出てみれば、

「今晩お出掛けして留守にするから」

 という。声がやけにわくわくしている。

(ああ、ゴネリュウさんとか)

 ゴネリュウと楓子は同じ劇団に所属してて、いつの間にか付き合い始めていた。楓子はちょくちょくゴネリュウと一晩のデートを重ねている。

 しかし、まさか楓子が走り屋の先輩と付き合うことになるとは。それも、同じ劇団に所属してたのが縁となって。人生何が起こるかわからない。

(え、まてよ)

 もしかしたら、ゴネリュウが義兄になるのか?

 しかしまあ、あのキツい性格の楓子がゴネリュウ相手だとまるで子猫のように甘えて。想像もつかん。

「電話から女の声がしたけど」

 話し終わって電話を切ると、キミが怖い顔をしていた。何を勘違いしているのだろうか。

「いや別に、姉貴だよ」

「ほんと?」

「ほんとだって。てか、なんでそんなこと気にする?」

「知らないね!」

 ぷい、と横を向くキミ。まったく、痴話喧嘩だ。

 やってらんねえ、と思って帰ろうとしたが。突然腕をつかまれてしまい。なんだなんだ、と思って振り返れば。

「腹が減ったから、メシ付き合ってよ」

 などという。

 いい年して、メシくらいひとりで食えよ。と言おうと思ったが。その目は、キツいながらも涙に濡れているようだった。

(こいつ)

 意外だった。どうも、キミ自身今胸のうちにある気持ちをどうしていいのかわからず、持て余しているようだ。だから、あんな、ハチャメチャな言動をするのかもしれない。っていうか、ヒデを相手にそうだということは、やっぱりそういうことなのか。

 ふう、と観念してため息をつき、

「わかったよ」

 と言えば、キミはぱっと顔を輝かせて、ヒデと一緒に店内の飲食店にゆく。

 それはお似合いのカップルであった、と言いたかったが。ヒデのライダーズジャケットとジーンズのスタイルはともかく、キミのレザーファッションはとてもカタギのカップルには見えず、思いっきりショッピングモールの中で浮いていたのは、玉に瑕のようにも思えた。


その弐に続く


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