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Last episode RUN! その弐

 七人寺に入れば、これこそ本領発揮の峠のワインディングロード。水を得た魚のように、タケシとヒデのライディングは冴えわたり、いまかいまかと前を抜こうとするまでペースは上がった。

 たまらないのはジロウだ。乱れたペースは元に戻らず、足掻けば足掻くほど、ライディングは乱れに乱れ。まるで蟻地獄にはまったようだ。

 忌々しげにXZ-9Rを凝視し、アクセルを開けるが、それこそ基本もなにもなく、やたらめったらアクセルを開けたがる初心者小僧のような走りになってしまう。

 そんな「下手」なヤツを抜くことなんて造作もないことで、いとも簡単に隙を突いてまずヒデが、続いてタケシがパス。

 呆気ないものだった。ジロウはいとも簡単に後ろへ下げられ、若造と侮っていたタケシとヒデの後塵を浴びることになってしまい、そのままずるずると離されてゆく。

 七人寺峠にはだいぶ入っていって、ジロウ一派の子分どもの姿も見えるようになってきたが、その子分たちは、親分がケツで走っているのを唖然として見送るしかなかった。

 トップのテツは、ひらけた視界の中、今まで溜まりに溜まったものを吹き飛ばさんがばかりに突っ走っていた。後ろからのプレッシャーさえ心地よく、トリップしそうだった。

 その陶酔感。何物にも変えがたかった。が、それが仇となった。慣れない陶酔感と、勢いに乗り本能のまま突っ走るあまり、押さえが利かなくなってしまっていて、調子に乗りすぎ。低速の左コーナーで、ミスって、スリップダウン。

「うわっ!」

 突然前がこけて、後ろ二台は慌ててイン側によける。前がこけたときは、イン側に逃げるのが鉄則。こけたバイクは慣性に引っ張られてアウト側へと吹っ飛んでいくからだ。

 幸いアウト側には待避所があって、低速ということもあり転倒の勢いはすぐにそがれて、バイクもライダーもその待避所でとまった。

「あーあ」

 とつぶやきながら、テツは起き上がる。ミラーでそれを見たヒデとタケシは、大丈夫なのを確認すると、そのままゴール目指して走り続けた。

 それを見送りながら、テツは、あちこちに摩擦で擦り傷がありながらも、それ以上の怪我はないことを確認して、背伸びをすると、

「楽しかったなあ」

 と満足そうに言った。勝負は、あのとき、YZF-R6とCBR600RRに挟まれてしまった時点でついていたのだ。それよりもテツは、ヘルメットを脱ぎZX-9Rを起こしてから、そのそばで突っ立って、単純にバイクの楽しさを噛みしめていた。

 そこへ、CBR900RRがやって来た。がっくりと頭をたれている。もう戦意喪失なのがありありと見て取れた。

「まあ、一からやり直そうや」

 と言うテツ。

 ジロウはテツを見かけ、光りに誘われる蛾のようにやってきたのだったが、その言葉を聞いて、

「そうだな」

 と力なくつぶやいた。

 と、そのとき、ハチロクレビンとアルファロメオスパイダー、カタナがハイペースで駆け抜けてゆく。テツはそれを見て、

「おお、すげえ」

 とこれまた単純に楽しそうに言った。あのときのハウリングが、テツの中にあった不純物を砕いたようだった。

 待避所にジロウとテツを見て、マサアキたちは一瞬どきっとしたが、平気そうにしているのでそのまま駆け抜けていった。

 タケシとヒデはどうしているだろうか、心配は尽きない。

 そのふたりは、いま、風になっていた。

 ゴール目指して突っ走っていた。

 マシンと一体になって、アクセルを開けていた。

 迫り来るコーナーを右に左に、ひらひらと舞うようにバイクは走る。

 二台のマシンは互いのサウンドをぶつけあい、共鳴、ハウリングしあい、その音までも一体となって峠のワインディングロードを駆け抜けていった。

「いけー、かっとばせー!」

 待避所には、もろ手を振ってタケシとヒデに声援を送る、七人寺峠の四輪の走り屋たちの姿があった。その中に、シビックタイプRのクニオもいた。

「いけー鷲津ー! 負けるなー!」

 とあらん限りの大声で叫んでいた。

 そんなクニオを見つけて、タケシは我知らず、左手を挙げ親指を立てた。ヒデは走りに夢中になってて、何の反応もしめさなかったが、それでも内心はにかんでいたのは秘密だ。

 腹にたたきこまれそうなサウンドとともに、風の破片がクニオたちをなでてゆく。それを感じて、

「待ってろよ、オレも速くなってやるからな!」

 とまた叫んで駆け抜けてゆく二人を見送った。

 

 タケシとヒデは残り少ないコースを、先にゴールするため激しいバトルを繰り広げていた。ヒデが前、タケシが後ろ。

 ヒデは後ろをぶっちぎろうとし、タケシは前を抜いてやろうとひたすらプッシュし。そのプッシュが効いたか、ヒデはコーナーでうかつにもラインを膨らませてしまい。

 今だ! と咄嗟にタケシがパス。

 ヒデは挽回をはかり、しきりにプッシュする。

 しかし、もう残りも少ない。

 ふたりはゴール目掛けて、ひたすら突っ走った。アクセルを開けた。マシンは吼えた。

「うおおぉぉーー!」

 ライダーも吼えた。

 風は打ち砕かれていった。

 YZF-R6とCBR600RRの二台だげか、ゴール目掛けて突っ走っているのを見た子分どもは、驚いた。

 だけど、手に汗にぎった。

 どっちが勝つんだ!

 ハラハラしながら見届けようと、目を見開いた。

 迫りくるコーナーたちを駆け抜け、二台は渾身の力で走った。

 走って走って、走りまくった。

 そしてついに、左コーナー、最終コーナーが見えてきた。それをクリアして、前でゴールした方が勝ちだ。

「いっけえぇー!」

 ヒデ奮闘、最終コーナーにすべてを掛ける。タケシも負けちゃいない。しかしヒデの奮闘凄まじく、強引なまでのレイトブレーキングで無理矢理タケシと並ぶ。

「させるかあ!」

 とタケシも気合イッパツ叫んで、抜かせまいとアクセルを開けリアスライドをかます。ヒデもリアスライドかましながら、タケシのインに突っ込む。

 YZF-R6とCBR600RRの、二台のバイクによるツインドリフトだ。

 神経が研ぎ澄まされる。

 すべてはこの一瞬に。

 二人ともどうにかふんばって、マシンは二台並んでコーナーを立ち上がった。

 立ち上がって、少し向こうに40キロ制限をしるす標識が立っている。その標識がゴールの目印で、その向こうに駐車場の入り口が見えた。

 立ち上がり加速競争。

 タイヤのスライドを感じつつも、いけるという確信。ふたりは一気にフルスロットル。

 加速するマシン。迫る標識。

 並ぶ前輪。

 前が見えないほどめいっぱいマシンに伏せて、ふたりは勝利を祈って、アクセルを握っていた。

 果たして、二台は標識の前を駆け抜けた。

「同着!?」

 その場にいたギャラリーたちは異口同音にそう叫んでいた。

 YZF-R6とCBR600RRは、二台並んで標識を駆け抜けたように、誰の目にも、そう見えた。

 

「オレだ!」

「いーや、オレが先にゴールしたんだ!」

「ヒデてめえでたらめ言ってんじゃねえ、勝ったのはオレだぜ!」

「お前こそでたらめ抜かしてんじゃねえタケシ! 勝ったのはオレだ!」 

 マサアキらがゴール後の駐車場に着いたとき、タケシとヒデは激しい口喧嘩をかましていた。お互いに自分が勝ったと言って、譲らない。

 周りにいるギャラリーたちも、ぽかーんとしている。実際、ふたり同時に標識を駆け抜けたように見えて、第三者にもどっちの勝ちなのか判別がつかなかった。

「このやろう! オレだってのがわかんねーのかよ!」

 ついにはふたりして相手の胸倉をつかんで、今にも殴りあいでもおっぱじめかねないほど、ヒートアップしていて。イリアとリンは「あっ!」と驚き叫び、キミは、

「そんなヤツやっちまえー!」

 とヒデをけしかけ。マサアキは「ありゃりゃ、こりゃいかん」と、慌ててハチロクレビンから飛び出そうとする。

 だが、そこはタケシとヒデだった。胸倉をつかみ合いガン飛ばし合いながらも、喧嘩ではラチがあかないと、

「もっかい勝負だ!」

 と途端に、一度は落ち着かせていた愛機を目覚めさせ、また走り出したのであった。

「おいおい」

 慌てたマサアキたちは、またふたりを追って走り始めた。休めると思ったのに、まったく忙しい。だがリンやイリア、キミはにこにこしている。なんだかんだで結局走るふたりを見て、つくづく、

「ほんと好きなんだなあ~」

 とささやき合って。そう言いつつも、ふたりを追いかけていていることが、すごく楽しかった。


 ……あれから二年とすこしの月日がたった。

 やんちゃ小僧だったタケシとヒデも、少しは大人になって、よさそうなものだったが。相変わらず、バイクで走ることばっかりに夢中だった。

 ただ、走る場所に対する思い入れが違っていた。

 今まで、ホームコースとしていた黒沢峠で走ってはいたものの、脳裏には、遠い遠い彼方にある草原のワインディングロードが広がるばかり。

 走り終えては、タケシはヒデやリン、キミに、その行きたいところのことばかり話す。そこに行きたいと思ったから復活できた、行かずして、何のためにバイクに乗っているのか、と。

 最初は、なんて大仰なことを考え、言っているんだろう、と驚き呆れていた。しかし、四人してネットカフェでその映像を見てみれば、

「よし、オレも行ってみるかっ!」

 とヒデは決意した。ヒデのバイク乗りとしての感性も、タケシと同じように衝撃を受けたのだった。

 そして、タケシが行くなら、ヒデが行くなら、とリンとキミに一緒に行こうと決意した。

 今、イギリスへ向かう飛行機の中、タケシとヒデ、リンとキミは座席に身をゆだねて、夢の中にあって。夢の中で、そのワインディングロードを思い描いていた。

 その彼方の夜空の中、飛行機は淡々と空を飛ぶ。パリ上空に差し掛かり、

「翼よ、あれがパリの灯火だ」

 と機長は福機長にいたずらっぽく笑いながら、洒落たことを言った。

   

 日本に残ったイリアは、まだ学生だからと、空を見上げて自分を置いていった兄やその悪友たちをうらめしくうらやましく思いつつも、土産や土産話を今からとても楽しみに、うきうきはとどまるところを知らず。

 高校に進学して、真面目にアルバイトに励んで、こつこつと貯めたお金で買ったTZM50を走らせていた。

「なんでヤマハなんだ?」

 と兄は妹のチョイスに対し怪訝そうにしていたが、イリアは頬を桜色に染めながら、

「ひ、み、つ」

 となにやら含み笑いをして話をそらすのだった。そういえば、カラーリングは白と青だ……。ヘルメットはブルーホワイトのカラーリングで、TZMは真っ白に改められている。真っ白な方がシンプルだし、白馬の子馬って感じで可愛いでしょ、とイリアは言い。体力トレーニングと称し、何故か鉛筆を三本まとめて折ったりしてたこともあった。もっともイリアの細腕では、一本がやっとで三本などおれるものではない、しかし一生懸命三本折ろうとしていた。

 それと、戦国武将の毛利元就さんは、いいことを言ったと思った。

 がその鉛筆を、誰かに見立てていたのを未来はたまたま見てしまい、恐ろしさのあまり口を硬く閉ざしていたのは秘密だ。

 それはさておき。

 いつかきっと、自分も兄やその悪友たちと一緒に草原のワインディングロードを走ることを夢見ながら、TZM50でてけてけと、黒沢峠をのんびり走っている。

  

 マサアキは、いい人を見つけるやいなや、さっさと引退してしまった。

 そりゃねーぜ、とクニオは抗議したが、縁とは不思議なもので、そのクニオまでいい人を見つけ、さっさと引退し、ふたりはいまやよきパパ友達となっていた。

 でジロウとテツだが、テツはジロウと袂を別ち、自分のバイク道を走っている。峠道を卒業し、サーキットへとステップアップし、今走っているサーキットのコースレコードをたたき出すことに夢中になっている。

 ジロウはというと、それまでの行いがたたり、一時は周囲は敵だらけという、身の危険を感じることもあったが、心を入れ替え真面目になった甲斐あって、少しずつでも友達になってくれるひとが出来てきて、今はその友達とのんびりツーリングを楽しんでいる。


 さて、かつて最速を誇っていた五音龍太郎ことゴネリュウであるが、父親との約束を破らず、バイクを降りた。

 腕も古傷を残しながらも無事完治し、社会復帰もし。

 劇団も復帰した。

 迫真のマクベスの演技。観客たちは、固唾を飲んでその迫真の演技に見入っている。

「馬鹿な、なぜ森が動く。婆あどもめ、おれをたぶらかしたのか。こうなれば是非もなし、敵と一戦を交えるのみ。ゆくぞ皆のもの、打って出よ!」

 舞台は進む、進むにつれ、ゴネリュウの意気は上がり、鬼気迫るものさえ観客たちは感じた。 

「女の産んだ男に、おれは殺せぬ!」

 と叫ぶところでは、何かの呪術でもかけられているのかとさえ思われた。さらに、

「それだけか」

 と末娘コーディーリアに迫るリア王をも見事に演じていた。今の場面は、言葉や気持ちの行き違いから、末娘コーディーリアを勘当するところだ。

 コーディーリアを演じるのは、恋人の楓子だ。

「はい。わたくしは、真正直にお父さまへの気持ちを、述べたまででございます」

「その若さで、その冷たさ」

「若さゆえに、ほんとうのことを述べたのです」

「そうか、ならば、もうそなたは娘ではない。どこへなりとも、消えうせるがよい!」

「お待ちを」

「ケントか。弓の弦は引き絞られたのだ、矢面に立つな!」

「お忘れか、王よ。直言こそ側近の誉れでございまする」

 と台詞を語りつつも、末娘の勘当をいさめようとする忠臣ケント役の男性は、リア王を演じるゴネリュウの目の鋭さに射止められ、ほんとに矢面に立たされた思いだった。それほどまでに、その演技もまた鬼気迫るものがあった。

 バイクを降りて有り余ったエネルギーを舞台にそそぎ、その迫真の演技は好評を博し、それがクチコミで広がり、なんとプロのスカウトもあったほどだ。

 そのゴネリュウは言う。

 イギリスへ行くのなら、役者としてだよ、と。バイク乗りとしてイギリスへ渡る後輩ふたりに、そう告げた。

 新しい道を見つけて、もう、最速の走り屋であったころの面影は、影を潜めてしまっていた。

 しかし、こんなことがあった。

 劇場へゆこうと家を出たとき、見知らぬバイクが、ゼファー400が、タイミングよく家の前に停まった。そのゼファー400の左サイドには、サイドカーがついていた。

 なんだ? と思っていれば、そのライダーはヘルメットを脱ぐ。

「……。楓子!?」

 驚いたものだった。まさか楓子がサイドカーつきのゼファー400で家を訪ねようとは、夢にも思わなかった。それを察し、どうだ、と言いたげに微笑む楓子。ゴネリュウは呆気にとられてしまった。

「どうしたんだよ、それ」

「えへへ、買っちゃった」

「買っちゃった、て。で、そのサイドカーは?」

「決まってるじゃない、あなたを乗せてあげるのよ」

「オレを、乗せる!?」

 またまた驚くゴネリュウ。

 聞けば、前から免許をとってバイクに乗ることを考えていたという。そう考えるようになったのは、事故ったときだという。

「バイクを降りて、安心はしたけど、でも、何かが足りないような気がしてね」

 楓子のその言葉に、ゴネリュウは何も言えなかった。見破られていたか、と内心ため息をつく思いだ。

 何かが足りないような気はゴネリュウも感じていたが、もうバイクは降りた。意志の強いゴネリュウである、降りるとなれば、絶対に降りる。そうなるとテコでも決心は動かない。

 そこで、楓子は自分が免許を取って、サイドカーに乗せることを考え付いたのだった。

「やられたよ」

「ふふ、でしょ。劇場にいくんでしょ? 送ってってあげるわ」

「OK。頼むよ」

 ゴネリュウを乗せたゼファー400サイドカーは、劇場に向かって街を駆けた。

 初心者の楓子の運転にちょっと怖い思いをしつつも、かつての最速の走り屋は、いまは昔を懐かしみ、恋人の横で、恋人とともに、風と戯れていた。

 

 ………… 


 イギリスとアイルランドに挟まれるアイリッシュ海の中央に、淡路島ほどの大きさの島が浮かんでいる。

 名は、マン島という。

 イギリス王室の属国および、イギリス連邦の加盟国で自治権を認められおり。人口はおよそ八万二千人。

 マン島という島の名は、ケルト神話に出る神、マナナン・マクリルより由来され。三本足がプロペラのように回っているような、ユニークなデザインの国旗は、マナナン・マクリルが三本足だったことに由来している。

 そのマン島は、世界最古の公道オートバイレース、マン島TTツーリストトロフィーが開催されている。一九〇七年より、第一次および第二次世界大戦による中断を挟みながらも、今も続く伝統的なオートバイレースだ。

 公道を閉鎖してのコースを、世界中より集ってきたレーサーたちが、コンマ一秒のために凌ぎを削る。

 そのマン島は、レースウィークとなると、観戦のため、ツーリングのため、はたまたパフォーマンスのため、ものすごい数のバイカーがつどってくる。

 その中に、タケシとヒデの姿もあった。

 初めての海外である。まず国際免許を取り、航空輸送で愛機を運び、英語に苦戦しながらひーこらひーこらと、どこをどうしてどうやってマン島にたどり着いたのか、もはやさっぱりわからない呈であった。が、しかし、目に優しいヨーロッパの街の中、どっと溢れかえるバイク、バイク、バイク!

 マン島に行くために、金もかかった。だから働いた。節約した。でも走ってたけど。だけど、その甲斐あった。近場の峠を走るために金を使うより、同じ走るならこうしてマン島にやって来た方が、どれだけ有意義なことか。

 リンとキミも、魂を奪われたようにマン島の首都ダグラスの風景に見惚れていた。リンはもともと四輪の走り屋で畑違いだったし、キミはバイク乗ってるツッパリねーちゃんで、レースや海外にはさほど関心はなかったので、バイク乗りとはいえジャンル違い。タケシとヒデが行くというので着いてきたのが、それだけに、

「こんな世界があったのか!」

 という驚きが胸の奥から口を経て外へと飛び出しそうな感慨を持った。

 さらに、レースの週の直前の日曜日に、山岳地点のマウンテンコースは制限速度無制限で走れるのだが、まさにタケシとヒデはその日曜日に山岳地帯のマウンテンコースに向かっていた。後ろからレンタカーがリンの運転でついてきて、助手席のキミはハラハラしっぱなし。なんというか、雰囲気に飲まれていた。

 さて、その日曜日は、その名もずばりマッド・サンデーという。

「じゃいっちょいくかー!」

 マッドサンデーにて気合十分のふたり。

 山岳地帯のマウンテンコースまでは、まあ普通に流れた。そして、景色が開けて、草原を縫うようにして走るワインディングロード!

 夢にまで見た、憧れの、目標のワインディングロードだ! 太陽の光をうけ、何もかもが黄金に輝いているようにさえ見えた。と同時に胸の中に広がる期待感。

 タケシとヒデは互いにガンを飛ばしあい、

「いくぜっ!」

 とふたりの間で交わる(ふたりだけに見える)火花で言葉を交わし、バトルモード突入!

 ……、しかし。

 そのワインディングロード、スピード無制限コースに入るやいなや、本場のヨーロピアンライダーたちが、ふたりをばしばし抜き去ってゆく。ハイチューンドマシンに、ツナギで完全武装した「騎士」たち。その走りの切れっぷり。中には激しいバトルを繰り広げながら、まるでレース中の周回遅れを抜いてゆくように、ふたりをぶっちぎってゆく者も。

「……!」

 言葉もない。ただ、圧倒されていた。

 日本の走り屋など、敵ではなかった。

 ふと道端のギャラリーを見れば、三十代から四十代とかなり年季の入ったライダーがたくさん見受けられた。そして、今走っている連中の中にも、同じようにかなり年季の入ったライダーがいることも想像に難くなかった。

 いい年をした大人が、バイクで全力でかっ飛んでいるのだ。若者が、ありあまるエネルギーのはけ口を求めてバイクを飛ばしているのとは、わけが違う。

 わかった上で走っているのか、どうか。そこまではわからない。しかし、ひとついえるのは、彼らの背中からえもいわれぬ覇気がほとばしっていたのはわかった。全盛期のゴネリュウでも、果たして互角に渡り合えるかどうか。

 彼らはまるで何かに取り憑かれたかのように、マウンテンコースのワインディングロードを激しく攻め立てていた。まるで、敵陣突破と風を切る「騎士」のように。

 その「騎士」たちに抜かれるたびに、なにか風とともに裂帛の気合までぶつけられていくようで、はっきりいってタケシやヒデなど話にならない。

(あらら、大鷲になっと思ったら、まだ雛だったのね)

 あれから二年以上経っているというのに。ふとふと、リンはそんなことを考えた。

 なにせ、目の前のタケシとヒデは、完全に圧倒されて、よたよたしている。マン島をいささかでも、どこか舐めていたようで。ル・マン二十四時間耐久レースに初めて参加したマツダ状態だ。

「あ、た、た、た!」

「う、わあ、くっ!」

 と全身にぶつかる風を受けるたびに、唸りっぱなしだ。

 コースもコースで、やはり公道なので普通の二車線路、おまけに日本と同じ慣れた左斜線なのだが、他のライダーたちは明らかに、公道離れしたハイペースで走っている。同じ場所にいながら、まるで異次元にあるようだ。

「すげえ、これが、これが、……マン島かっ!」

 タケシとヒデは吼えた。

 なにもかもが想像以上なために、ふたりの気持ちは、風船のようにふわっと浮いてしまいそうだ。今できることといえば、自分の意識が「飛ばないように」しっかりと踏ん張らせるのが精一杯。

 もう攻めるのはやめて、ツーリングにして。草原の美しい景色を眺めながら、ふたりはここマン島に来て、世界の広さと、己の小ささを思い知った。

 レンタカーから見る背中は、草原の景色の中に消え入りそうなほど萎縮していた。キミもさすがに減らず口を叩く気もない。彼女もまた、地元ヨーロピアンライダーの切れた走りと、マン島の雰囲気に、圧倒されていた。

 それもまた、マン島というものなのかもしれない。

 マン島には、ケルト神話の神がいまも宿っているように思えた。

 そのケルト神話の神は、マン島につどったライダーたちの中で生きているのようだった。

 それを象徴するように、蒼い空はどこまでも果てしなく広がって。地上からのマシンサウンドを受け止め、それに呼応するように、太陽は力の限りに光り、地上を照らしていた。

 果たして、タケシとヒデはケルト神話の神を、己の中において生かしきれるだろうか。

 ふたりは高く昇る太陽と、果てしのない蒼い空と、陽光に照らされて光り輝く草原の景色を見つめ。

 またマン島を訪れ、この日の雪辱とリベンジを果たすことを胸に秘めて、風と戯れていた。


かっ飛びバイク小説 RUN! 完


※おまけの続編短編 Mad sunday もお楽しみ下さい。


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