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episode7 飛鷲青年伝 その参

 ショッピングモールを出て、あてどもなく街を彷徨って、ふと目に入ったネットカフェ。

「むしゅーせー動画でも見ていくか」

 と吸い込まれるようにして入っていった。

 受付を済ませ、指定された席にいって、コーラを飲みながらパソコンを軌道させて、適当にネットサーフする。

 見るサイトはほとんどがエロ関係だった。

 が、何とも思わず、ブラウザを閉じた。

 背伸びをしてから、背もたれにもたれて腕をだらんと下げて、ぼーっと天井を見上げる。

 天井をスクリーンにするように、リンの姿が脳裏に映し出された。

「わたしにキスしてくれた君はどこ行っちゃったの!」

 きーん、と耳鳴りがした。

(オレは、何がしたいんだろう)

 ゴネリュウのクラッシュを目にして、それから恐怖とも不安とも焦燥ともつかぬ複雑な気持ちに襲われて、自分のしていることの意味が、いや、自分の生きることの意味がわからなくなって。

 走り屋なんて、所詮はオナニーさ。速いからってそれが何なんだ。ゴネリュウさんですら、あっけなくころでしまって。

「ああ、もう、わけわかんねーよ」

 混雑する頭を振り振り、再びブラウザを広げ、ネットサーフをして、動画系サイトに来て、いろいろ適当に動画をあさった。

 あさっていて、ふと、なんとなく「motorcycle」というキーワードで動画を検索してみた。

 そうすれば、出るわ出るわのモーターサイクルネタの動画。

 世界のバイク馬鹿たちの、狂騒曲。

 ウィリー、ジャックナイフ、バーンナウトといった曲乗りに、クラッシュ映像。さすがにクラッシュ映像は見ていて嫌な気分になったので、少し見てやめた。

 それから、タンクにカメラはっつけて峠をかっ飛ばすかっ飛び映像やツーリングの映像。

 それは、タケシには世界のオナニー大図鑑の様相を呈しているように見えた。

 カメラに映る、ギャラリー連中も楽しそうだ。

 楽しい? オナニーを見るのがか?

 普通、オナニーなんて見てて気持ちのいいもんじゃねーだろ。だけど、彼ら彼女らは楽しそうに、走り屋のオナニーを見ている。

 いや、何かにつけてオナニーと自嘲している自分が、気分悪かった。

「オレは、オレは、どうしちまったんだ」

 動画をあさる、というより、なんだか動画サイトの中に入り込んで彷徨っているようで。

 彷徨っているうちに、「ISLE of MAN」「MAD SUNDAY」といった動画にばったり出くわした。

「マン、あの、レースのマン島か」

 ヨーロッパのマン島という島では、道路を使う公道レースがある、ということは知っているが、日本ではあんまり有名じゃないのでタケシも詳しくは知らなかった。

 だが、そのマン島の動画には、世界、主にヨーロッパからたくさんのライダーがつめかけ、お祭り騒ぎが繰り広げられていた。

 日本人じゃない、外国人ライダーがひとつの島にたくさんあつまっているのを見るのは、とても新鮮な驚きだった。

 見慣れた日本製のバイクや、たまにドゥカティやBMWといったヨーロピアンバイクが、目に優しいのどかなヨーロッパの地方都市を背景にずらーっと並んでいる。まるでそこはバイクの街だ。

 ライダーズジャケットやレーシングスーツを着ている外国人ライダーたちの姿。そこには今の自分のような、しみったれたものなど微塵もなかった。

 ライダーたちの頭上に広がる青空のように、からっとしていた。いや、ヨーロッパは日本に比べて空気がからっとしている、と小耳に挟んだことがあるが、彼ら彼女らもヨーロッパの空気そのもののように、からっとしていた。

 ヘルメットを被った女の子が、どこの言葉かわからない言葉(多分スペイン語)を話しながら、カメラに笑いかけている。そのヘルメットは、なんと日本人GPライダーのレプリカヘルメットだ!

 驚くとともに親しみも湧く。日本人ライダーはほんとうに世界で戦っていたんだなあ、としみじみ思った。

 それよりもなによりも、マン島のマウンテンコースを、青空の下広がる草原を縫うように走るワインディングコースを駆け抜けるライダーの車載カメラ。

 景観の美しさもさることながら、それは道を走る、というものじゃなくて、まるで峠道をジャンプ台に、空に向かって飛んでゆこうとするかのように、疾走していた。

 そんな感覚は今まで黒沢峠を走っていただけでは考えたこともなかった。

 そしていざレース本番のものとなると、迫力が違った。

 狭い公道を、ハイパワーレーシングバイクが疾走してゆくのを見るのも新鮮な驚きだった。エスケープゾーンはない、壁や家屋に囲まれた公道を、レーサーたちは果敢にアクセルを開けて攻めて、疾走してゆく。それは峠の走り屋とはまるで異次元な走りだったことは、言うまでもない。

 動画を見るだけではマン島がなんなのか、MAD SUNDAYがなんなのかわからないが、バイクに乗る者なら、乗っていたものなら、このマン島の動画を見て何も思わないなんてうそだ。

(世界は、広い……)

 こんな世界があったのか、と自分の世界の狭さを痛感するとともに、新しい世界を発見した喜びも芽生えた。

 いつしかマウスにふれる手は止まり、動画の疾走をじっと見つめていた。

 見つめているうちに、熱いものがこみあげ、目に涙がにじんできた。耳にはマシンサウンドが響く。

「走りたい」

 ぽそっとつぶやいた。

 そのつぶやきは、心の奥底より浮かび上がって出てきたようだった。

 もう誤魔化しは効かない。

 今タケシの心は重りを解かれて、自由の翼を得て、今にも飛び立とうとしていた。


 次の日曜日、黒沢峠にはブルー・ホワイトカラーのYZF-R6が元気いっぱいかっ飛ばしていた。

 言うまでもなく、タケシだ。

 全身で風を打ち砕きながら、アクセルを開けて突っ走る。

 全神経が研ぎ澄まされてリンクし、まるで自分が風になったような爽快感。これこそバイクで走ると言うものだ。

 ひとっ走り終えて、駐車場でひと休み。思いっきり背伸びをする。爽快だった。

 しかし、辺りを見回すと、誰もいない。いつもならバイク乗りでにぎやかなのに。それは、ジロウ一派の連中のせいだとすぐにわかって、舌打ちする。メラメラと、怒りが湧く。

 あいつらを、どうにかしないと。

 今日はヤツらはまだきていないようで、それがいっそう峠を寂しくしていた。もっとも、その方が一般的な常識でいえば、いいのだろうが……。

 さてもうひとっ走り、と思っていると、ヒデのCBR600RRがやって来る。

(あっ!)

 ヒデはタケシを見止めるやすぐその方へゆき、アイドリング音を響かせながらメット越しに語りかける。

「おせえぞタケシ」

「わりぃわりぃ、ちょっと寄り道しててよ」

 こともなげに、にっと笑ってタケシはヒデに応える。最近まで堕落してたなど微塵も出さないし、ヒデも何も聞かない。タケシが走っている、それだけで十分だった。

 そこへ丁度良くマサアキのハチロクレビンとリンのアルファロメオスパイダーもやって来た。

 黒沢峠の様子見に来たようだ。

「アイツら(ジロウ一派)、七人寺にも来てるらしいぜ」

「なに?」

「あたり一帯の走り屋スポットを片っ端から占領するつもりらしいぜ」

「はん、馬鹿なことをしやがるぜ」

 ネットでマン島を知り、世界の広さを知ったタケシには、ジロウのやろうとしていることがあまりにもせせこましく感じられた。

 どうせなら、世界に出ようぜ、と。

 タケシとYZF-R6の姿を見止めたマサアキとリンは、やや興奮気味に下車し、タケシに、

「このやろおー、どこほっつき歩いてやがったんだ、ええ!」

「タケシ君、走り始めたんだね!」

 と詰め寄った。

 もうほんと、どのくらい心配したと思ってるんだ。といったことを次から次へとまくしたてる。リンはともかくマサアキまで。タケシは申し訳ないやら照れるやら、どうにか笑顔をつくって相槌を打って応えていた。

 なんだかむずがゆく、それがたまらず、

「まあともかく、走ろうぜ!」

 とYZF-R6にまたがった。ヒデはアクセルを吹かしCBR600RRに威嚇の叫びをあげさせれば、マサアキ、リンも続いてアクセルを吹かし、愛機を吼えさせる。

 それを合図にするように、タケシのYZF-R6は目覚めの雄叫びを上げ、コースに出てゆき、走り出そうとし。以下ヒデ、マサアキ、リンと続く。

 走り始めるとともに、ネットの動画で見たマン島のマウンテンコースが脳裏に浮かぶ。

「よっしゃー!」

 気合イッパツ、大声で叫んで、アクセルを開け、タケシは風になった。

 その背中から、何かオーラか何かががほとばしり出たようで、続く三人はそれに当てられたように、タケシの回復どころか変わりっぷりに驚き度肝を抜かれる思いだった。

 一体何がタケシを目覚めさせたのだろう。

 まるでコーナーの向こう側に、何かがあるような、その何かに惹き付けられているような、追いかけているような、それが何か見えているような。

(赤毛のアンは、生きていく道に曲がり角があることを知った、それでも曲がり角の向こうにお花畑を見た。今のタケシ君は、赤毛のアンと一緒……!)

 子供のころに読んだ「赤毛のアン」を思い出した、アンは何があっても希望を持ち続けた。リンはアンとタケシを重ね合わせながら、その背中を走りながら見つめていた。

 もっとも、前にハチロクレビンがいて邪魔だった、がしかし、

「リンにサービスしてやっか」

 とマサアキはハザードを灯し、リンに道を譲った。二人の仲を知らないマサアキではなかった。

 これで前はヒデのCBR600RR。バイクなのでタケシの背中を見るのにさほど支障はない。あとは、離されないように走らなければ。

 水を得た魚のように、すいすい走るタケシ。ほんとうに、走ることを楽しんでいた。

 眼前にコーナーが突き出され、それをクリアしてゆく中で、大空が広がっていることも見えた。タケシはまるで、その大空に飛び立とうとしているかのように、走っているようだ。そう思うと、タケシの背中に、リンは翼をも見た気がした。

 そういえば以前にタケシを鷲の雛に例えた事があったが……。

 その鷲の雛は成長し、巣立ちをして、大空に飛び立とうとしていた。

 リンは、鷲がどこまで飛んでゆくのか、ずっと見守っていたいと強く思わずにはいられなかった。


飛鷲青年伝 了

Last episode RUN! に続く


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