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霧の館6

--- 地下の一室 ---

薄暗く湿気のこもる室内は、糸に吊られた豆電球の力ない灯りに満たされていた。

ここは霧の館にある地下の一室。

外部からの光はなく、唯一の出入り口は外開きの扉があるのみだが。

扉の外には鉄製の閂が掛けられており、部屋を出る事は依然として叶わない。


「くそっ!」


目の前に置かれた座椅子を蹴飛ばし、ソファへと腰掛ける。

ソファの正面の壁に掛けられた時計を見ると、時刻は昼の12時を指していた。


「おなか、空いたな」


薄暗い天井を見上げながら、コガネハラは思いを馳せる。

あの環境から逃げ出せば自由に...。

この街へ辿り着ければ、満ち足りた生活が...。

そんな淡い思いを抱いていた自身には、深く失望する他ない。


(...あれ?)


気がつけば、大粒の涙が頰を伝わっていた。

それを止めようと必死に目を瞬くが、感情のダムが瓦解した後では堪えることはできず、そのまま咽び泣く様にして体を縮ませていた。


「うう...」


もうこのまま死んでしまおうか。

そんな投げやりな感情に侵されていると、突然地下室の扉が開け放たれた。


「待たせて悪かったね、コガネハラ君」


そこには、見覚えのあるニヒルな笑みを携えた、端正な顔つきの彼女が立っていた。


「キリ...さん?」


僕は、泣き腫らした顔のまま答える。

すると彼女は「どうやら、待たせすぎてしまったようだね」と、困ったような表情で微笑むのだった。


---


「取り敢えず、これでも食べて元気を出してくれよ」

そう口にしたキリの右手には、小ぶりのバケットが握られていた。


「これは?」

「パンだよ、毒なんかは入っていないから安心してくれ」


僕は、雑に手渡されたバケットの中から、パンを一つ取り出しかぶりつく。


「でも、どうしてここへ。まさか、これを渡す為だけに?」

「まあ、それもあるけれど、あくまでついでさ」


言うと、キリは部屋の中へと足を進める。

そうして、少しの間を置いた後に、扉の外からガチャリという音がする。


「今のは?」

「閂を下ろした音さ」


閂を。

と言うことは、またもやこの地下室は閉じられた空間になってしまったという事か。


「さて、コガネハラくん。君は、自分が今どんな状況なのか、分かっているかい?」


と、唐突に問いが始まる。


「え、と」


僕は、少し困惑気味に答える。


「今朝に、管理人のサジョウさんが殺されていて、それでその犯人として僕が捕えられて...」

(どうして僕がっ)


唇をぐっと押しつぶし、感情が溢れそうになるのを必死に堪える。


「まあ、そう慌てるなよ。容疑者ってだけで、何も犯人とまでは言われていないんだ」

(拘束こそされているけれど、断罪を突きつけるほどの確たる証拠はないという事か)


その言葉を聞いて、僕は少し安堵の息をつく。


「だけれどね。君が今サジョウ殺しの犯人として有力に見られているのもまた事実だ」


その理由は君にも分かるね?と口角を薄く上げながらこちらを見る。


「それは、さっき見せられた写真の男の顔を、僕が知らなかったから」


そうさ と軽快に頷く。


「あの写真に写っていたのは間違いなくサジョウだ。それはこの街に住む人間であれば分かる事だし、そうでない君にしても当てはまるだろう」


そう、僕はサジョウに会っている。(正確にはそれを名乗る人物にだが)

にも関わらず、彼らの言うサジョウの容姿に見覚えがないのだから、混乱を招いている訳で。


「ただしね。いくらなんでも、それを根拠に君を犯人だと考えるというのもまた、早合点をし過ぎじゃあないかとも思っていてね」

「え?」


予想外の言葉に、間の抜けた声をあげてしまう。


「それはつまり、キリさんは僕が犯人でないと そう考えてくれているんですか?」

「というよりも、君が怪しい事に変わりはないが、君が犯人である決定的な証拠がない、というのが正しいかな」


それは、そうだろう。

現に僕は犯人ではない。


(ん?)


とそこで、ふと疑問が湧き起こる。


「決定的な証拠がないなら、彼らはどういう根拠があって僕を疑ってるんですか?」


彼らは、あの場で僕を糾弾しこんな場所へ隔離した。

それはつまり、僕が犯人であるという共通認識を持っていたことになるのだが、その考えの根拠は一体どこからきているというのだろうか。


「...彼らが君を犯人だと考える根拠か。それに関しては少しややこしい事情があるんだけれど、やはり"君がサジョウに見覚えがなかったから"に他ならないよ」

(ぐっ!)


キリの答えを聞き、ぐっと頭に血が昇る。


「だから...それの何処が根拠になるんですか!」

「そんなもの、僕が会ったサジョウが偽物ってだけですぐに説明が付く筈だ!」


キリは頭をゆらゆらと揺らしながら答える。


「いや、それはない」

「どうしてっ...」

「君が、我々の知るサジョウに会っているという証拠がある」

「えっ...」


突然の事に呆気を取られ、思考が固まる。

そのうちに、キリはどこからともなく一枚の写真を取り出した。


「実を言うとね、これを君に見せる事がここに来た目的なんだよ」


目の前に、右手が差し出される。


「.....は?」


そこには、大広間にいた彼らがサジョウと呼んでいた男と、向かい合わせでいる僕の姿が映し出されていたのだった。


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