霧の館4
--- 客室 ---
2階に上がる階段を登り終え、廊下を進む。
先程外装を見た時には気付かなかったのだが、屋敷は円形になっている様で2階に伸びる廊下は湾曲を描いている。
そのまま一部屋・二部屋と通り過ぎ、三部屋目に差し掛かる所でタカハラは足を止めた。
「こちらが、コガネハラ様にご宿泊頂くお部屋になります」
言われて、目の前の扉の方を見やる。
扉の上方には "東館103号室" と書かれており、先程通り過ぎた部屋数から鑑みるに、ここは東館でその部屋番号が振られているのだと理解できた。
(館の作りがどうなっているのかは気になるけど、明日ゲンノに聞けばいいか)
そうして、タカハラに促されるまま部屋の中へと足を踏み入れ室内を見渡してみる。
奇妙な迷彩が施されている外装とは裏腹に、部屋の中はわりかし平凡なつくりになっていた。
四角い1ルームの形をしており、部屋の左奥隅にはベッドが、その向かいに作業用の机と小さな冷蔵庫が置かれている。
「お手洗いと洗面台は入って左手にございます。浴室に関しては先程の一階大浴場をご使用ください。扉には鍵が備え付けられておりますが、館にはマスターキーがございます。緊急の際は解錠させて頂く事がありますのでご了承ください」
部屋の説明を一通り終えた所で、タカハラは一息つく。
マスターキーの事なんてわざわざ言う必要があるのか?という疑問はあったが、"いつ扉が開けられるか分からないのだから不審な事はするなよ"という意味合いもあるのかな、と一人でに納得していた。
そうして部屋の入り口で立ち尽くしていると「お食事のご用意はどうなさいますか?」とタカハラが切り出す。
現在の時刻は午後6時を過ぎたあたり。
ここ数日まともな食事を食べていない事もあり極度の空腹を感じてはいたが、いかんせん疲労の色がそれを上回る。
とにかく早く眠ってしまいたいという思いに振り回される形で、タカハラの勧めを断り念願のベッドへとありつく事となった。
ふかふかのベッドを堪能するように、大の字になってみる。
そうして寝転ぶと白を基調とした波模様が施されている天井が目に入り、見ているとこの街に来てからのあれこれが頭の中に押し寄せてくる。
(サジョウはなぜ僕を......)
(この霧の館もそうだが、何よりあの不思議な館は......)
(トウノ キリ 彼女は何故......)
次第に暗転していく視界の中で、幾つもの思考が渦を巻きながら混ざり合う。
心地よい眠気と正体の分からぬ不安が押し寄せ、遂には意識が暗闇へと沈んでいった。
--- 2日目の朝 ---
バチンっ!
2日目の朝、左頬に走るヒリヒリとした感触と、突如として発生した雷鳴の様な衝撃で僕は目を覚ます。
完全な意識の外からの衝撃に構える事など出来る筈もなく、半ば飛び起きるような形で体を起こすことになった。
「おはよう、コガネハラ君」
寝ぼけ眼を擦りながら声の方を見ると、そこには昨夕の砕けた様子とは打って変わって、いやに真剣な顔をしたキリの姿があった。
「お、おはようございます」
と、一応の挨拶を返してみる。
先程の衝撃は何事かと思案したが、他に人がいない事から、彼女の殴打による物だと直ぐに思い至る。
(それにしたって、もう少しマシな起こし方は無かったのだろうか)
「乱暴な起こし方ですまない、緊急事態だったものでね」
緊急事態....?
起き抜けで頭が回転しない事もあり、思わず呆けてしまう。
「とにかく、今すぐ私と大広間に来てもらう。話はそれからだ」
言うとキリは寝姿の僕を抱えて腹を起点に二つ折りの形で肩に乗せ、部屋の扉を蹴り上げて廊下へと駆け出した。
人一人を担いでいるというのに苦にする風もなく、猛スピードで駆けてゆく。
顔を前方にした状態で担がれていた為、さながら暴走した列車に乗っている気分になっていたが、キリの腕でがっしりとホールドされていることもあり思いのほか恐怖を感じることはなかった。
そうして先日案内された玄関ホールを抜け、1階に位置する大広間の扉の前へと辿り着く。
扉は両開きとなっており、中央には梟をモチーフとした取っ手が飾り付けられていた。
僕を担ぎながら大広間の前で立ち尽くすキリ。
「よし」と小さく意気込むと、正面に向かって足を突き出した。
(この人は扉を蹴って開けるのが主義なのか)
猛々しい音と共に扉は開かれ、僕はキリに担がれた状態のまま大広間へと運び込まれた。
修正:
バスルーム → 大浴場