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霧の館2

館に備え付けられていた浴槽は、結果から言うと想像以上の物だった。

肩までつかった体は芯まで熱が染み渡り、自然と体はくず折れ掛かっていた。


「どうだいここの風呂は、私の言った通り格別だろう?」


「はい.....」と消え入りそうな声で返事を返す。

長旅の疲れもあり、水の中へ意識が溶けていきそうな感覚と格闘を続けていた所で。


「じゃあ早速だが、君の話を聞かせてくれないかい?君は何者で、どうしてここにやってきたのか」


彼女の方から会話の口火が切られ、僕は慌てて沈みかけていた意識を引き上げた。

(あぶない、危うく沈んでいきそうな勢いだった)


「名前はコガネハラ ユキトといいます。こう見えて商人をやっていまして ___ 」


僕はこれまでの経緯を話した。

幸福の街の噂を聞き、嵐の中を進んできた事。

関所での検問を終えて、この館へと招待され..........。

一通り語り終えたのち、彼女は「なるほどね」と小さく呟く。


「しかしまあ、君も中々に破天荒な人間だね。こんな嵐の中を目的もはっきりと見えないまま進み続けるなんて、傍から見れば......いや傍から見なくとも、喜び勇んで自ら死にに行くようなものだと思わないかい?」


それは...........。


「まぁ、何か訳ありって事は見てとれるけれど」


彼女は口の端を二ヤリと吊り上げた。


「取り敢えず君、商人てのは嘘だろう?」


............。

僕は、顔を俯きがちにして、押し黙る。

水面に揺れる自身の顔を見つめ、その顔が酷く歪んでいる事に気が付く。


「大方、奴隷商って所かな。商人の雑用係りでもやっていた所を逃げ出しでもしたのか、でなければ嵐の中を行くいというのに、あんな格好はしないだろうからね。

全くサジョウは何を考えているのやら、恐らく関所では商人ライセンスの確認もしただろうけれど、それが盗品だってのは彼も気づいてたはずなのにねぇ」


彼女から詰められる言葉を前に、弁明する余裕もなく固まってしまう。

しかしこの人とは会ってまだ数分のはずで、もしかすると事前にサジョウから話を聞いていたのか。


「いやいや、サジョウからは何も聞いていないさ」 

「...........事前に、聞いていないというなら、どうして」

「まず服装の事だけれど、さっき君は脱衣所でぼろきれの様な服を着ていただろう、あの装いで商人だなんて言っても流石に説得力に欠けるよ」


脱衣所。

いや、その理屈は無理があるだろう。

今僕と彼女のいる浴槽からはかろうじて脱衣所の存在自体は確認ができるが、それは何かがあるとわかる程度のものだ。

仮に僕の姿を捉える事が出来たとしてそれはシルエットのレベルだろうし、今思い返せば湯気の向こうから声をかけた際に彼女は ”見かけない顔だね” と言っていたけれど、それだっておかしな話で...........。


「ふむ、確かに君の疑問はその通りだが、それに対する答えというのは実に単純なものだよ」


彼女は脱衣所の隣に目をやる。

なにやら黒い縦長の影が見えるが、あれは?


「あそこにはサウナ部屋が設置されていてね、君が今見ているのはそのドアだよ。サウナ室には小さな小窓がついているから、そこから脱衣所が見えるってわけさ」


なるほど、確かに脱衣所の壁の上方に小窓がついていた気がする。

あれが、サウナ室の中と繋がる窓だったのか。


「私は先程までサウナ室へいたんだけれど、脱衣所に見慣れぬ小汚い男が入ってくるのが見えたものでね」

「何やら面白そうな奴が来たと思って、ちょっかいを出すために浴槽へ出てきたわけだが、まさかこんな年端もいかない少年だったとは」


見てくれに騙されだよ、と彼女はからかう用に笑った。


「あぁ、それとライセンスの件に関してだけれど、

これは割りかし当てずっぽうな所があってね」


言うと彼女は僕の方を見ながら


「君、腰の辺りに奴隷の刻印があるだろう?」


「あっ」と僕は、甲高い声を上げた。


「まさか、自分でも忘れてたのかい?それがある事すら忘れるなんて、随分と長い事やって来たんだね」


彼女は少し哀れみの表情を浮かべた後、またぞろ糾弾へと筋を戻す。


「まぁ、それがあるって事は奴隷もしくは元奴隷な訳だけれど、あの服装を見るに元ってのは無いと思ったのさ。なにせ元奴隷ってのは異常なまでに神経質でね、見た目を取り繕う事に関しては必死な物なんだ。そうした理由から君が現役の奴隷だと仮定してみると、奴隷が商人のライセンスを盗んで嵐の中へと身を隠し、命からがらこの街へと辿り着いたというストーリーが出来上がる訳さ」



彼女はひとしきり自身の熱弁を終えた後、「で、実際の所はどうなんだい?」とまるで答え合わせを期待する様に、僕へと視線を投げる。


「....大体合ってますよ」と僕は、半ば諦めの着いた犯人の様な口振りで(であれば彼女はさながら探偵か)、彼女へと答えを投げ返す。そして当の彼女はというと、自身の推察がそれなりに当たっていた事もあってか、少し満足気な表情をしていた。


「それで、貴方は一体」

「こんな怪しげな奴に聞かれて気が引けるとは思いますが、せめて名前だけでも教えてくれませんか」


言うと彼女は、また先程のようにニヒルな笑いを作りながら


「いやぁ、私は存外に君を気に入ってるもんで、名前だけとは言わないさ」

「私は トウノ キリ と言ってね。この館の設計を任された、凄腕の建築家だよ」


この館を設計した建築家だって?

それに、トウノっていうと


「そう、君も先程会ったトウノ アカネの実の姉さ」


確かに、髪型と靄のせいで分からなかったが、言われてみるとトウノの面影が感じられる。


「安心しなよ少年、今の事実を知ったからといって、アカネの奴に放り出したりはしないさ」


彼女は、終始絶望の表情を続ける僕の心中を察してか、そう口にするのだった。

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