婚約破棄された転生聖女ですが、このたび騎士様と幸せになることにしました
豪勢な伝統あるパーティーで、シンシアこと私は立ち尽くしていた。
婚約者である第三王子のエリオはつまらなさそうに、爪を弄りながら告げていた。
「シンシア、君との婚約は破棄させてもらう」
「エリオ様、この縁談は国王陛下の勅令で決まったことでございます。それを白紙にし、覆そうとするのは────」
「陛下には私が上手に言うさ。真実の愛を語れば、きっと納得してくれる。な、フェリア」
エリオ様が隣にいる女性を引き寄せた。
「男爵令嬢のフェリアだ」
フェリアは赤を基調としたドレスに、貴族ならば誰もが知っている王室御用達の店が扱うネックレスを身に着けている。
「私がプレゼントしたネックレスは、フェリアの方が似合うな」
私にエリオ様が何かをプレゼントしてくれた事は一度もない。
記念日や相手の誕生日にプレゼントとのやりとり、などといったこともなく。私が、エリオ様の誕生日に用意したものはマフラーで、それを『こんな布切れ、要らん』とゴミ箱に捨てられていた。
エリオ様から愛されていないということは、分かっていた。なぜなら、私に隠れて夜な夜などこかへ行っていることは、噂でよく耳にしていたから。
そのどこかへ行っていた先は、おそらく男爵令嬢フェリアのところだろう。
私があなたの代わりに公務に明け暮れる中、ご自分は楽しく遊んでいたという訳だ。
「エリオ様、何か私が失礼なことをしましたでしょうか」
「言わないと分からんか……。お前は私の大事なフェリアに嫌がらせをしていたというではないか」
なんの話でしょう……少なくとも、私は公務に追われていて、誰かに嫌がらせする暇なんてなかった。
「これが証拠だ」
一枚の絵を見せられる。
それは中途半端な人の絵で、それを上から黒く塗りつぶされている。
「フェリアが必死に描いていた絵を、お前は黒く塗りつぶし、馬鹿にしたと聞いた!」
「そんなことしておりません!」
「フェリアがしたと言ったのだぞ!? どちらを信じるかなど、分かりきっているだろう!」
……そうか。私が必死に仕事をしている間に、私を嵌める偽造をしていたんだ。
どうして、そんなことができるのだろうか。
「お前はやはり、地味で、笑わず、色気もない。あげくの果てに私の仕事に口を出す。最低な女だったからな」
「……っ!」
私はドレスの裾を強く握った。
地味であったのは、エリオ様が『私より目立つな。もっと地味な色、そうだな青色を着ろ』と言ったから。
笑わなかったのは、『お前の笑顔は不愉快そのものだな、私の前では笑うな』と言われたからから。
色気がないに関しては、清楚な恰好をしていなければ、エリオ様から『気持ち悪い』と言われてしまうから。
これまで、私はエリオ様の代わりに膨大な書類や、直接現場に赴いていた。
国を左右するほどの重要な仕事を、確認するのはエリオ様がやらないと大変なことになってしまう。もしも大きなミスが起きたら、すべて私のせいにされてしまうのに……どうすれば良かったのだろうか。
「私の後ろを歩けない女に、価値があると思うなよ。分かったのなら、さっさとこの契約書にサインしろ!」
ペチッと、紙が顔に当たる。
婚約の契約書を投げつけてきた。
他の令嬢たちが居る中でのこの発言にこの行動。アホだアホだとは思っていたが、ここまでアホだとは思ってもいなかった。
この国では、聖女は王族と婚約しなければならない決まりがある。
私のように身寄りがなく、聖女としての力しかない人間は生きるのに必死だった。
それもエリオ様に馬鹿にされてきた。『平民の成り上がり聖女が調子に乗るな』と言われてきた。
それ以外にも、『お前のエスコートなんかしたくないな』とか、『私の手に触れるな、汚らしい庶民が移る』とばい菌のような扱いを受けてきたんだ。
それも耐えて耐えて、耐え忍んできた。
「エリオ様。本当に、宜しいのですか?」
「シンシア。ただの聖女の代わりなんて、いくらでもいるのさ」
大賢者と、大聖女が国を救った素晴らしい日として祝うために開かれているパーティー会場で、堂々とエリオは『婚約破棄だ』と言ってみせた。
もう我慢の限界だ。
喜んで婚約破棄にサインしてやる。
静かに筆を動かし、その場でサインする。
そうして最低限の礼儀や筋を通すため、私はゆっくりと頭を下げた。
「今まで、お世話になりました。エリオ様」
お世話になったのは事実だ。いくらゆっくり眠れるほど時間がなかったとはいえ、この城で不自由なく暮らしていたのだから。
「ハハハ! 無様だな!」
最後まで変わらず、安心した。
私は結っていた髪を解き、踵を返す。
髪が大きく揺れた。
「では、失礼します」
カツン、カツンと会場に足音が静かに響いた。
*
会場では強がっていたものの、心は重い感情が支配していた。もしも、あそこで私が取り乱したり、泣いたりしていれば、きっとエリオ様に笑われて余計に馬鹿にされるだけだ。
だから、我慢した。
私は強い子……私は強い子……!
そう言い聞かせ、パーティー会場を後にした私は、城の執務室へ出向いていた。
もうちょっとだけ頑張ろう……せめて、最後にちゃんと挨拶をしたい人たちがいる。
大量の資料や種類が重ねられた執務室には、目の下にクマを作っている役人が何人もいる。
私が部屋へ入ると、数人がすぐに寄って来る。
「シンシア聖女様、早いお戻りですね。助かりました、さっそく見て欲しいのですが、王都付近で魔物が増えて……」
「聖女様、隣国から来るの来賓へ掛けられる予算が……」
「今年の飢餓があった領地への聖女訪問の時期についてなんですが」
「第三王子エリオ様に国境領周辺の支援について確認を……」
ぶわっとたくさんの情報が耳に入る。
あぁ……私はこんな多くの仕事を毎日、第三王子の代わりにやっていたのか。
先ほどエリオ様に言われた言葉を思い出す。
『私の後ろを歩けない女に、価値があると思うなよ』
昨日には片付いていたはずの憎っき書類が、新しく目の前に山積みにされ、本来は王族であるエリオ様の仕事を全て肩代わりしている。
私の価値って、なんなんだろう……。
先ほどの仕打ちを思い出し、気がつけば目尻に涙が溜まっていた。
正直、同じように仕事をしてきた仲間たちにこう伝えるのはかなり来るものがあるけど……。
我慢していたはずの目尻から、ポロポロと涙が流れ落ちる。
「すみません……さきほどエリオ様から婚約破棄を言い渡されました。なので、私はこの仕事場から出て行きます」
「なっ────!?」
「え!?」
「嘘ですよね……!?」
ここにいる皆様は、貴族の出身だ。
私のような平民の出身でも、仕事仲間は平等に扱ってくれた。
「ここにいる皆さまには、感謝してもしきれません。本当に、ありがとうございました。一緒に仕事ができて嬉しかったです」
最後の仕事と、最後の挨拶。
私は、私なりの礼儀を通したかった。
「そんな……とんでもないことです!」
「我々こそ、聖女様と仕事ができて光栄でした!」
「エリオ様が……なんてことを……」
各々思う所があるようだが、私はもう馬車の用意をしてあった。この場所から、早く逃げ出したいのを我慢して、最後の別れを告げに来たんだ。
「先ほどのお仕事は、私がきちんと出向いて終わらせておきます。どうか、お元気で」
それだけ告げて、私は執務室を後にした。
シンシアが去った執務室では、誰もが頭を抱えていた。
「……どうする? シンシア様が居なくなったら、俺たち仕事できる自信ないぞ……」
「エリオ様、なんて暴挙に……シンシア様を泣かせるなんて酷すぎる……!」
「平民とか関係なく、俺たちはシンシア様が居たからなんとか出来てたのに……」
「俺たちもシンシア様に頼りすぎていたのかもしれないなぁ……」
「それはそうかもしれないけど……お前だって、今日で三徹だろ……?」
「私たち……もう辞めるしかなくない?」
彼らは積み重なった膨大な資料を見て、決意する。
*
平民であった私は、聖女の力が判明し、あれよあれよと徐々にエリオの婚約者にさせられた。
聖女の主な仕事は、人の傷を癒すこと。
私は人を救うことが好きだったし、怪我が治って喜ぶみんなの笑顔が嬉しかった。
だから、喜んで聖女になった。仕事好きだったし。
聖女になって治癒をしていくうちに、治癒の力は徐々に強くなり、そのたびに何かを忘れているような違和感があった。そしてある日、私の前世が、百年前の大聖女であったことを思い出した。
しかし、その時には既に時遅し。
『私は大聖女の生まれ変わりです』などと、第三王子のエリオ様に言っても、馬鹿にされるか狂ったかと言われるだけだ。
エリオ様によって手は回され、私を婚約破棄するための悪評で、信用されるはずがない。
偉いさん方は、私たちのような下々の人間の話なんてまともに聞きはしない。軽視して、侮辱して……第三王子のような人が産まれる。
確か、こう言われたことがある。
『私の代わりに死ぬほど仕事ができて、幸せだろ?』
その他にも、私のことを『奴隷のような聖女だぞ』と陰で馬鹿にしていたり、蔑むような言葉ばかりを吐いていた。
それを我慢し続けたのは、ひとえに私が聖女という役目だったから。
その役目からも必要とされなくなったのなら、自由になっても良いと思った。
あとは私が置いてきた爆弾で、王国側も躍起になって聖女である私を探し出そうとするだろう。見つかったら連れ戻される……さっさとここから離れよう。
馬車の中でため息を漏らす。
「はぁ……」
「深いため息だね」
「……なんであなたまで乗っているのでしょうか?」
「乗っちゃダメ?」
「はい」
「ハハハ……手厳しいね」
容姿端麗で、金髪を揺らす男性が目の前にいた。白と青を基調した正装は、伯爵ヴァーミリオン家の証だ。
彼は、テイル・ヴァーミリオン。
第三王子を守る騎士である。
その彼がなぜか、なぜか! 同じ馬車に乗り、同じ目的地へ向かっている。
馬車のお金は払ってしまったし、ここで降りて歩いていったら、誰かに聖女であるとバレるかもしれない。
テイルは、第三王子と私が婚約した頃からいる。
ちょくちょく顔を合わせていたし、話したこともある。
騎士から成り上がった伯爵家であり、清廉潔白で忠義に厚い家としても有名だ。
だから、第三王子に仕えている。
もしかして、私の監視……?
訝しげに、テイルを睨んでいると唐突に口を開いた。
「クビになったんだ」
「え? 何をですか……?」
「第三王子の騎士」
「え!? どうしてですか!?」
「エリオ様と色々あってね。意見の相違って奴さ。たぶん、ヴァーミリオン家に帰っても大激怒されちゃうから、逃げてきちゃった!」
でも、クビになった割には随分と清々しい表情をしているような……。
「そしたら、同じようにコソコソしてる人がいたからね。付いてこうかなって」
「うっ……」
テイルは出会った頃からそうだが、軽薄そうな口調で喋るし、全体的に何か誤魔化すような雰囲気がある。
でも、私の前以外だと真面目、みたいな話も聞くし……正直よく分からない人だ。
すると、突如怒声が響いた。
「そこの馬車、止まれ────ッ!!」
「「!?」」
その声に驚いて、馬車の窓から後ろを見る。
テイルが苦笑いを浮かべた。
「ありゃ、エリオ様直属の騎兵じゃん。シンシア、君なんかした?」
「……っ」
ゆっくりと私は視線を逸らす。
「その顔、絶対なんかしたでしょ……」
さっそく私が仕掛けた爆弾が起動したらしい。
「ねぇ、シンシアは捕まりたくない?」
「…………はい」
ここで捕まったら、私は確実に城へ連れ戻されるだろう。逆に、ここで逃げきってしまえば王国内にいても捕まる心配はまずない。
テイルが、「分かった」と言いつつ、懐から金貨の入った麻袋を取り出した。
そして、それを前にいる馬を走らせる御者へ投げた。
「御者さん、止まっちゃダメだよ。止まらずに走ったら、これの倍あげる」
「ば、倍!? わ、分かりましたが……」
「迷惑はかけないさ。捕まったら、脅されたって言えばいい」
ひょいっと窓からテイルは飛び出し、馬車の天井に乗る。
風に揺られ、テイルの金髪が靡いていた。
「テイル!? 何をするのですか!?」
「彼らは僕が止める。その隙に行きなよ~」
「なっ……あなたを犠牲にするようなことをしたくありません! それに、人を殺すことになるくらいなら……」
「犠牲も、人も殺さないよ。これは君が自由になるための戦いだよ」
……テイルがどうしてそこまでしてくれるのか、私には分からなかった。
だって彼は第三王子付きの騎士だったんだ。
分からないけど、私を助けようとしてくれる。
私は紙を握りしめ、手を突き上げた。
「……これを」
「ん? 何この紙きれ」
「私が行く予定の街です。お礼はしっかりさせてください」
そうしなければ、きっと私の気が済まない。
テイルはそれを受け取り、微笑んだ。
「ありがとう。後から行くよ」
それからのテイルは、剣の柄に手を伸ばし、構えた。
そうして馬車の天井を大きく蹴り、エリオ様直属の騎兵へ飛び掛かる。
あれは、負け戦に挑む人の顔ではない。
確実に勝てるという自信と、無謀な突っ込み方。
あの感じ、なんか知ってる。
私はこのタイプの人間を知っている。文字通り太古の昔に私と肩を並べて、この王国を救った人間。
大賢者によく似ている────。
まぁ、私のように転生した可能性はあるかもしれないけど、大賢者は自分大好きな性格だ。『僕、人気になりたいんだよね!』とか『みんなから持て囃されたい!』とか言ってたっけ。
特に、第三王子に従えるような人間でもなかった。
よくケンカもしたっけ……。
彼と最後に話したのも百年前だ。
もう二度と、大賢者と会うことはないだろう。
でもなぜ、彼の事を見てそれを思い出したのか分からなかった。
*
それから、テイル・ヴァーミリオンは宣言通り後から私のいる街へ来た。
そして傍にずっといた。
なんとなく共に移動しながら、最後の仕事を処理していく私にテイルは付き合ってくれた。
「野盗が出たら、僕が守るよ」
いや、野盗なんか出る訳ないでしょ……と思っていたが、本当に野盗がでた。その時のテイルは相手が可哀想になるほど容赦なく叩きのめし、特に『その女(おそらく私のこと)を置いていけ! ヒャッハー!』と言っていた盗賊をボコボコにしていた。
私の旅路で、何かあるたびにテイルは『野営? じゃあ、僕がずっと見張っておくよ』や『護衛なら任せといて。僕、この王国で一番強いよ』。それに何気なく言ったことも叶えてくれた。
そのたびに、私はテイルに「ありがとう」と感謝を伝えていた。そのたびに照れられて、私まで恥ずかしくなる。
でも、私にここまでするのはやっぱり変だ……。
…………何か理由があるのか、聞いてみるべきなのだろうか。
*
第三王子、エリオは戸惑っていた。
そうして怒声が執務室に響いた。何十人もいた仕事部屋に残っているのは、エリオたった一人。
「なんだ、この書類の数は……! 私一人で処理できるはずがないだろう!!」
「ですが、エリオ様が確認して頂かないと困るものばかりで……」
「だからと言って、この量は人が可能な量ではない!!」
エリオは思わない。
これをシンシアは一人で処理していたのだと。
王都付近で増えている魔物の処理。辺境領地の飢餓に対する処理。
「エリオ様、この前、隣国からやってこられた来賓の方々なのですが……とてもお怒りだったようで……」
「知っている! 相手のマナー違反をフェリアが指摘し、最悪の空気のまま、彼らが苦手な食事を出してしまった……!」
シンシアがいれば、そのようなことにはならなかった。
シンシアは事前に彼らの好みや、失礼がないように隣国の文化を尊重する。
「エリオ様……」
違う従者がやってくる。
「今度はなんだ!!」
「国王陛下がお怒りの様子で、エリオ様を呼んでおられます……」
「な、なに……? シンシアが残していった爆弾は誤魔化せただろう……!?」
「それが、またお疑いのようでして……さらに、来賓での失敗やフェリア様がまた失礼を働いたようでして……」
「こ、国王陛下にか!?」
エリオの周りではどんどん不祥事が湧き、もはや手に負えない状態になっていた。
シンシアの周りに元々居た人間は、仕事を辞め、こちらへ戻って来る気などない。
エリオはそのことに、さらに腹を立てていた。
「どいつもこいつ……!!」
そこでエリオが閃く。
「シンシアだ……シンシアをさっさと見つけろ! そして私の前に連れてきて、すべてあいつのせいにする!」
*
聖女として最後の仕事を終えて、怪我人をすべて治癒し、草原で休んでいる時、私は意を決して、私は気になったことをテイルに問いかけてみた。
「あの、テイル。どうして私にそこまでしてくれるのですか? 何か、こう……望みがあるとか」
「君は純粋に人の好意が受け取れないのかい……?」
「人の……好意……?」
「もしかして、僕が君に尽くすのは何か目的があると思われてる!?」
「はい」
「君は相変わらず……!!」
あっこのテイルの表情は、私に呆れてる感じだ。
えっ……じゃあ、純粋に尽くしてくれていたのか。
それは申し訳ないことを言った。
そうして少し悩む。そうして答えが出た。
「まぁ、でも。うん、そうですね。テイルも楽しいと思ってくれてるなら、私も嬉しいのですが」
気が付けば、もう一か月も一緒に旅をしている。
テイルが、少し笑った。恥ずかしいから、視線を逸らしたのが良くなかったらしい。照れているとバレてしまった。
「最後の仕事がこれで終わりなんだろ? この後、シンシアはどうするんだい?」
「あっ……特に考えていませんでした」
ほら、今まで倒れそうにほど仕事をしてきたのに、いきなり何もしなくていいよと言われると落ち着かないでしょ。
最低でも毎日八時間は仕事をしなければ、落ち着かない体になってしまった。
そうテイルに伝えていくと、「君の体はブラックな職場そのものみたいだな……」と言われてしまった。
酷い言い草だ。
「じゃあ、シンシア。君がしたいことを教えて欲しいな」
私は悩んでから答える。
すると風が吹き、草原が揺れた。
「ふむ……人探し、でしょうか」
あの、テイルさん。
なにそれって顔するのやめてくれませんか。
「はぁ……それよりも、寒くない?」
「あぁ、そうですね……確かに少し寒いですね」
「これ使いなよ」
テイルから渡されたマフラーを、手に取る。
「ありがとうござ……あれ、このマフラー」
確か私が去年、エリオ様の誕生日プレゼントに渡した手編みのマフラーだ。渡したその瞬間に、『良く燃えそうだな』と鼻で笑われたことを覚えている。
かなりショックを受けたし、何より作った本人が私なのだから、よく覚えている。
どうしてテイルが持っているの?
「これ、私が作ったマフラー……」
「あっ! ごめん渡すの間違えた!」
「どうしてあなたが、持っているんですか……?」
テイルは言い訳を探していたようだが、次第に諦めて恥ずかしそうに教えてくれた。
「第三王子が、要らないから捨てるって言って捨てただろ。僕はあれが許せなくてさ……捨てられるくらいなら、僕が貰っても誰も怒らないかなって……シンシアには黙ってようと思っていたんだ。逃げ出すように出てきたから、持ち物も限られてて……」
数少ない持ち物で、私のマフラーを大事に持っていてくれたの……?
「ご、ごめん……やっぱ嫌だったよね、すぐに────「ありがとうございます、テイル」」
虚を突かれたような面持ちで、テイルがこちらに振り向く。
エリオ様に作った物を捨てられて、それからずっと『私が作った物には価値がない』、そうずっと思っていた。だけど、テイルは大事に持っていてくれた。
これほど嬉しいことが、これから先もあるだろうか。
あったら、きっと、それは凄く幸せな事なんだと思う。
それから、テイルが意を決したように口を開く。
「シンシア、僕は君に言わなくちゃいけないことが────」
「見つけたぞ! シンシア!!」
突如響いた声に、私たちは視線を向ける。
そこには一番会いたくない人がいた。
「エリオ様……!」
「こんなところに居たのか! 散々探したぞ!!」
エリオ様は後ろに従者を引き連れ、私に近寄って腕を引っ張った。
「ッ!!」
「私に婚約破棄された日、国王陛下に密書を送ったな! 私の第三王子としての地位を脅かして、タダで済むと思うなよ!」
「……あれは無事、あなたに握り潰されることなく届いたのですね。これまでも何度も送っては、エリオ様が握り潰していましたものね」
「あぁ! それだけではない! お前のせいで隣国から来た来賓の対応もできなかった! フェリアの教育が全くできていないと知っていたな! さらには国民が暴動を起こし、王都は大混乱だ! しかも! 私の誕生日パーティーもなくなってしまったのだぞ!? どう責任を取るつもりだ!」
エリオ様の不正は、簡単にいえば国民の支援についてだ。
エリオ様の仕事では、飢餓や災害が起こった各領地への配給量や復興を決め、それぞれに支援をする役目がある。
必要であれば、王国が管理している技術なども提供し、その領地の復興を支援する役目があった。
だが、エリオ様がやっていたのは金と物資を届けていただけ。それで一部は救われていたが、長い目で見ると誰も救われなかった。
食料不足に対して、食料を支援するのはもちろんだが、次の年も同じように支援して救っていくのか? 毎年王都がそれを負担するのだろうか? それは不可能だし、いつか崩壊してしまう。
私は直接その場へ出向き、飢餓の原因を突き止め、来年も作物の収穫量を増やし、違う食料を作る方法などを広めていた。
金や物資を送って放置するのではなく、きちんと各領地と向き合い、技術や寄り添った支援をするべきではないか、とエリオ様に訴えていたが……『私に指図するな!』と言われて一蹴されてきた。
だが、それだけならまだいい。一番許せなかったのは、エリオ様は急に物資を送るのをやめ、資金を要求し始めたことだ。
『毎年支援はできない。今回は諦めろ』
『そんな! 王都からの配給が止まってしまったら、我が領民は飢え死にしてしまいます』
『ふむ。実はこれから配給される食料が私の元にあるのだが……早い者勝ちでな。あとは分かるな?』
各領主に高額に取引を持ちかけていたのだ。
そんなやり方を見過ごせず、私は自ら技術を提供して、できる限り最新のものを伝えていた。
それが、エリオ様にとって目障りだったのは言うまでもない。
でも、そんなの許せるはずが無い!
だから、これまで国王陛下へ伝わることなく握り潰されていた罪の全てを洗いざらい、私はこっそりと密書にして送った。エリオ様は、私が婚約破棄をされて傷ついていると、完全に油断していたのだろう。
「国王陛下の前や、民たちの前ですべて嘘だったと言え!」
「何を嘘であるというのですか」
「私が君を婚約破棄したこと! 国政を悪用し、私腹を肥やしていたことだ!」
「事実ではありませんか?」
静かにそう言葉を返す。
私はもう、エリオ様とは関係のない人間だ。
これまで散々尽くしてきた。それを無下にしてきたのはエリオ様だ。
私がここで手を差し伸べる理由はない。
エリオの顔色が段々赤くなっていく。
「このっ……! 私が下手に出ていれば、無礼だぞ! 命令を聞くのがお前の役目だろう!」
「もう婚約者ではありませんので」
どこが下手なんですか。思いっきり上から目線じゃないですか。
「ハハハ! 良いだろう! なら、腕の一本や二本、覚悟しろ! それで連れて行くとしよう。お前は聖女だ。自分の体くらい治せるだろう?」
「ッ────!!」
私に身を守る手段はない。乱暴でもされれば、勝ち目はなかった。
エリオ様が剣の柄に手を掛けた。
だが、エリオ様が剣を抜くことはなかった。
「ぐぅ……!? 貴様! なんのつもりだ……!」
「その剣を抜けば、僕は容赦しない」
「テイル……!!」
エリオ様の頸に、テイルは刃を向けていた。
「貴様が今している行為は、反逆罪だ! 王国最強の騎士団が、貴様を殺しに来るぞ!」
「良いよ、反逆罪でも。最強の騎士団でもなんでも相手してあげる」
「何……?」
鋭い視線のまま、テイルははっきりと聞こえるように告げた。
「僕の名前は、大賢者テイル・ヴァーミリオン。百年前に、君たちが崇拝するこの国を救った一人だ」
「なっ────!!」
「えっ……」
近くにいた従者たちですら、声にならない驚きを上げる。
「その命、惜しくなければかかってこい」
それだけ告げると、テイルは剣を鞘に収める。
そうして、私を抱き寄せた。
「シンシアは、僕の大切な人だ! それをもう一度傷つけようものなら、国だろうと世界だろうと相手にしてやる!!」
私は目を見開いて驚く。心臓の鼓動が一気に早くなっていくのが分かった。
テイルからしっかりと握りしめられた手は、とても暖かかった。
「……っ! このことは、国王陛下に伝えるぞ……よいな、シンシア!」
「お好きになさってください。まだ国王陛下に頼れると思っているようでしたら」
やはり、エリオ様は救いようがない。
逃げ出すように走り去っていくエリオを先頭に、従者たちもその場からいなくなった。
「……」
妙な沈黙が私たちを包む。
「テイル」
「な、なに!?」
「ありがとうございます」
「う、うん……」
「でもどうして、大賢者であったことを黙ってたんですか」
「むっ!?」
私も、自分が大聖女であることは隠しているから、人の事はあまり言えない。
でも、テイルは自分大好き人間だったはず。
大賢者の生まれ変わりなら、それを言い触らしていてもおかしくない。
「……君は、僕のことが嫌いだっただろ」
「え?」
どういうこと?
それから、テイルから溢れるように言葉が漏れていく。
「だって、シンシアみたいな素敵な人は僕みたいな人間を見ないだろう!? 自分をもっとアピールしないと、って僕の話をたくさんしても、『自分大好きなんですね』って言われて終わっちゃうし! 僕だって少しはモテるから、魅力あるんだよって伝えても、君は素っ気ない態度で……」
たくさんの言葉に、私まで混乱してくる。
「ちょ、ちょっと待ってください! まさか、私の前世が大聖女と気付いて……?」
「当たり前だろ! 百年経っても、どれだけ君の姿形が変わろうとも、僕はシンシアが分かる!」
「いつから……」
テイルが大賢者であったことを思い出したのは、つい最近のことであったそうだ。それまでは、私と同じように、ぼんやりと記憶の中で何かを忘れているような感覚だったらしい。
「シンシアが婚約破棄された日、すべてを思い出した。辛そうな顔を見て、すべてが許せなかったよ。だから、君を守ろうと思った」
じゃあつまり、テイルが転生した大賢者であることを隠していた理由は……。
「それに大賢者じゃない僕なら、好きになって貰えるかなって……」
「えぇ……」
「えぇって言わないでよ! 僕も頑張ってたんだよ! 君の前では真面目になろう、としても恥ずかしくて軽薄そうな口調になっちゃうし!」
軽薄そうな感じだったのは、恥じらいが原因だったの。
「あ~! もうおしまいだ~! 百年の片思いも、全部全部終わりだ~! ぐにゃ~!」
私の前でヘタレ込んでいるこの人が、大聖女と対を成す大賢者だ。
百年もの間、私たちは結ばれることがなかった。
それは恋心がなかったという訳じゃない。
単純に、お互いに忙しかったからだ。人々のために、平和のために尽くした人生。
もしかしたら、転生したのは神様が与えてくれたチャンスなのかもしれない。
君たちはもう十分に頑張った。幸せになっても良いんじゃないか、という。
身勝手で我儘な解釈だとは分かっているけれど、そう思ったら素敵だなと思ってしまった。
「別に、終わりとは言ってませんよ?」
「え!」
探していた人が、こんなにも近くにいるとは思っていなかった。
心の奥が熱くなる。
「私の人探しは、終わったみたいです。新しい目的を見つけないといけませんね」
「新しい目的……?」
私は感情を表に出すのが、あまり得意じゃない。
だけど、思ったことをはっきりと伝えることはできる。
テイルから視線を逸らしながら、呟く。
「片思いを、成就させるとか……」
その言葉で、テイルは私の気持ちを察したようだった。
パッと明るい笑顔になって、私の手を取った。
「僕は、君が好きだ」
それは百年という月日を掛けて、ようやく叶う一つの想い。
「私も、です」
さらにテイルが明るく笑った。
それから、第三王子エリオは国王陛下についに見捨てられ、その悪行と素行の悪さ、国政を利用したことで罪に問われた。
ついでに、男爵令嬢のフェリアも共謀していたことが発覚し、私がしていたという嘘の嫌がらせも、すべて公の場に広まった。そうして、罪に問われることになった。
二人は国外追放されただの、平民に格下げされただのと、噂が多くあるが、どちらにせよもう二度と会うことはない。
私たちへは国王陛下が直々に謝罪しに来て、特別な領地を授けてくれた。
そして、大賢者と大聖女の時を超えた話が広がり、童話として子どもたちに愛される話となった。
「綺麗だ、シンシア」
白と青を基調としたお屋敷で、テイルは花嫁衣裳に身を包む私の頬へキスをした。
「……頬で良いんですか?」
そうして顔を真っ赤にする旦那のテイルを見て、シンシアは微笑む。
シンシア達は三人の子宝にも恵まれ、救ってきた人々たちから祝福されながら幸せに暮らした。
【とても大事なお願い】
「ハッピーエンドで良かった!』
「テイルが良かった!」
「お幸せに!」
少しでもそう思っていただけたら下にある星『★★★★★』で評価していただけたら異世界恋愛を書く自信に繋がります!
ぜひよろしくお願いします!