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学問所3

(side 大吾)


「俺、今日、陸に勝った」

毎日のように栗林邸にやってきては嬉しそうにたくさん話し出す伊三郎。

「何で勝ったんだよ」

「かけっこだよ」


初めの内こそ遠慮していたけど「俺も紅みたいに呼び捨てがいい」って言った頃から、こいつの寂しさが分かるようになって、今では弟のように思える。


「へぇ。あの陸に勝ったのか。すげぇな」

「うん」


いつもなら嬉しそうにどうやって勝ったかとかペラペラと話すくせに今日は大人しい。


「佐吉は?」

「あいつは体の造りが違うからしょうがない」

「そんな訳あるか」


チラチラと俺の膝で寝てる紅を見ている。


「なんだ?」

「……なんで紅はそこで寝てんだよ」

「疲れてんだろ」

「じゃぁ、部屋で寝ろよ」

「お前も来るか?」

「はあ?俺は勉強しに来てんだよ」


勉強しない日も多いだろ。

俺の膝を紅に取られた事が悔しいのか、それとも紅が俺の膝にいる事が悔しいのか……


「静かにしろよ。紅が起きるだろ」

「知らねーよ」


紅もまた自分が女子だと意識してない。


紅の顔にかかった髪を耳にかけ直してやる。

その直後伊三郎と目が合った。

俺を睨んでいる。

あ、そっちか。


「勝之進は遅いな!」

わざと大声で言う伊三郎。


「お前。紅を起こそうとしてるだろ?」

「してない!」

「何を怒っておる?」

「怒ってなどおらん!」

どう見ても怒ってる態度の伊三郎。


「そうだな。紅は部屋に運んで来よう」

紅を抱えようとすると、伊三郎が俺の手を掴んだ。


「伊三郎、離せ。紅を抱えられぬではないか」

「お、俺が抱えていく」

「おまえが?おまえの力では無理だろう」

「無理ではないわ!」

「あー。そうか。分かった。伊三郎、おまえ、紅に惚れてるんだろ?」

「な、なにを」

「だから栗林の家にも来たいと言ったんだな」

「ちがう」


「正直に言えよ。おまえも紅に惚れてるんだろう?」

つい言いすぎた。


「違う。紅など、なんとも思うておらん」

大きな声で伊三郎が答えた瞬間、紅が起き上がってしまった。


「そのように大きな声で何を争っている」

伊三郎はしまったと口に手を当てているが、もう遅い。紅に聞かれてしまった。


「伊三郎が私のことなどなんとも思うておらんことなど、分かりきってること。大吾も人が悪いな」


俺を見上げて紅が微笑む。


すまん。伊三郎。


「伊三郎、悪かったな。この日差しについ魔が差した。大吾もすまなかった」


紅が照れている。

膝の上で寝たことを恥ずかしいと思ったか。


「……ま、まったく勝之進は何をしておるのじゃ。ちょっと見てくる」

伊三郎は書斎から飛び出していった。


「もう少し寝るか?」

「ううん。それより剣術を教えてくれ」

「今度の試合のためか?」

「うん。対戦相手が陸なんだ」

「そうか。頑張れよ」


年に一度、学問所では剣術の試合がある。

この日ばかりは街の人達も見学に来てよくて、握り飯や柿など振る舞われて、みんな楽しみにしている日。


数日後、俺も対戦相手を知ることになった。


「俺が?伊三郎と?」

「そうじゃ。伊三郎殿に怪我をさせる訳にはいかんじゃろ?その点、大吾は剣の使い手。怪我をさせることなく上手に戦えるとなってな」

 

林先生は事なかれ主義者だ。


「俺に負けろと?」

「そこまでは言わん。ただ本気を出さなくても良いのじゃないかな?大吾にはこれから先も試合はあることだし」

「分かりました」

「そう言うてくれると思うた。感謝する」


手を抜いて勝ちを譲る。

あいつは嫌がりそうだな。


その日、勝之進と栗林邸に向かっていると伊三郎が走ってきた。


「聞いたか?」

「試合のことか?」

「大吾と俺の試合が最終試合だと」

「らしいな」


伊三郎が嬉しそうにしている。


「お前には負けん。勝負だ大吾」

「俺に勝つ気でいるのか?」

「当たり前だろ!だから今日からは城に帰る。城で練習してくる!」


なんだよ。おまえがその気なら


「分かった。怪我しても知らねーぞ」

「大吾こそ。俺が勝ったら、紅に膝を貸すのは俺だからな!」


なんだよ、それ。

剣の勝負に紅を賭けようというのか?

伊三郎は駆け出していった。


「伊三郎はお前と戦えることが嬉しそうだな」

勝之進が言う。

「勝之進。俺も今日からは家に帰ることにする」


あいつがその気なら、下手な試合はできないだろ。

勝之進は良い奴だけど、剣術は苦手だ。

俺も兄貴を相手に特訓するしかないだろ。


そうして試合当日。

白熱の試合が続く中、伊三郎とは距離を置いていた。

ゾクゾクする程の緊張感。

紅も良く頑張っていたが、友達に負けて悔しそうにしている。


いよいよ最終試合。

試合が始まるまではきゃーきゃーと女子達の声が聞こえたが、立ち上がった伊三郎と俺のただならぬ殺気に気が付いたのか、試合会場が徐々に静かになる。

審判役の講師がゴクリと唾を呑みこむ音が聞こえた。


伊三郎がまっすぐ俺を見据えている。

藩主の息子のくせに全く無鉄砲で、おもしろいやつ。


「はじめ!」


講師の合図で、腰を落とした伊三郎。

同時に俺も木刀を中段に構えた。


漂う気迫。

伊三郎。おまえ。かなり練習してきただろ。


じゃりという音を立て、先にけしかけたのは伊三郎。

その攻撃を防いでさらに下から木刀を出すが、伊三郎も素早く止める。


しばらく木刀がぶつかり合う音だけが会場に響く。

歳下だと油断していたのは事実。


「くっ」


伊三郎のキレのある攻撃は、迷いがない。

だが俺も負ける訳にはいかない。


本気で振り下ろした木刀から風を切る音がした。周りから悲鳴のようなものまで聞こえる。


試合が続くと伊三郎の息が乱れてきた。

早めに決着をつけないとと焦っているようだ。


「いやー」と声を出して伊三郎が突っ込んできた、渾身の力で木刀を振り下ろす。

木刀がぶつかる音がした次の瞬間、伊三郎の木刀が飛ばされていた。


「それまで!」

講師が試合の終わりを告げる。


勝った。


会場は大盛り上がり、大勢に取り囲まれ祝福を受ける。

だが嬉しくはなかった。

今はまだ体力の違いで勝てたが、あと数年して伊三郎が大きくなった時は分からない。


負けた伊三郎は、悔しさに肩を落とし応援席へと戻っていく。

ふと見ると紅が伊三郎に寄り添うように隣に座っていた。

何を話しているんだろう。

きっと伊三郎を慰めているんだろうが、紅が伊三郎の手を握っている。

それで伊三郎が元気を取り戻すなら仕方がないんだろうけど……

なんだよ、それ。

勝ったのは俺なんだけど。


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