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平賀城3

【side 新郎、瀬戸治正】


久しぶりの故郷。

なんとまぁ、のんびりした時間が流れていることか。

江戸や京では攘夷派による暗殺や、それを取り締る幕府側も緊張感が漂っているというのに…


「新郎様はお顔立ちが整っていらっしゃいますね~」

どうでもいい。

自分の婚礼の為でなかったら、江戸を離れるとこはなかった。


「栗林のお嬢様とはもう会われましたか?」

「いや。会った事はございません」


瀬戸家の人間とはいえ、私は分家の身。

平賀藩での立場も低い。

ここで家老、栗林殿と縁を繋ぐことで、藩での地位を上げて、この小さな藩を守っていかなければ…


「まぁまぁ。新郎様がそのように眉をしかめて。奥様に愛想つかされますよ」

栗林の娘には悪いが今はそんな事を言っている余裕はない。

この婚礼が終わったら国元の者たちと話をして……

「さぁお支度が整いましたよ」


女中に急かされ入った広間には、国元の名だたる家の者が勢揃いしている。さすが家老、栗林。

瀬戸家の筆頭は、なんだまだ子供ではないか。そうかあれが瀬戸家次男の伊三郎殿か。

随分つまらなそうに座っている。


「新婦様がお入りになられます」

妻となる女が静かに入ってきて、俯きがちに隣に座った。

大人しそうな女のようだ。

まぁ期待はしていない。


式はつつがなく進み、盃を交わす三々九度になった。

髪を切りそろえた目鼻立ちがハッキリしている少女が前に進み出る。どうやら緊張しているようだ。お銚子を持つ手が震えている。


震えずとも良いという顔をして盃を出した時、

「俺がやる」

それまでの静けさを打ち破って伊三郎殿が立ち上がった。

おいおい。ご子息とは言えそのわがままはダメだ。お付きの者も止めようとしているが、あっという間に少女の隣に来てしまった。


「かせ」

誰も止められなかったか。

「いやじゃ」

藩主のご子息に大人は遠慮して諦めたのに、少女は1人で抗っている。なんと。こちらが恥ずかしくなるようだ。


「俺が代わってやる」

「いやじゃと言うておる」

少女が持っているお銚子に伊三郎殿が手をかけた。引っ張り合いになる。このままだと中の酒もこぼれるな。

「おふた……」

「おやめなさい!」

隣から女性の声がして言いかけた言葉をのんだ。


「紅。意地を張るものではありません。ですが伊三郎様、この者はこの日のために練習を重ねてきたのです。どうかこの者の仕事を奪わないでやってくださいませ」


大人しそうだと思っていた新婦が、ハッキリとモノを言っている。


「伊三郎様のそのお気持ちも嬉しゅうございます。いかがでしょう。紅は練習の通りに治正様に注ぎ、伊三郎様が私に注いではもらえませんでしょうか?」


見事な解決方法。同意を得るようにこちらに視線を向けた花嫁は美しかった。

「良い案です」


少女が緊張しながらも私の盃に注ぎ、それを飲み干す。次に新婦が盃を持ち、伊三郎殿が注ぐ…が、じゃぶじゃぶと波々に注いでいる。注ぎ過ぎだ。

花嫁も苦笑いしている。

自然と花嫁が持っている盃に手が出た。一気に飲み干しもう一度花嫁に盃を渡す。


「伊三郎殿、二度目まではフリだけで、三度目だけゆっくり注いでください」


教えてやると神妙な顔つきで丁寧に注いでいる。

この子は呑み込みが早いらしい。


花嫁は私に一礼して、盃に口をつけた。

盃が代わる度に花嫁と視線が合う。

美しい所作に見惚れてしまう。

無事に三々九度を終えた時、花嫁と微笑みあった。

婚礼も悪くない。


「治正は飲み過ぎだ。もう顔が赤い」

伊三郎殿の声が大きくひびくと、

「姉さまも。顔が赤い」

少女も広間にひびく声を出す。


しまったと思った時には遅かった。爆笑に包まれる大広間。

「良かったのう。治正」

ガハハと笑う叔父達。だから田舎はイヤなんだ。

そこから急にどんちゃん騒ぎが始まると、誰も今日が婚礼で集まったなんて忘れてしまったかのように自由に動き出した。


花嫁の背中にもたれているのは先程の少女。

「歳はいくつですか?」

チラリとこちらに視線を移しただけで、答えてはくれない。どうやら嫌われているらしい。

「紅!妹は6つになりました」

花嫁が答える。気を遣わせてしまった。


「おい!持ってきてやったぞ」

伊三郎殿までやってきて私達の後ろで遊び始めた。


「キレイ」

伊三郎殿が持ってきたのはガラス細工の…置物?

「だろ?ビードロって言うんだ。俺の宝物」

ここ平賀は長崎の隣。珍しい物が多く手に入るとは聞いていたが。

「触ってもいい?」

「あぁ」

伊三郎殿は少女が好きなのだな。嬉しそうにしている。


「やはり国元は江戸とは違いますか?」

花嫁が少女の髪を結いながら聞いてくる。

「そうですね。ここはのんびりしてます」

「お気に召しましたか?」

「…はい」

「良かったです」


笑い声が溢れる広間。平和だなぁ。

こんな日がずっと続けばいいと思った。

私の後ろで遊ぶ子供たちが、この先もずっと笑っていられるような世の中が続いていけばいいと…

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