表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

陣取り合戦5

(side 大吾)


まだ明けきってない暗さの中、紅の待つ山へ突き進む。

「こーう」

だけど湿気を含んだ草木は簡単には通してくれない。

小川だったところは轟音を響かせ大きな川になっていた。道が川に飲みこまれている。


「気を付けてください」

山に詳しい佐吉が言う。


背中がゾクリと冷えた。


「こっちから行きましょう」

佐吉が言うように道を変え、ようやく目的の場所までたどりつく。

だが、紅の姿はない。


「紅!」

呼んでみるも返事もない。


「無い!」

陸が叫んで、道の下を覗きこんでいる。


「どうした?」

「大吾。この下に旗があったんだ。紅はそれを取りに行くと言って、俺たちと別れた」

「この崖は一旦降りたら登るのは困難だ。だとしたら向こうから回って上がってくるしかない。行くぞ!」


「紅ー」


紅が崖を上がるため回り道をした方へと駈けていく。

どうか無事でいてくれ。

その為ならなんだってする!


走って行った先にお堂があった。

お地蔵様が祀ってある小さなお堂。


すがる思いでお堂の中を覗くと、

「……こう?」

だれかがうつ伏せに倒れている。


お堂の扉を開けるのももどかしい。

強引に扉を開いてみると、


長い髪の毛に袴姿。

間違いない、紅だ。


「紅!」


だが紅はピクリとも動かない。


「おい紅。起きろ!」


頼む。目を開けてくれ。

抱き起こすと、腕が力なくだらんと下がった。


陸や佐吉も必死だ。

「紅!」

「紅!大丈夫か」


「頼む紅。目を覚ましてくれ」


「……ぅ……」

紅が小さいながらもうめき声をあげた。


「紅!」

戻ってこい!


紅の瞳が少しづつ動き出し、

「……だ、いご?」

ついに俺の名を呼んだ。


「良かった。無事で」


「……す、まん……」


小さくつぶやいたかと思えば、その目からポロポロと涙が溢れ出す紅。


「だい、ご……」


寂しかったな。

よく1人で、頑張った。


小さい肩が揺れている。


もう大丈夫だ。

泣かなくていいと、紅を強い力で抱きしめる。

何よりも大切な

「紅」


「大吾……」

少し落ち着いたのか紅も見つめ返してきた。

それだけで胸がいっぱいになる。


「紅」

自然と紅を抱く腕に力が入る。

いけない。ダメだ。


「はぁ……」

ため息と共に天を仰いだ。

とにかく見つかって良かった。今はそのことだけを考えよう。


「紅。着替えを持ってきた」

紅を座らせて風呂敷包みを渡すと、はにかみながら受け取る姿にまた触りたくなる。


お堂の外に気をそらすと、

「紅が見つかった。無事だ」

陸の声がした。


心配しているみんなに早く伝えるため伝言を頼んだんだろう。

何より、本当は自分が走って来たかったであろう伊三郎に……


陸がお堂に入って来た。

「大丈夫か?」


濡れた髪が頬に張り付き、青白い顔で力なく笑顔を見せようとしている紅。


「すまなかった」

悔しさにギュッと拳を握りしめている陸。


「私の方こそ、戻れずにすまん。試合は負けてしまったな」

「試合などどうでもいい。おまえが無事ならそれで……」


陸の声が震えている。

涙を紅に見られないようにだろう、こちらに背中を向けた陸。


「それは……イヤじゃな。私も陸の役に立ちたい」


「……すまん…」

それが陸の精一杯の言葉なんだろう。

陸を促すようにお堂の外に出た。


「……うっ……」

陸が紅を想って泣いている。


以前、陸にいじめられたと愚痴をこぼしていた紅を知っている。

常に紅の事を女子だと馬鹿にし、学問所の仲間と認めなかった陸。

だが、裏を返せば、紅のことが好きだったのだ。


泣くほど大事に想っているなら、なぜいじめた?

いや、それが陸の愛情表現だったのかもしれない。


陸の肩にそっと手を置いた。


「これからは、ちゃんと守ってやれよ」

そんな言葉しか言えない。


紅のことを「頑張れ」とは今の俺では到底言ってやれない。

陸の家柄は、望めば紅と結婚できる身分。

それに比べて、俺は……


「……大吾……」

お堂の中から紅の声がする。


「どうした?」

「手が動かなくて、帯が結べんのだ。すまないが、結んでもらえないだろうか」


一瞬、陸と目が合う。


陸がお堂へ向き直る瞬間、

「分かった」

先に歩き出した。


お堂の扉をそっと開くと、

「はは……指が固まってしまって、動かないんだ」

照れ笑いの紅は、着物の前は手で押さえただけで、袴は途中までしか履けていない状態で、横座りでこちらを見ている。


余りにも乱れた艶めかしい姿に、呼吸が止まるかと思った。


いつのまにそんなに綺麗な女になった。

伊三郎や陸が放っておかないのも分かる。


陸から紅を隠すようにお堂の扉を閉めた。


こんな姿、誰にも見せられない。

いや、見せたくない。


「貸してみろ」

「うん」


腰ひもを受け取り、紅を座らせるために腕を持った。

なんて細い腕。

恥ずかしそうに視線を逸らすから、余計大人に見える。


紅をあまり見ないように膝立ちにさせ、両肩に紅の両手を置かせた。


一人で立っているのが大変そうだから仕方ないのだが、今まで両手で押さえていた着物の前が緩んでいる。


俺は試されているのか。


腰紐を持って紅の背中に手を回した。


細い腰。

肩に感じる紅の腕。


かつてない程の敵と戦わなければいけない。


態勢を戻して着つけていれば、何を思ったのか俺をジッと見ている紅。

目が合うと照れくさそうに微笑みだした。


やめてくれ。

負けてしまいたくなる。


このまま紅を抱きしめたい。

抱きしめて自分のものにしたい。


無意識に紅の肩をつかんでいた。


グッと力を入れようとしたその時、

「大吾は兄さまより上手いな」

真っ直ぐに俺を見ている紅。


「……そうか?」

「うん。兄さまが結んだものはすぐにほとけるのだ」


紅にとっては、俺は兄と同じ。


遠くからでも自分を見つけると走って近付いてくる紅も、嬉しそうに自分の周りを走る紅も、座っているとすぐに膝に乗ってきたがる紅も、全ては兄と同じように懐いているから……


兄さまと同じか……


紅の肩から手を離した。

危なかった。

負けるところだった。


「勝之進は不器用だからな」


勝ったんだろう。

俺は確かに何かに勝った。


なのに大きな敗北感しか残らない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ