平賀城
【side 瀬戸伊三郎】
絶対に逃げ切ってやる!
お城の中は抜け道も知ってる。
今日こそは、大人の言いなりになるもんか!
「本日は殿の代わりとして参列していただきます」
だと?
いつもは俺のことなんか気にしてないくせに、何かあると「藩主の息子」にしたがる。
もういやだ!
次の部屋を通り過ぎたら庭に出よう…って思ってたのに、人が来た。
こんな時は騒がずに部屋に入って障子を閉める。
ふん。隠れるのも得意なんだ。
「新郎さまの顔見た?」
「見ました。素敵な方でしたね」
「栗林のお嬢様も悩まれてたようだけど、あの方なら私が嫁ぎたいくらい」
「姉さん、もう結婚してるじゃないですか」
「忘れてたわ」
女達の話は長い。早くこの場を去りたいのに。
外にばかり集中してけど、なんだか背後に人の気配がする。
しまった。誰かいたか?
恐る恐る振り向くと、そこにはまるで人形のような少女がこっちを見ていた。
「ひっ」
ぱっつり切りそろえられた前髪、黒い瞳、さては座敷童か。
少女は人差し指を口に当てて眉を寄せている。
何か言いたそうだ。
「なんだ」
「しっ」
「おまえ、人間か?」
「こう」
それだけ言うと首を振って睨んでくる。
意味が分からない。
その先を聞こうとすると、もう一人の足音がしてきた。
「あの方が大瀬様よ」
「伊三郎様のお付きの?」
「そう。大瀬様も大変よね。いつも伊三郎様を探していらっしゃって」
「鬼ごっこのおつもりなのでは?お可愛らしいじゃないですか」
「そんなにいいもんじゃないでしょ?だってねぇ。ほら。側室のお子だから」
いつだってそうだ。
殿の子と言っても、正室を母に持つ兄上がいる限り、必要のない次男。
だけど俺は可哀想な子なんかじゃないし。
「それでもいいじゃないですか。我々とは身分が違います」
「お母様がいらっしゃったら、まだ良かったでしょうけどね」
母上がいたら…
「女の話は長いからな」
ふいに少女が声を出した。
障子の向こうをにらみ、さくらんぼのような口をキュッと引き結んでいる。
この子はなんでこの部屋にいるんだ?
今更ながら、誰なんだ。
かくれんぼでもしているのか。
本人はいたってまじめに隠れているんだろうけど、派手な衣装で、部屋の真ん中にちょこんと座っているところを見ると、すぐに見つかってしまう方だろう。
見つかって口を尖らせる方だな。
伊三郎が笑いそうになると
「ようやく行ったな」
少女が突然こちらに微笑んできた。
「おまえも逃げてるのか?」
丸い目をくりくりさせて少女が聞いてくる。
「おまえではない。伊三郎だ」
教えてやったのに、
「ふーん」
って、興味ないだろ。
「伊三郎も逃げてるのか?」
コテンと首をかしげ聞いてくる少女に、なぜか落ち着かなくなってきた。
「あぁ。おまえも?」
聞けば少女は小さくうなずく。
「私がいなければ姉さまは結婚などしなくていいのだ」
「ん?おまえがいなければ?」
「そうじゃ。ばあやが言うておった。姫様がいないと婚礼が始まりませんって」
「誰だ。おまえ」
「さっき教えただろ。こうじゃ。栗林家の次女。栗林 紅」
あぁ。そういう意味だったのかと少し前のことを思い出した。
「紅は婚礼をやめさせたいんだな?」
「私がじゃない。姉さまがしとうないんじゃ」
その望み叶えられるのは俺だけだろう。
「よし。2人で逃げよう」
「うん」
自然と手をつないぎ、そっと障子を開け、廊下に誰もいないことを確認すると走り出した。
きっと2人なら逃げきれる。そんな気がした。