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【完結】妹の代わりに血も涙もないと噂の男爵の元へ嫁ぎましたが、何やら旦那様の様子がおかしい  作者: 七瀬菜々
第三章 アッシュフォード男爵夫人

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15:魔女(1)

「ねぇええー!もぉおおおー!!旦那様ぁ!?」


 アイシャを屋敷の中に入れた後すぐに、今度はテオドールがかなり苛立った様子で駆けてきた。

 彼曰く、正門の前に領民が5名ほど押しかけているのだそうだ。


「何がどうなってるんだよ」

「あの妹君のせいでしょう、どうせ。だから屋敷の外に出すのは反対だったんだ」

「でも最終的に、屋敷の中に留めて変なことされるよりは良いって言ったのはお前だろ?」

「そうですけど!判断をミスりました!」

「はあ……。もういい加減にしてくれよ、ほんと」


 次から次へと面倒ごとが起こる。イアンは煩わしそうに舌を鳴らした。  


 *


「子どもたちを解放しろー!」

「憐れな子らを利用するなー!」

「贅沢をするなー!」

  

 正門では5名ほどの若い男がそんな事を叫びながら、騎士達に押さえつけられていた。

 昨日のベアトリーチェの行動は把握しているため大体の事情は察せたが、いかんせん今のイアンは虫の居所が悪い。  

 テオドールは殺気を漂わせる主人を諌めた。


「殺しちゃダメですよ」

「わかってる」

「わかってなさそうだから念押ししたんです。それで?どうします?」

「とりあえず言い分を聞こう。代表者は誰だ?」


 イアンはその射殺さんばかりの鋭い視線で男たちを見下ろす。 

 上から感じるその威圧感だけで、男たちはもう後悔していた。

 イアン・ダドリーの強さも恐ろしさも知っていたはずなのに、それを承知でここまできたはずなのに、彼らは震えが止まらない。


「お、俺です」


 一人の男が手を上げた。イアンとそんなに歳の変わらない青年だ。

 騎士から解放された彼は恐る恐る立ち上がる。


「ではお前以外は喋るな。ひと言でも話せば舌を切る」

「ひっ……」


 ただの脅し文句だと思いたいが、本気で言っているような気がしてならない。

 代表の男以外は全員、不用意に声を漏らさぬよう歯を噛み締めた。


「お前、名は?」

「ロディ・カルヴァンです」

「カルヴァン……。お前、砦の兵士ルーデウスの弟か」

「はい」

「ルーデウスはお前がここに来ていることを知っているのか?」

「知りません。誘いましたが、馬鹿なことを言うなとあしらわれてしまい……」


 ロディと名乗る男は気まずそうに顔を伏せた。

 どうやらアイシャの植え付けた好意の種は花を開いたらしい。

 ロディ曰く、ルーデウスの周りの友人たちは皆、彼に賛同しなかったようだ。


「それで?お前は兄の目を盗んでまで、ここへ何をしに来た」

「奥様が哀れな孤児を不当に働かせていると聞き、抗議しに参りました。税金を使い散財しているという話も聞いています」


 ロディは馬鹿正直に答えた。この男はイアンが怖くないのだろうか。無駄に度胸のあるバカは中々に厄介だ。


「どうしてそう思う?」

「昨日、奥様の妹君が涙ながらに教えてくださいました。子どもたちを助けて欲しいと」


 どうやら昨日、街に出たベアトリーチェは、


 『男爵夫人が屋敷で孤児を引き取ったらしい』

 『仕事を与えて、勉強まで教えているらしい』

 『最近よく隊商が屋敷に入っていく』


 といった話を領民から聞いたらしい。

 そしてそれを曲解し、ロディたちに伝えたのだ。

 結果、ベアトリーチェの涙の訴えにまんまと惑わされたロディは、こうして仲間を引き連れて屋敷まで押しかけたと言うわけだ。

 

 話を聞いたテオドールは痛む頭を抑えて、大きなため息をこぼした。


「隊商は領主の許可がないとその土地で商売ができない、というのは常識でしょう……」


 そう、隊商は商売の許可をとりにきただけだ。

 確かについでに買い物をすることもあるが、アイシャは散財などしていない。

 腹立たしいを通り越してむしろ呆れる。テオドールはイアンを見上げた。


「お前たちは彼女の何を知ってそんなことが言えるんだ」

「あの、妹君が、姉はそういう人だからと……」

「昨日ひと目見ただけの女の話は信じられて、なぜこの地のために尽力し、戦争まで止めた彼女のことは信じられないんだ」

「し、しかし領主様!子どもたちのことは!」

「子どもたちはあのまま教会に置いておけないから保護しているだけだ」

「ですが、保護するだけなら労働などさせる必要は……」


 ロディは身振り手振りを交え、必死にベアトリーチェの主張が正しいと言い張る。

 どうやら脳内に悪い虫でも侵入したらしい。きっとそいつに脳みそを食い散らかされたのだろう。おかげで考える力を失ってしまったようだ。


「ああ、可哀想になぁ。ロディ」


 ため息交じりに目の前の男を哀れむイアン。青筋を立てる主人に身の危険を感じたテオドールは半歩後ろに下がる。

 そしていよいよ我慢の限界に達したイアンが処罰を言い渡そうと手を上げた、その時だった。

 彼の後ろから石が飛んできた。

 石はロディの足にあたり、地面を転がる。

 綺麗な色をした宝石のような小石だった。

 

「勝手なことばかり言うなぁ!!」


 イアンが振り返ると、そこには白髪の小さな男の子と彼の手を引くレオ。そしておもちゃの剣を構えるイリーナと石を持つシュゼットがいた。


「………………え?」


 大人の男を怖がっていた子どもたちが何故こんなところにいるのだろう。

 震える足で立ち、涙を流しながらロディたちに帰れと叫んでいる。

 イアンはこの状況を理解するのに、少し時間を要してしまった。


「……テオ」

「はい」

「ランか、リズ……、誰でもいい。この子達が信頼する人間を呼んでこい。急げ!」

「は、はい!!」


 子どもたちがこの後どうなるかわからない。

 自分が彼らの恐怖の対象であることを自覚しているイアンは、一歩ずつ、気取られないように後ろに下がり距離をとった。

 騎士達にも視線で殺気を抑えるよう促す。


「お、お前たちが何をしてくれたって言うんだよ!」

「何も知らないくせに、何も知らないくせに!」

「奥様のことを悪く言うなぁ!」


 泣くことすら出来なかった頃、優しく抱きしめてくれたのはマリンで。

 笑い方を思い出させてくれたのは、いつも全力で遊んでくれたリズベットで。

 一緒に先へ進もうと手を引いてくれたのは、自分たちにはその先があるのだと道を示してくれたのは、アイシャだ。 


 ただ傍観していた彼らではない。


「帰って、帰ってよぉ!」

「あああああ!!」


 震える小さな拳で、ただのおもちゃの剣で、なんの痛みも感じない小石で、必死に立ち向かう子どもたち。

 久しぶりに喉を震わせたせいかジェスターの声は掠れていて。

 ロディは、涙しながらこちらに牙を剥く彼らにただ呆気に取られていた。


 


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