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6:イアン・ダドリー・アッシュフォード(2)

 テオドール曰く、これから嫁いでくる控えめな花嫁のために新たに予算を組んだらしい。

 イアンはそれをじっと眺め、渋い顔をした。


「おま……、これだけあればいくつ保存食が買えると……」

「文句は後でまとめて聞きますのでとりあえず聞いてください!!いいですか!?」

「そんなに怒らなくても……」

「いいですかっ!?」

「ういっす……」

「まず!1枚目の予算ですが、これは屋敷の内装工事の予算です」

「内装?」

「ええ。先程も言った通り、この屋敷は領地同様に何も無さすぎます。旦那様がここにきてもう2年ですし、流石にそろそろちゃんとしなくてはなりません」

「北部の貴族は皆んな、この屋敷を見て俺らしいって言ってくれてるぞ」

「それ、絶対褒めてないですからね」

「うるせぇ」

「とにかく!この婚姻を機に来客が増えるかもしれませんし、今のタイミングで改装しておくのも悪くないかと」

「えー、めんどくさ」

「えー、じゃない!……まあ、とは言え、これに関しては女主人となられるアイシャ嬢にお任せするのが良いかと。具体的には彼女が来られてから決めます。旦那様のセンスは期待できませんし。旦那様は予算の承認だけしてくだされば結構です」

「どうせセンス悪いよ!本当にひと言多い!」

「本当のことですから。次に庭ですね。裏の庭は完全に畑と化していますが、表は健在ですのでそこもアイシャ嬢の自由にしてもらいましょう。その予算が2番目」

「……表の庭は荒れ放題だけどな」

「それは……、アイシャ嬢が来るまでの間には見れるようにしておきますのでご心配なく!」

「スケジュールがタイトすぎて庭師のニックが泣くぞ」

「泣かせておけば良いんです!農夫にジョブチェンジしようとしてる庭師には、自分の仕事が何なのかをしっかりと思い出させてやらねばなりませんしね!」


 イアンの命令で知らぬ間に畑と化してしまった裏庭の光景を思い出し、テオドールはフンっと鼻を鳴らした。


「まだ裏庭を畑にしたこと怒ってんのかよ……ん?この費用はなんだ?なんでこんなに金がかかる?」

「あー、それは結婚式の費用です。一番大事な費用」

「はぁ!?なんでこんなに!?」

「いやいやいや、これでもかなり少ない方ですよ?」


 嫌そうに顔を歪めるイアンに、テオドールはまた舌打ちした。

 だが彼が言うことは正しく、都会の有名な貴族は権力誇示のために皇帝の許可を得て皇宮で挙式を行うのが通例であるため、噂ではテオドールが提示した予算の3倍以上はかかるとも言われている。


「貴族のお嬢様にとって、皇宮での派手な結婚式は憧れなんですよ?それを最近魔族の動きが怪しいこともあってそう簡単にこの地を離れられない旦那様のため、泣く泣くこちらの教会で挙式することを了承してもらったというのに……。この程度の金額も出し渋るおつもりですか?器ちっさぁ……」

「器ちっさいとか言うな!別に出し渋るつもりはない!」

「でも費用を削れるなら削りたいって思ってたでしょう?」

「そりゃあ、削れるに越したことはないだろ」

「うわぁ……。本当最低ですね。自分が何を言っているかわかってます?結婚式ですよ?女性にとっての結婚式はとても大切な、人生の節目の行事ですよ?それを簡単に済ませようなど、だからあんたはモテないんですよ!」

「モテない言うな!二回目だぞ!」

「事実でしょ?」

「事実だから傷つくんだよ!今日ひどくないか?」

「そりゃ態度も悪くなりますよ。なーんにもわかってないんだから!あのねぇ……旦那様。送られてくるのは()()ブランチェット伯爵家のお嬢様です。控えめな方といえど、貴族令嬢としてのプライドもあるでしょう」

「それはわかるが、しかしだな……」


 イアンとて、テオドールの言うことは理解できる。女性にとっての結婚式の重要性など、平民も貴族も同じなのだから。

 それに、嫁いでくるブランチェット家のアイシャは皇帝の寵臣の娘としてかなり箔が付いていたはず。きっと縁談も引く手数多だったことだろう。テオドールの言う通り、そんな彼女が望んでこの地に来るわけがない。

 そうなるとつまり、アイシャ・ブランチェットにとってこの結婚は無理矢理押し付けられた理不尽な結婚ということになる。哀れな彼女を思えば、結婚式での多少の贅沢は寛大な心で受け入れるべきなのだろう。

 それはイアンだって重々承知している。

 だがしかし、いかんせんこの地は貧しい。領地の現状を見ると、領主夫妻の形の残らない結婚式のために大金を使うくらいなら、少しでも領民の暮らしを良くするために使いたいとイアンは思ってしまうのだ。

 そんなことをポソっとつぶやいたイアンに、テオドールは諭すように語り出した。


「……旦那様。あなたが領民のために節制してくださるのはありがたいと思っています。ですが、そろそろ貴族としての振る舞いにも慣れてください。あなたの目には無駄と思えるような贅沢も、貴族には時に必要なのです。そうして自身の力を誇示し、存在感を示すことで得られる繋がりや権力がこの地を守ることにもつながるのです」


 現に、この何もなさすぎる屋敷に訪れたい貴族など存在しないし、訪れた南部の人間には必ず馬鹿にされる。


 -----これだから下賤の生まれは、と。


 テオドールはそれが許せないのだ。

 国を守った英雄として崇められこそすれ、馬鹿にされる筋合いなどないというのに。

 

「今回の結婚で、嫌でも中央との繋がりができます。そうなると確実に南部の貴族連中と接する機会も増えるでしょう。私はその度に旦那様が馬鹿にされる姿を見たくはありませんし、それに貴方の評価はそのまま奥様となられるブランチェットのお嬢様の評価にもなるのですよ。あんまり貧相な結婚式をすると、首都で何と噂されることか……」

「……」

「夫人を迎えるのなら、そろそろ本格的に貴族らしい振る舞いをする必要性についても考えてください。貴方はもうただの平民、イアン・ダドリーではなく、このアッシュフォードの領主、イアン・ダドリー・アッシュフォード男爵なのです」


 テオドールは切実にそう訴えた。

 するとイアンは、フッと顔を緩ませる。


「お前って、意外と俺のこと大好きだよなぁ」

「……どこをどう切り取ればそういう風に捉えられるのですか。不愉快です」

「はいはい。そういうことにしておこう」


 テオドールの言葉は、自分のことを思っているからこその言葉。

 イアンは仕方がないと、新たな予算案にサインした。

 

 *


「あ、そういえば姉の方の釣書が届いてます。興味ないかもしれませんが、見たいならどうぞ」


 書類に決済のサインをもらったテオドールは、その書類を受け取るのと交換で深紅の上等な釣書を執務机の上に置いた。

 イアンはその釣書を見下ろし、ため息をこぼした。

 この釣書の女が醜女だろうが美人だろうが、この女が嫁いでくることに変わりはないので、確認してもしなくとも同じと言えば同じなのだが……。


(……一応、見ておくか)


 この間送られてきたばかりの釣書に描かれていた天使のような風貌の妹とは違い、影が薄く地味だと噂の姉。

 どんなものなのか、イアンは興味本位で釣書を開いた。

 



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