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2:不穏な影(2)

 帝国の第一皇子はダニエルだが、帝国法に則れば皇位継承順位は彼より10も歳の離れた弟、第二皇子マシューの方が上だ。それはマシューが皇后の子で、ダニエルが側室の子であることが理由である。

 ダニエルの母親は元メイドで、身分が低い。正式な側室として迎え入れることさえ困難だったほどだ。

 故にダニエルが皇帝になるためには、その身に流れる卑しい血を補うだけの正統な血筋の相手が必要だった。

 そこで選ばれたのが教皇の娘マリアンヌだ。彼女はいずれ聖女となる。今や金と権力で買えるようになった安っぽい地位だが、それでも彼女と結婚すれば教会という大きな後ろ盾と血の正統性を手に入れられる。


「マシューが本格的に継承争いに参加する前に出来る限り備えておく必要があったからマリアンヌと婚約した。幸いにも陛下は皇后よりも母上を愛しておられるからな。あとは私に大きな功績ができれば、将来的に皇帝の座は私のものになる」

「そこまで準備されているのなら、アイシャは必要ないでしょう?彼女を愛人にでもするおつもりですか?」

「そうだなぁ。はじめはそれも考えていた。まあ、側室として迎え入れることもできるが、マリアンヌはそれを許さないだろう。あいつは狭量な女だ。だからシアン伯爵あたりに嫁がせて、マリアンヌの侍女として城に上げる方が良いだろうとは思っていた」

「……シアン伯爵家はもはや没落した家です。高齢の伯爵はひっそりと山奥で暮らしていると聞きます」

「だから良いんじゃないか。伯爵には金だけ与え、アイシャは城に住まわせればいい。伯爵夫人の肩書があれば私の愛人にはなれても側室にはなれない。仮に子が生まれても庶子に継承権はないから、マリアンヌもそれで納得するだろう」

「……アイシャの気持ちは無視ですか」

「はは、そう怖い顔をするな。大丈夫だ。心配することはない。もうそんなことはしないさ。何故ならアイシャは魔族との和平を実現させた。そんな彼女なら正室として迎えいれても誰も文句は言わないだろう?何なら聖女の称号は彼女にこそ与えられるべきだという声もあるしな。血筋の正統性も補完できる。完璧な私の花嫁だ」

「マリアンヌ様はどうなさるおつもりですか」

「マリアンヌは……、今更切り捨てるのも酷だし、側室にでもしてやるさ」


 ダニエルはさも当然のことのように語った。

 端正な顔立ちと艶のある金髪に翡翠の瞳。地位も金も持つまさに物語の王子様のような風貌の男が、先程から王子様とは程遠い発言を繰り返している。

 アイシャを侮辱するような身勝手極まりない言い分にとうとう耐えきれなくなったジェラルドは、机を拭くために避けていた書類を大きな音を立てながらダニエルの前に置いた。


「……アイシャはあちらで幸せに暮らしているようです。ようやく手に入れた平穏なんです。どうか奪わないでやってもらえませんか」

「見せかけだけの平穏だろう。野蛮な元平民と生粋のお嬢様の婚姻などうまくいくはずがない」

「彼女からの手紙にはうまくいっていると書いてありました。見せかけではありません」

「それはお前を安心させるための嘘に過ぎない。彼女の性格をよく知るお前ならわかるだろう?」 

「それは……」


 確かに、アイシャの性格を考えればそうかもしれない。だが、イアンと彼女の過去を知っているジェラルドは手紙の言葉が本心からだと信じている。

 ジェラルドは内圧を下げるように大きく息を吸い込むと、キッとダニエルを睨みつけた。


「とにかく、もう二人の結婚は決定事項です。両親がアイシャを北へ送ると決めたのはベアトリーチェのためですし、皇帝陛下の許可も得ている以上、それを覆すなんていくら殿下でもできません」

「それはどうかな?陛下はブランチェット伯爵家から娘が嫁いだという事実さえあれば何も言わないだろうし、何より私とブランチェット家がより深い仲になることを望んでおられる。私がアイシャを欲しがれば賛同してくださるだろう。先の会談でのこともあるし、陛下だって彼女をこちら側に取り込みたいはずだ。本来の予定通り、ベアトリーチェを北へ嫁がせれば何も言わないはずだ」

「そ、そんなこと両親が許すはずが……」

「伯爵夫妻にこの話をしたら早速アイシャを説得すると言っていたぞ?まったく、夫妻も現金なやつだな」

「なっ!?……まさか!」


 すーっと顔が青くなるジェラルド。まさかあの両親がベアトリーチェを手放すなど思ってもいなかったのだ。

 ダニエルはそんな彼をニヤリと口角を上げた。


「まあ、もしかすると夫妻はまだブランチェットの領地を出ていないかもしれない。急いだ方が良いのではないか?」

「くそっ!」


 ジェラルドは執務室を出て、騎士団に休暇申請をするとすぐさま実家へと向かった。

 どうしてこんなことになっているのだろう。ようやくアイシャが幸せを手に入れたというのに、なぜ邪魔をするのか。全くもって理解できない。

 頭の中を怒りに支配されたジェラルドはただひたすらに早馬を走らせた。



 ***


  

「馬鹿なやつだ」


 伯爵夫妻はすでにアッシュフォードに向かっている。今から向かったところで間に合いはしない。

 

「首都からブランチェットの領地を経由してアッシュフォードまで行くとなると、かなり遠回りとなるだろうな」


 きっとジェラルドがアッシュフォードに着いた頃には、すでにアイシャはダニエルの手に渡っている。

 まんまと彼を嵌めたダニエルはほくそ笑んだ。


「まったく。夫妻に甘やかされて育てられたのはベアトリーチェだけではないのだぞ、ジェラルド」


 だから、自分を優秀だと勘違いしていられるのだ。何もできないくせに。

 聖地巡礼で主人を出し抜いたつもりなのだろうが、詰めが甘い。


「さて、では私も向かおうかな。馬の用意は済んでいるな?」

「はい」

「ではすぐに出る。東門で待っていろ」

「かしこまりました」


 ダニエルは専属の護衛騎士と執事に命じると、彼らを退室させた。そして入れ替わりで窓から黒装束の男が入ってくる。皇家の影だ。

 影の男は一通の手紙をダニエルに手渡すと、一歩下り膝をついて待機する。

 ダニエルはその手紙を読み、すぐに燃やした。


「コレは事実なのか?」

「いえ、確かな証拠は何もありません。ですが、だからこそ事実にしてしまうことはとても簡単です。どうなさいますか?」

「そうだな。まかせる。うまくやれ」

「御意」


 影は主人の不明確な指示を正確に読み取り、すぐに窓から消えた。

 

「ふむ、これなら伯爵夫妻を使わずとも良かったかもしれんな」


 アイシャが手に入ることが確信できたのか、ダニエルは満足げに笑った。

 

 

 

 

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