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42:春まで待って(1)

 突然の魔族の降伏で混乱していたアッシュフォードも、彼らが帰って数日も経てばすっかり落ち着いた。

 今後、彼らと交流を持つにしてもすぐに何かできるわけではない。あちらはまだまだ混乱が続いているし、こちらも制度を整えられてはいない。

 しばらくは現状維持になるはずだ。

 

「焦らず機を見て、ゆっくりと。しかし確実に」


 アイシャは自室の出窓に腰掛け、まだまだ雪が降り積もる庭を見下ろし、小さく笑った。


「もうふた月もすれば花が咲くだろうな」

「イアン様!」


 お茶でもどうだと、テオドールを連れて現れたイアンはアイシャが眺めていた窓の隣の窓から庭を見下ろした。

 数ヶ月前まで手入れもされずに放置されて荒れていたはずの庭は、花はまだ咲いていないもののアイシャの指示通りに美しく生まれ変わっていた。

 普段はほぼ農夫なニックも一応本職は庭師。本気を出せばそこそこできるらしい。


「さすがはニックですね。器用だわ」

「ああ、まるで庭師みたいだ」

「みたい、じゃなくて庭師ですよ。旦那様」


 これを機にちゃんと庭の手入れをしてくれると良いのだが。テオドールはそう呟いてため息をこぼした。


「それにしても、ようやく落ち着きましたわね」

「そうだな。アイシャ、お疲れさま」

「イアン様もお疲れ様でした」


 テオドールの淹れたレモングラスのハーブティーの微かな香りが鼻をくすぐる。

 出窓に腰掛けたまま、顔を見合わせニヤリと口角を上げた二人は、ティーカップを軽く掲げて乾杯をした。

 

「今後どう交流を持つかは長い時間をかけて話し合いが必要ですから、今すぐ何かが大きく変わるわけではないです。でも今回のことは大きな一歩ですわ」

「そうだな」

「とりあえず、これでしばらくは平穏な日々が過ごせそうですね」


 最近忙しかったから、と安堵の表情を見せるアイシャ。彼女につられ、イアンも同じように柔らかく微笑むも、テオドールだけは怪訝な顔をしていた。


「……え?」

「ん?何?」

「どうした?テオ」

「えーっと、平穏な日々はもう少し先では?」

「どうして?何か急ぎの案件でもあったかしら」

「いや、奥様。結婚式……」


 テオドールが遠慮がちに告げる。春になればようやく結婚式ができるのだ。魔族の件で予想外に時間を取られてしまった以上、しばらくは準備に追われることだろう。

 そう説明されたイアンは思い出したように「ああ!」と声を上げた。


「すっかり忘れていた!」

「もう、しっかりしてくださいよ」

「すまんすまん。しかし、そうと分かれば早速準備をしなければな!アイシャはどんな式にしたい?」

「え?」

「何なら、これからはアッシュフォードに留まらなくても良いですから、皇宮……は無理でも北の城を借りて結婚式をすることは可能なのでは?」

「確かにそうだな。北の城はあまり使われていないし、一度申請してみるか?」


 イアンは今まで、魔族の襲撃を恐れてアッシュフォードを離れることができなかったが、もうその心配もない。

 今回のアッシュフォード男爵家の功績を考えれば皇宮を借りることはできなくても、北の城は借りれるかもしれないと話すテオドールをイアンはナイスアイデアだと褒め称えた。

 しかし当のアイシャはキョトンと目を瞬かせている。


「どうかしましたか?奥様」

「えーっと、結婚式は略式では?」

「え?」

「は?」


 父から結婚式はアッシュフォードの教会にて略式で行うと言われていたアイシャは小首を傾げた。

 テオドールもイアンも、思わずそんなわけないだろうと声を荒げた。


「奥様!結婚式ですよ!?結婚式!!」

「え、ええ。そうね?」

「確かに旦那様はアッシュフォードの外に出られないから当初はここで式を挙げる予定でしたが、それでも略式だなんてとんでもない!」

「君の友人や家族、エレノア子爵夫妻も呼んでできるだけ盛大に行おうと予算まで組んでたのに。一体どうしてそんな話に……」

「ごめんなさい。もしかすると父が『アッシュフォードの教会で行う』という言葉を聞いて『当然略式だろう』と思い込んでしまったのかもしれません」

「あー、それはあり得ますね。アッシュフォードをよく知らない人からすれば、こんな田舎で派手な式など行えるはずがないと思うでしょうし」

「まあ実際、大したことはできないけどな。でも決して略式では行わないからそこは安心してくれ!」


 略式の結婚式など、女性にとって『夫に大事にされていない』と公言されるような不名誉なことは絶対にしないとイアンは固く誓った。 


「あ、ありがとう、ございます……」


 イアンの言葉に礼を返しつつも、アイシャは咄嗟に顔を隠すように俯いた。

 どうしたってニヤけてしまう口元を隠したかったのだ。


(結婚式、ちゃんとできるんだ……)


 憧れていた、大切な人たちに囲まれてみんなから祝福される結婚式。それができると思うとアイシャは嬉しくて仕方がない。


「……でも、式はアッシュフォードでしたいです」

「え、そうなのか?」

「はい。派手な結婚式には憧れますが、私が一番に望むのは大切な人たちに祝福される結婚式なので。そして私の大切な人たちはここにいる……。だから私はアッシュフォードで結婚式がしたいです」


 アイシャはそう言うと少し恥ずかしそうに笑った。彼女のそんな姿にイアンの頬もついつい緩む。


「そうか、わかった。ならばそうしよう」

「はい!あ、でも、できればアカデミー時代の友人は招待したいです!」

「ああ、たくさん呼ぶといい」

「あと、叔父様も叔母様も」

「そうだな」

「ラホズ侯爵様は来てくださるかしら。あとは…………あの、そんな感じでいろいろご招待したいです。へへっ」


 一瞬言葉を詰まらせたアイシャは、それを誤魔化すように笑った。

 口には出せなかった言葉はきっと、家族のことだろう。アイシャはこの期に及んでもまだ期待しているのかもしれない。

 その気持ちを汲み取ったのか、イアンは持っていたティーカップを置き、彼女の手をそっと握った。


「……伯爵夫妻にも、声をかけてみるか?」


 夫妻からの祝福はおそらく期待できないだろう。何せ彼らはアイシャに興味がない。それはイアンもアイシャもよくわかっている。

 けれどそれがどれほど愚かなことであろうと理解していても、アイシャはまだ、心の奥底では彼らからの愛を諦めきれていない。

 他のことなら上手くできるのに、家族のこととなると上手くできない。

 

「私を、馬鹿だと思いますか?」


 アイシャは俯き、イアンの手を握り返した。


「自分でもわかってはいるんです。期待するだけ無駄だって。また傷つけられるだけだって。でも……、もしかしたらって思うのをやめられないんです」


 これが血の繋がりというものだろうか。まるで呪いのようにアイシャは親の関心を求めることをやめられない。

 彼女はそんな自分が情けなくて恥ずかしいと話す。しかし、


「いいんじゃないか?アイシャがもういいって思えるまで、期待しても」


 意外にもイアンはそんな彼女の愚かな一面を肯定した。


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