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31:奥様(2)


「孤児院のレオは、戦時中にたった一人の身内だった兄を目の前で嬲り殺されて、そのショックで記憶が欠落している。兄が死んだことを事実としては知っているけど、真の意味では理解していない。だから混乱すると助けてと兄を呼ぶの。私は兄のように振る舞うことで彼の信頼を得たわ」

「そうですね」

「……え?」


 子どもたちが辛い経験をしてきたことは理解していたが、詳しくは知らなかったアイシャは思わず声を漏らした。

 慌てて口を塞ぐが、瞳は明らかに動揺している。

 多分、想像していたよりも遥かに悲惨な過去だったのだろう。

 リズベットはアイシャにも聞かせるように、彼女の方を気にしながら話を続けた。


「シュゼットの両親は混乱の最中、アッシュフォードから逃れる馬車に娘を乗せた。本当はもう定員オーバーだったけど、彼らは御者に金品を持たせて黙らせた。シュゼットは馬車に乗れず、燃える街に置いていかれて炎に飲み込まれる両親を見てる」


 だから、彼女は金に執着する。もっと金があれば両親も馬車に乗れたかもしれないと思うから。


「イリーナは非力ゆえに瓦礫の下敷きになった両親を助け出す事ができず、二人を置き去りにして自分だけ生き延びたことを悔いている」


 だから、強くなりたいと鍛えるのだ。もっと力があれば救えたかもしれないから。


「……ジェスターはあの日。押し入れの中にいた。押入れの隙間から目の前で男手一つで育ててくれていた父親が魔族に八つ裂きにされる光景を間近で見ている。ジェスターは父の悲鳴を聴きながら、それでも怖くて何もできず、ただ押し入れでじっとしていることしか出来なかった。その結果、彼はショックを受けて、今はもう声を出せない」

「……っ!」


 淡々と話すリズベットを見つめながら、アイシャは気がつくと涙を流していた。堪えきれなかったのだ。

 彼らの過去は、普段の彼らの姿からは想像ができないほど辛いものだった。目を、耳を塞ぎたくなるような暴力により大事な人を失ったのだ。

 リズベットは自分の予想通りの反応をしたアイシャに、少しホッとしたように笑った。


「あたしも、大切な人を殺された」

「リズ……」


 だから、魔族は嫌いだ。信用ならない。

 死んでいった彼らを、置いて行かれた自分たちを思うと、冷静でなんていられない。


 この気持ち、あなたならわかってくれるよね。

 

 まるでそう言うように、リズベットはアイシャの方へと一歩近づいた。

 しかし、テオドールが二人の間に割り入る。


「……何よ」


 リズベットは怪訝に眉を顰めた。

 テオドールはそんな彼女にいつもの胡散臭い笑顔を見せた。


(ごめん。リズベット)

   

 本来なら戦争の引き金を引いた自分が彼女に言えることは何もない。口にしていいのは、懺悔の言葉だけだ。

 だが、イアンはそれを禁じた。

 懺悔して救われるのはテオドールの方であり、リズベットではないから。

 だから、彼は懺悔することを許されない。彼に許されたのはただ愚直に、この地のために働くことのみ。


「つまり、どうしても冷静でいられる自信がないと、そう言いたいのですか?」

「悪いけど、ないわ。あたしはみんなほど割り切れていない」

「わかりました。ではリズには今回の件から外れてもらいましょう。無理をしてまで関わる必要はありません。今回、奥様には交渉の手助けをしていただく予定ですが、護衛は別の者に任せましょう」

「……ごめん、いつまでも子どもで」

「謝ることはありません。多分それが普通です。しかし、今後もそのように感情的になってしまうのなら、奥様の護衛からも外れた方が良いかもしれません」

「……ど、どういうこと?」


 テオドールは首だけ振り返ると、ジッとアイシャを見つめた。同意を求めるような彼の視線に、アイシャはすぐ、ハンカチで涙を拭った。

 少し落ちてしまった化粧が白いハンカチを汚す。

 顔を上げたアイシャは軽く顎を引き、リズベットを見据えた。


「リズ。……私はね、将来的に魔族と交流を持てればと考えているの」

「…………………は?」

「もちろん、今すぐの話じゃない。でも……」

「はは……、なんの冗談?」

「冗談じゃないわ。見ての通り、アッシュフォードには何もない。もし魔族との交易においてこの地が主要な場所となれば、きっともっと豊かになるわ。だから……」

「……あんた、自分が何を言っているのかわかっているの?」


 アイシャの言っていることが理解できないリズベットは、彼女の言葉を遮るように尋ねた。 

 怒りのあまり、口元には逆に笑みが溢れる。

 何故そんなことが言えるのか。この地は魔族によって破壊されたのに。よりによって奴らと交易など、それは民への冒涜ではないのか。

 この女は民の気持ちを考えていない。こんな提案、まったく、一ミリたりとも理解できない。


「よくそんなことが言えるわね。あんた、アッシュフォードのために頑張りたいって言っていたじゃない」

「そうよ。頑張りたい。だから……」

「ふざけないで!そんなこと認められない。誰もそんなこと認めない、望んでない!」

「リズ、私は別に魔族と仲良くしようとしているわけではないわ。ただ、今のままでは未来がないの。戦争が終わってもアッシュフォードは緩やかに衰退していく未来しかない。でも、もしここが魔族との交易地として発展できれば……」

「……ああ、そうか。実際に見ていないからそんなことが言えるのね。所詮は外から来た人間だからそんなことが簡単に言えるのよ。ねえ、あいつらの仕打ちを許せというの?それとも全部忘れろというの?広い心であいつらを受け入れろと?」

「私はそんなこと言ってな……」

「がっかりだわ、お嬢様。あんたなら信じて任せられると思っていたのに」


 涙を浮かべ、心の底から落胆したようにアイシャを睨みつけるリズベット。

 アイシャは大きく息を吸い込むと、いつもよりも低い声色で告げた。


「話を聞け!リズベット・マイヤー!」


 

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