12:孤児の家(2)
「……ねえ、レオ。私もみんなと遊びたいのだけれど、いいかしら?」
「うん」
「では、レオがみんなを紹介してくれない?」
「……うん!いいぜ!」
アイシャがにっこりと笑うと、レオは嬉々として二人の少女の元に駆け寄った。そして髪の短い少女の肩を掴むと、悪戯っ子のようにニヤリと口角を上げた。
「このリズと同じ髪型にしてるやつがイリーナ。再来月で10歳になる。俺と同い年だ!あ、でも子どもだからと甘く見ちゃダメだぞ?イリーナは何を血迷ったか、リズに憧れているらしいから。きっと将来は暴力女になること間違いなしだ!」
「うるさいっ!」
「痛っ!」
イリーナは少し屈んだ後、勢いをつけて背伸びをし、レオの顎を攻撃した。レオは顎を抑えながら、『ほら、暴力女だ』と舌打ちする。
アイシャは仲の良さげな二人を見てくすくすと笑った。
「ふふっ。仲良しね」
「どこが!?アイシャの目は節穴だな!」
「こら、奥様になんてことを!」
「いいのよ、シスター。気にしないで。それよりレオ、そちらのお嬢さんも紹介してくれないかしら」
「ああ!こいつはな、シュゼット。先月9歳になったところだ。イリーナと違ってお淑やかなお嬢様……だと思うだろ?でも見た目に騙されちゃダメだぜ!シュゼットはお金大好きな守銭奴だからな!姉ちゃん、金目のものは隠しとけよ!」
「先に謝っておくわね、レオ。ごめんなさい」
「は?何言っ……」
「せーの、とりゃっ!」
「痛っ!!」
不名誉な紹介をされたシュゼットはシレッとレオの足を踏みつけ、イリーナの後ろに隠れた。レオが睨んでくるが無視だ。
イリーナは悶絶するレオに冷めた視線を送りつつ、アイシャをじっと見つめた。
「お姉さんは何者?」
「あ、私は……」
「この方はアッシュフォード男爵夫人となられるお方ですよ」
ランは二人の前にしゃがみ込み、人差し指を立ててアイシャがいかに高貴な人物なのかを語った。
だが、目線は子どもたちに向かっているが、言葉は明らかにリズベットに向けられたものである。
リズベットは素知らぬ顔でランから視線を逸らせた。態度を改める気はないらしい。ランはチッと舌を鳴らした。
「えー!じゃあお姉さん偉い人なの?お金持ち?」
「一応ここでは二番目に偉い人かしら。でもお金はあまりないかも」
「なんだー。残念」
「でも、あなたたちにプレゼントを買うくらいのお金はあるわ。シュゼットは何がほしい?」
「金塊が欲しい!」
「……そ、それは、難しいかも」
「じゃあ、おめめが宝石のクマのぬいぐるみ」
「……守銭奴なのは間違いなさそうね。一応探してみるわ」
あざとく小首を傾げておねだりするシュゼットだが、内容は可愛くない。アイシャは唖然とした。最近の子供はたくましいらしい。
「俺はボールが欲しい!この間破れちゃったんだよねー」
「わかった、レオはボールね。イリーナは?」
「私は本が欲しい。ここにある本はもう読み飽きたの。できれば首都で流行ってる恋愛小説!」
「いいわよ。取り寄せないといけないから春が過ぎてからになるけど、必ず手に入れるわ。ちなみに好きな男性のタイプは?」
「そりゃあ、もちろん強い男よ!」
筋骨隆々の男を表すようにイリーナは力瘤を作ってみせた。10歳の子どもにしては中々の上腕二頭筋でアイシャは思わず、おおっと声を漏らした。
何なら、アイシャよりは筋肉がありそうだ。
「私も少しは鍛えようかしら……」
「強くなりたいの?」
「自分の身は自分で守れるくらいにはね」
「じゃあ、私が鍛えてあげる!外に行こっ!」
「え!?ちょ……!」
イリーナはアイシャの手を握ると、強引に引っ張り外へと連れ出した。そして、まずは走り込みだと言って豪快に靴を脱ぎ捨て、芝生の上を走り出した。レオもシュゼットも彼女に続き、靴を放り投げて駆け出す。
彼らの靴が長く履いたもののようにくすんでいるのにも関わらず、どこも破れていないのはいつもこうして脱ぎ捨ているからなのかもしれない。きっと靴を履いて走り回る事はあまりないのだろう。
「ほら!アイシャも早く!」
「でも、私ヒールだから走れない……」
「じゃあ靴なんて脱いじゃおうぜ!」
「気持ちいいよ!」
雲一つない空の下、真上に登る太陽が子どもたちを照らす。時折飛び跳ねて、追いかけて来いと笑う彼らが眩しくてアイシャは目を細めた。
「……靴を脱いで走るってどんな気分なのかしら」
そんなはしたないこと、した事がない。アイシャは内側から湧き上がる衝動に身を任せ、そっと自分の足元に手を伸ばした。そして、ゆっくりと靴を脱ぐと近くの木の下に綺麗に揃えて置いた。
こういう時まで育ちの良さが出てしまう主人にランはプッと吹き出す。
「ラン!私、ちょっと走ってくる!」
「ふふっ。はい、いってらっしゃいませ」
満面の笑みで駆け出したアイシャに子どもたちからは歓声が上がった。
ランは走り出したアイシャの背中を嬉しそう眺めた。
「……驚きました。レオたちがあんなにすぐに心を開くなんて」
マリンは芝生の上に散らばったサイズの違うくたびれた靴を、アイシャの真新しい靴の近くに並べながらポツリと呟いた。
彼女が言うには、リズベットですら心を開いてもらうのに半年近くかかったらしい。リズベットは彼らとの出会いを思い出したのか、感慨深そうにうんうんと頷いた。
「やはり奥様からは血の匂いがしないからでしょうか……」
「……え?」
「子どもは敏感ですから……」
意味深に教会の方に目を向けるマリン。そこにはじっとこちらを見つめるイアンがいた。
ランは彼女が言わんとしていることを察したのか、苦笑いを浮かべた。
「もしかして、旦那様はここには近づけもしないのですか?」
「……はい。まあ、近づけないのは領主様だけではありませんけれど」
「男はどうしても怖いみたいだ。敵はみんな、血の匂いがする大人の男だったから。あたしは血の匂いがするけど、女だからかろうじて受け入れてもらえてる感じかな」
「なるほど……」
戦時中、子どもたちを傷付けたのは大人の男。だから、子どもたちは今も、大人の男を特に怖がるらしい。そしてそれ故に、子どもたちはエレノア子爵領には行けなかったそうだ。
「領地間の移動に騎士たちの護衛が必要ですからね……」
「ええ。しかし、ずっとここにいて同じ人としか接する事ができないのは子どもたちにとってもよくない事です。ですから、こうして奥様が子どもたちと接してくださることはとてもありがたいことなのです」
「そうだったのですか」
「ここは何もないところですし、子どもたちは奥様に失礼なこともするけれど、どうかまたいらしてください」
「はい。お伝えしておきます」
アイシャはきっと、望まれれば頻繁にここへ通うだろう。そういう人だ。ランは心配ないと笑った。