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2:アッシュフォードの冬(2)

「じゃあ、門はもう閉じますね」

「………うーん」


 テオドールの言葉にイアンは机に突っ伏したまま、はっきりしない返事をする。

 マダムを送り出した後、屋敷の管理の一部を引き継ぐため、彼の執務室に来ていたアイシャは不思議そうに首を傾げた。


「男爵様、何か心配事でもあるのですか?」

「いや、門は一度閉じると次は春まで開けられない決まりなんだ。だから、その、アイシャはそれでいいのかなって……」

「何がですか?」

「途中で嫌になっても、冬の間はここで過ごすしかないから。エレノア子爵のとこに行くなら今しかないよ、と思って……」


 門が閉じればこれから先、何があっても春まではアッシュフォードから出ることはできない。少しでも不安があるなら叔父の元に行った方が良いかもしれないとイアンは話した。

 本当は自分のそばを離れてほしくないのに、心情を誤魔化すように笑う彼にアイシャは頬を膨らませる。


「男爵様は私がいない方が良いのですか?」

「なっ!?そんなことない!」

「では、そんな風に言わないでください。悲しくなります」

「ごめん……」

「私はアッシュフォードの領主夫人になるためにここに来たのです。この地の冬が厳しいことは知っていますが、だからといって逃げるつもりはありませんわ。それに……」

「そ、それに?」

「……生涯、愛してくださるのでしょう?」


 アイシャは持っていた本を抱きしめ。不貞腐れたような表情でイアンをじっと見つめた。

 本人は睨んでいるつもりなのだろうが、イアンにはただの可愛い上目遣いにしか見えない。

 故にイアンはこれは危ないと、豪快に目を逸らせた。


「も、もちろんだよ!」

「ではどうして目を逸らすのですか!もう私もだいぶ慣れてはきましたけど、本当に失礼ですよ!ちゃんとこっちを見て言ってください」

「だめだ。危ない」

「もう!最近はいつもそれですね!」


 再会をやり直したあの日から、イアンは事あるごとに『危ない』と言って目を逸らす。

 かと思えば、こちらをジッと見つめて『可愛い』を連呼したりもする。もうわけがわからない。

 アイシャは本をランに託すと、イアンに近づき彼の頬を掴んだ。そして彼の顔を強引に自分の方へと向けさせた。

 鼻先が触れるか触れないかくらいと至近距離で、アイシャはジッとイアンの瞳を見つめる。


「……ち、近い近い近い!」

「私はここを離れたくありません。ここで冬を越す覚悟はもうできています」

「あの、本当に近いから……」

「聞いていますか?男爵様!」

「聞いてる。聞いてるけど、その、近いってば!」


 あまりの近さに耐えられなくなったイアンは、アイシャの肩を掴んで自分から遠ざけ、少し恨めしそうに彼女を睨む。何がダメなのかさっぱりわかっていないアイシャは両手を腰に当てて、ため息をこぼした。


「人と話すときは目を見て話すものですわ、男爵様」

「……」

「男爵様!?聞いていらっしゃいます?」

「……キ、キスしたくなるから、やめてほしい」

「……きす……キス……って、ええっ!? な、ななななにを!?」


 まさかそんな事を言われるとは思ってもいなかったアイシャは口元を押さえて二、三歩、後退りした。


「……お、俺だって男だから。そんな可愛い格好してこんな風に顔を近づけられたら、その、つい手を出したくなる」

「このドレスを選んだのは男爵様ではないですか……」

「そうだよ。でも可愛すぎるから危ないんだよ。何もされたくなければ本当にやめて。危ないから」

「何それ……」


 艶っぽい瞳で見つめられ、アイシャは一瞬にして顔を真っ赤に染める。そしてしばらく考えた後、手をモジモジさせながら、小さく呟いた。


「ふ、夫婦になるのだから、キスくらい別に……」

「えっ!?」


 思わぬ返答にイアンは勢いよく立ち上がり、ジリジリとアイシャに近づいた。

 自分で言ったくせに恥ずかしくなったのか、アイシャはイアンに背を向けて背中を丸める。顔を隠すように両手で髪を掴んでいるせいか、後ろから見える彼女の白い頸は赤くなっていた。

 今すぐにでもその頸にかぶりつきたい衝動をぐっと抑え、イアンはアイシャの背後に立ち、目の前の壁に手をついた。


「アイシャ……」


 低く、けれど甘い吐息混じりの声が耳をくすぐる。アイシャは小さく「ひゃっ!」と声を上げた。


「あ、あの……」

「いいのか……?」

「えっと……」

「しても、いい?だめ?」

「いいか、だめかで聞かれたら、その……い……」

「ダメです!!」


 アイシャが振り向き、二人の顔が近づいたところで、彼らの間に分厚い本が差し込まれた。

 横を見ると本を持ったランがジトっとした目でこちらを見ている。その後ろには彼女と同じ目をしたテオドールが腕を組んでこちらを見つめていた。


「あ……」

「あははは……」


 そういえば今は仕事中だったと思い出した二人はささっと、一人分くらいの距離を開けて直立姿勢を取った。

 そんな二人にテオドールはニコッと微笑む。


「そろそろ休憩をと思っていたのですが……」


 などと言いつつ、テオドールがイアンの机をコンコンと叩くと、二人は机に視線を向けた。

 そこには報告書と引き継ぎ資料の山。冬の警備計画にアッシュフォードの地図が広げられている。


「……2時間後くらいでいいですか?」 

「はい……」

「ごめんなさい……」


 テオドールの笑顔が怖いアイシャとイアンはしゅんと肩を落とし、二人並んで机に向かった。

 たまに横目でお互いを意識しつつも、優秀な執事が怖いので、その後2時間は黙々と作業に励んだ二人であった。


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