25:罪深い(5)
部屋に戻ったアイシャは気まずそうにこちらを見つめるランから一通の手紙を受け取った。
それは部屋の掃除の際、メイドが拾ったというアイシャ宛の手紙だ。見覚えのある封筒で、一度グシャッと丸めたような痕がある。
「すみません。どうすれば良いかわからなくて……」
ランはおずおずとアイシャを見た。彼女もこの手紙については知っているからだ。
この手紙の差出人はアイシャの兄、ジェラルド。アイシャの結婚に反対もしなかった伯爵家の一人。
ランとしてはこの手紙をアイシャに渡さず、すぐにでも処分してしまいたかったが、主人の持ち物を許可なく捨てられるほど図太く無い。だからこうして本人に渡したわけだが……。
「わ、私が処分しましょうか?」
やはり処分した方が良かったのではないかと思うほどに、アイシャの顔に感情がなかった。
悲しんでいる様子も、怒っている様子もないのが不気味に思えてしまう。
「あの……。奥様?」
「処分しなくても良いわ。ありがとう」
「中を、確認なさるのですか?」
「……そうね。期待しているわけではないけれど、お兄様は男爵様を知っているし、一応開けてみるわ」
「そう、ですか……」
「でもごめん。一人になりたい。男爵様には体調がすぐれないからお茶はまたの機会にと伝えてくれるかしら?」
「かしこまりました……」
アイシャは困ったように笑うとランを追い出した。ランは心配そうな顔をしていたが、何も言わずに部屋を出た。
「ふぅ……」
机の上のペーパーナイフを手に取り、大きく深呼吸をしてから出窓に腰掛けるアイシャ。彼女の錫色の髪を撫でる風は彼女を慰めてくれているかのように優しかった。
この封を切れば、また自分は傷つくのだろうか。
そう思うのに、イアン・ダドリーが思っていたよりもずっと良い人だったからか、もしかすると欲しい言葉がそこにあるのかもしれないと期待してしまう自分もいる。
「……ほんと、諦め悪いなぁ」
アイシャは自嘲するように笑い、思い切って封を切った。
***
アイシャが体調を崩したと聞いたイアンはランの制止を振り切り、ウサギ型にカットしたリンゴを片手に彼女の部屋を訪れた。
「アイシャ、体調が優れないと聞いたが大丈夫か?」
少し強めにノックして、心配そうな声色で問いかける。しかし返事はなかった。
「アイシャ?」
「眠られているのではないでしょうか」
「そうですよ、旦那様。そっとしておきましょう」
「でも、もし苦しんで声が出ないのだとしたら……」
自分でそう言って、もし本当にそうならどうしようと思ったのだろうか、イアンは青ざめた顔で『こりゃあ、いかん!』と叫んだ。
そして、多分本当に具合がわるいわけではないからそっとしておけ、というテオドールの言葉も無視して扉を開けた。
「アイシャ!大丈夫かっ!?」
勢いよく扉を開けた主人にテオドールは額を抑えてため息をつく。レディの部屋に許可なく押し入るなど、嫌われても仕方がないと言うのに。
「ちょっと旦那様。あんた本当に嫌われますよ?」
「え?」
「いや、『え?』じゃなくてね?これは真面目な忠告で……」
「ちがう。アイシャがいない」
「……はい?」
大きく目を見開き、振り返ったイアンは動揺していた。テオドールは急いで室内を確認する。ランもその後ろからひょっこりと顔を出した。
風に靡くカーテンと机の上に無造作に置かれたペーパーナイフ、そして床に落ちた封筒を見て、ランは血の気が引いた。
手紙の内容が原因でアイシャが早まったことをしたと思ったのだ。
ランはすぐさま駆け出し、空いた窓の外に身を乗り出した。そしてそのまま下を確認する。
「いない……」
良かった。この下にアイシャがいないことにランはホッと胸を撫で下ろした。
「ラン、これはどういうことですか?」
「えっと……、その……」
テオドールが怪訝な表情でランを見る。この状況で真っ先に窓の下を確認するということは、何かアイシャがショックを受けるようなことが起きたということだ。テオドールは問い詰めるようにジッとランの胡桃色の瞳を見つめた。
何をどう話せば良いかわからないランは顔を伏せる。すると、机の上に置かれていた一通の手紙を手に取り、イアンが口を開いた。
「アイシャがここにいない原因はこれか?」
「あ……。はい、おそらくは……」
手紙の内容は知らないが、それが原因でどこかに行ってしまったことは間違いない。ランはやはり捨てればよかったと後悔した。
「旦那様、手紙にはなんと?」
テオドールがそう言って手紙を覗き込もうとすると、イアンはそれを彼に渡した。
「これは……」
手紙に視線を落としたテオドールはそれをランにも見せた。
ランは余計なことを言いそうになる口元を押さえ、イアンの方をを見上げる。
イアンは二人を見ることなく、アイシャを探してくると部屋から駆け出した。
「お、追いかけなくて良いのですか?」
「大丈夫でしょう。それより、ランはみんなに奥様の姿を見てないか聞いてきてください」
「は、はい!」
ランは深く頭を下げて部屋から飛び出した。
残されたテオドールは再度、手紙に視線を戻して小さくため息をこぼす。
「さて、どうなるかな?」




