18:告白
「うぇ!?テ、テオ様!?」
いるはずのない人物がいることに、ランは激しく動揺した。
とりあえず、どうしたものかと荷物持ちをしてくれているカーベルを見上げる。
だが、カーベルはただ黙ってニコニコとこちらを見下ろしているだけで、何も言ってくれない。
相変わらず、まるで子どもを見るような慈愛に満ちた目だ。腹立たしい。
ランはふうっと息を吐くと、仕方なくテオドールに話しかけた。
「あの、テオ様?どうしました?何かありました?リズさんは?」
「ラン、業務連絡じゃないけど聞いてくれますか?」
「え、あ、はい……。何でしょう?」
「好きです」
「はあ、そうですか。好きで………………、え?」
聞き間違いだろうか。あり得ない言葉が聞こえた気がする。
(いやいや、そんな筈はないわ)
だって今日のテオドールはリズベットの告白を受け取って、晴れて正式に彼女と恋人同士になったはずだ。ランの中ではその予定だった。
ランはまさかの二股かと自分に抱きつくテオドールを引き剥がした。
しかし何故だろうか。ジッとこちらを見つめる紅い瞳は自分しか見てないような気がする。
ランはまさかそんなはずはないと思いつつ、体が熱くなるのを止められない。
そう。まさかそんなはず、ない。
「好きです。ランが好きです」
「いやいやいや、おかしいでしょ」
「おかしくないです。僕はランが好きです。体は小さいのに誰よりも大きな心を持ってて、度胸があって格好いいランが好きです」
「何言って……」
「強がりで意地っ張りで素直じゃないところも、無駄に察しが良くてお節介なところも全部好きです」
「あの、ちょ……」
「僕はランをリズの代わりにしたことなんて一度もない。恋人に触れるみたいにランに触れるのは、ランとそういう関係になりたいから。ランが好きだから触るんです。ランを見てると我慢できなくて触りたくなるんです」
「ちょ、ま、待っ……。やめ……」
「抱きしめてると安心するけど、それ以上に緊張して。毎回鼓動が早くなってたの気づきませんでしたか?この髪飾りだって、どんな意味を込めて贈ったのか、本当に気づかなかった?男が女性にストックの花を贈る意味を知らないの?」
「あの、本当にやめて……」
「それなのに、なんで今日に限ってつけてるの?他の男に見せるために贈ったんじゃないのに。というか、何で今日はそんな可愛い格好してるのさ。だめだよ。ランは可愛いからすぐに誰かに捕まってしまう。お願いだから、自分が可愛いことをもっとちゃんと自覚して欲しい」
「や、やめて……」
「ねぇ、ラン。そろそろ限界なんだけど。もう4日だ。4日も君に触れてない。まともに会話してない。君に触れたい。抱きしめたい。あわよくばキスしたいし押し倒した……」
「や、やめてってば!!」
ランはテオドールの口を両手で塞いで強制的に黙らせた。
祭りで騒がしかったはずの商店街はシンと静まり返る。
みんながこちらを見ている。
恥ずかしくて居た堪れなくて、でも嬉しくて。混乱したランの胡桃色の瞳はグルグルと渦を巻いていた。
「ど、どどどどどうしたんですか!?頭おかしくなったんですか!?なんか、全部ダダ漏れなんですけどぉ!?」
普段は自分の心の内側なんて絶対に見せないくせに、今日は何故か恥ずかしいほどに全部垂れ流している。
テオドールらしくない。どうかしている。
「さっきからずっと何言ってんの!?大丈夫!?何か変なものでも食べました!?」
ランはテオドールの口を塞いだまま、自分から遠ざけるようにグイグイと彼を後ろに押す。
しかしランから離れたくないテオドールは、自分の口を塞ぐ彼女の手のひらをペロリと舐めて反抗した。
「ふぁ!?」
驚いたランは瞬時に手を引っ込める。何を考えているのだ、こいつは。
「な、なななな何するんですか!?」
「口を塞がれては喋れない」
「もう喋るなぁ!」
「さっきはごめん、本能のままに話しすぎた」
「本能とな!?」
「言わなきゃいけないことを頭の中で整理しながらここまできたつもりだったけど、君の姿を見たら考えていたことが全部吹っ飛んだ」
順序立てて一つ一つ丁寧に説明するつもりだったのに。
やはり恋とは難しい。うまく感情がコントロールできない。
「リズには告白されました。でも断りました。彼女は涙を見せなかったけど、多分泣いています。僕のせいです。だからランの友人を泣かせたことについて、怒ったなら気にせず僕を殴ってください」
「は、はい?」
「今までの僕の不誠実な態度も全部、謝ります。ですが君が許せないというなら、やっぱりぶん殴ってもらっても構わないです」
「ほんと、何言ってんの?」
「でもとりあえず先に、返事だけ聞かせてもらってもいい?」
「……え?今ここで?」
「今ここで」
「嘘でしょ……?」
ランは苦笑するしかなかった。
テオドールは目の前のランしか見えていないが、ランには周りが見えている。
衆人環視の中、こんな風に熱烈に好きだと言われたら、YESと答えるしかない。
それはランとしては少しばかり不本意で、後々、みんなの期待に応えるために頷いたのかとか面倒なことを言われそうな気がする。
多分、いや絶対にこの男は何かの拍子にそんなことを言ってくる。そういう奴だ。ランはよくわかっている。
「えーっと……、い、今はちょっと言えないです……」
「どうして?」
「どうしてって、それはこっちの台詞ですよ!何でそんなに性急なんですか!」
「だってもう無理だから」
「はい?」
「今更だってわかってる。自分がどれだけ面倒くさくて最低なやつかも知ってる。だから振られたキッパリ諦める。もう気安く触れたりしない。今後も業務連絡以外では話しかけない」
「えっと、それは別にそこまでしなくとも……」
「でももし受け入れてくれるのなら、今すぐ君に触れたい」
「……なっ!?」
「言っとくけど、触れるって、ただ抱きしめるだけとかじゃないから」
「ちょ、真昼間から何言って……」
「どうしてそんなに驚くんだよ。本心を見せろと言ったのは君だろう?」
「欲望を曝け出せとは言ってませんよ!バカか!」
そういう意味で言ったつもりはないと、ランは叫んだ。
だがテオドールはやっぱり引かない。
熱っぽい瞳で、懇願するようにジッとこちらを見つめて、しつこく迫る。
必死すぎる。いつもの余裕綽々な彼は何処へ行ってしまったのか。
「ラン。好きだよ」
「ちょ、あの、ほんとやめて……」
「好き」
「あの……」
「愛してる」
「うぅ~~~!!」
頭が爆発しそうだ。
してやられた。不意打ちすぎて冷静になれない。
顔を真っ赤にしたランは俯いて唇を噛み、唸った。
(バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないの!?)
ああ、本当にどうかしている。
この状況、どう収拾をつけるつもりなのだろう。
囃し立てる民衆の声がうるさい。ニヤニヤするカーベルの顔がうるさい。
指笛を吹くな。ラッパを鳴らすな。拍手をするな。
「…………うるさいよ、ほんと」
頭に血が昇りすぎたランは元々そんなに持ち合わせていなかった冷静さをさらに失い、とりあえずテオドールの胸ぐらを掴んだ。
そしていつかの夜のように、先ほどからずっと訳のわからない事ばかり言う口を塞いでやった。
期待以上の展開に沸く民衆。
まさかまたその方法で口を塞がれるとは思っていなかったテオドールは目を丸くした。
そして、周りの歓声でようやく今の状況を理解した。
しかし、ここで冷静になってはダメだ。恥ずかしさで死ねる。
だから彼はランの腰に手を回すと、腕の中に閉じ込めるようにキツく抱きしめて、息継ぎの暇さえ与えずにもっと深く口付けた。




