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16:ハンカチ

 テオドールの姿が見えなくなり、リズベットはようやく涙を流した。

 耐えることができてよかったと思う。

 もしも彼の前で涙を流してしまっていたら、きっと彼の決意を揺るがせてしまっていただろうから。


「テオのばか……」


 一粒でも涙を流すともうダメだ。あとは決壊したダムのように止まらない。

 涙腺がバカになったみたいに、次から次へと溢れてくる。


「あいつ、ハンカチ持っていきやがった」


 どうして貸してしまったのだろう。これでは涙が拭えない。

 服を汚したくないリズベットは、拭えない涙を垂れ流していた。

 こんな姿、誰かに見られたら恥ずかしくて死ねる。

 すると、フッと影ができる。そして次の瞬間には、頭の上からマントが被せられた。

 布からは嗅いだことのある匂いがした。これはテオバルトの形見分けでアルヴィンが貰っていった香水の匂いだ。


「アル……じゃなくて、団長?何しにきたの?」

「アルでいい。お前はいつまでも慣れないな」

「それは、本当にごめんなさい」

「いいよ。俺も別にお前に団長と呼ばれたいわけじゃないしな。でも仕事中はちゃんとしろよ」

「うぃ……」


 アルヴィンはマントの上から乱暴にリズベットの頭を撫でる。

 リズベットはされるがままに撫でられてやった。


「暑いんだけど」

「じゃあ取れば?」

「今すごく不細工だから嫌だ」

「リズの泣き顔なんて、俺は嫌と言うほど見てるから今更だろう。それに、テオバルトも見たがってるんじゃないか?泣き顔が好きだって言われたんだろ?」

「なんで知ってるのよ」

「だって昔そんなことを言ってたから。リズはつい泣かせたくなると」


 それを聞いたアルヴィンは流石にちょっと引いたと笑う。

 好きな女を泣かせたいとか、ガキかよ、と。

 リズベットは面白おかしくテオバルトとの過去を語るアルヴィンに乗せられ、仕方がないとマントを取った。


「化粧が落ちてるぞ」

「よくわかったね、化粧してるって。かなり薄くしてきたのに」


 どうせ泣くことになろうとも、告白の時くらいは可愛くありたかったから慣れない化粧をしてきた。

 尤も、リズベットが珍しく化粧をしていることにあの男は気づかなかったようだが。


「せっかく可愛くしてるのに、台無しだな」


 アルヴィンはリズベットの隣に座ると、頬に手を伸ばして指で涙を拭ってやった。


「ハンカチ貸して欲しい」

「持ってないのか?」

「テオに貸した」

「なんで貸すんだよ、馬鹿だなぁ」

「だってテオが泣くんだもん」

「泣いたのか、あいつ」

「そうよ。子どもみたいに泣いていたわ」

「珍しいこともあるものだな」

「この事は呑みの席で一生揶揄ってやるんだから」

「ははっ。怖い怖い。……しかし、リズ。ここで残念なお知らせだ」

「何?」

「俺もハンカチは持ってない!」

「…………は?あたしのこと慰めに来たんじゃないの?」

「そうなんだけど、ここにくる途中に転けて足を擦りむいた女の子にあげてしまった」

「むむむ。なら仕方がないわね」


 ハンカチがないのなら仕方がない。リズベットはアルヴィンの服を掴み、自分の方へと引き寄せた。

 そして彼の胸元に顔を埋めて、ハンカチ代わりにしてやった。


「こら、汚れるだろうが」

「知ってる?ハンカチは喋らないのよ?」

「最近のハンカチは喋るんだ。あと酒も飲む」

「…………まさか、墓の前で酒盛りするつもり?」

「いつもしてるぞ?」

「倫理的にどうなのよ、それ」

「イアンの許可は取ってるから大丈夫だ。それに今日はリズの失恋記念だからな、秘蔵の酒を持ってきた」

「失恋は記念するものじゃないわよっ!」

「ぐふっ!?」


 リズベットはアルヴィンに縋り付いたまま、彼の下顎に頭突きをかました。

 アルヴィンは後ろに倒れ、顎を抑えて悶絶する。


「痛~~~っ!?」

「ははっ!ざまあみろ!」

「てめ……、そういうことする奴には酒やらないからな!」

「え、それはやだ。呑みたい。呑まないとやってられない」


 リズベットはむぅ、と子どもっぽく頬を膨らませた。

 せっかく酒があるのなら呑んで全部忘れたい。

 涙と一緒に、まだ心に残る彼への想いを全部押し流してしまいたい。 


「潰れて泣いて、あいつのこと呼んでも、もう連れてきてやれないぞ?」

「いいよ。あたし、飲んだ時のことって覚えてないからよくわからないし」

「……そういえばそうだったな」


 酔うと近くにいる奴に絡むだけ絡んで、そのあとはひたすら泣いて、スッキリしたら寝て、起きたら全部忘れているというのがリズベットの酒の席でのルーティンだ。

 アルヴィンは本当に迷惑な奴だと、歯を見せて豪快に笑った。


「酒を飲ませる時の新しいお守り役を決めとかないとなぁ」

「アルでいいよ」

「おいこら、勝手に決めるな」

「仕方ないじゃん。アルが一番信用できるし」

「あんまり簡単に信用するなよ。男はみんな狼だって言うだろ?そろそろ酒の飲み方を覚えないと、いずれ誰かに喰われるぞ?」

「じゃあ、しばらくはアルとしか飲まない」

「おま……、人の話聞いてたか?」

「アルは酔ってる女に変なことするような奴じゃないでしょ?まあ、酔った女を介抱してやった結果、いつの間にか婚約する羽目になってることはあるかもしれないけど」

「それでその後、いつの間にかその女が他の男と結婚してるまでがセットだな。……って、やかましいわ!」

「…………面白くないわね。このネタ、擦りすぎたかしら」

「うるせぇ。お前が言い出したことだろうが」


 アルヴィンは揶揄ってくるリズベットの頭をグーで小突いた。

 リズベットは頭を抑え、キッとアルヴィンを睨む。

 

「痛い」

「俺のが痛かった」

「ごめんね、顎が割れてしまったみたいで」

「割れてねぇよ」


 もう一度小突かれる。今度は少し強めに。

 やはり余計な事は言うものではない。


「まあ、今日は俺が責任持って屋敷まで連れ帰ってやるから、好きなだけ飲め」

「うぃ」

 

 アルヴィンは酒瓶を空けると、いつものようにコップ一杯分をテオバルトに捧げる。

 そして今日は、リズベットにも同じように分けてやった。


「じゃあ、あたしの失恋を祝して?」

「ははっ。結局祝すのかよ」

「いいのよ。はい、乾杯!」

「乾杯」


 二人はコップと瓶を合わせ、カチンと音を鳴らす。

 すると、それに合わせるように優しい微風がリズベットの頬を撫でた。


「おお、泣き顔作戦成功かな?」


 リズベットはその風を、テオバルトが涙を拭ってくれたのだと都合よく解釈した。




 



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