14:デート(1)
夏祭り初日。外は快晴で、街は朝早くから賑わっている。
そんな中で、テオドールは早朝からイアンの執務室で仕事をしていた。
「ワーカーホリック……」
これからデートだと言うのに、色気のカケラもない。
ついさっき身支度を終えたばかりのイアンは、執務室の扉の枠にもたれかかると、腕を組んで品定めするようにテオドールを上から下まで眺めた。
「何というか、デートらしからぬ服装だな」
テオドールが着ているのは、騎士団の正装だ。
まだ家臣としての彼の立場が決まっていないときにイアンが念のためにと作っておいたものだが、何故このタイミングでこれを着るのか。
理由は一つしかない。
「リズが正装で来いと言うものですから」
「なるほどなぁ」
「でも暑いし重いんですよね、この服。だから流石にマントは置いてきました」
「そりゃそうだろ。というか、あまり似合わないな」
「言わないでください。わかっているので」
テオドールは長らく鍛えていない。元々痩せ型の自分に騎士服が似合わないのは彼が一番よくわかっている。
だから正直なことを言うと逃げ出したい。
おそらく同じ服装をしてくるリズベットの隣に立つことを考えると、惨めな気分になる。
だって絶対に彼女の方が似合っているし、彼女の方がカッコいい。
「ま、リズがその服装を指定してきたってことは、行き先は一つしかないが……。逃げるなよ?」
「逃げませんよ。信用ないなぁ」
別に答えを出したくなくて逃げたいわけではないけれど、変なところで鋭い主人にテオドールは内心少しだけ焦った。
「あら、テオ。珍しい格好をしているのね」
二人が話をしていると予定確認のためにアイシャがやってきた。
「奥様、おはようこざいます」
「おはよう」
テオドールはアイシャに挨拶をしつつ、彼女の横を見る。しかし、彼の会いたい人物はそこにはいない。
アイシャは分かりやすくガッカリするテオドールを見て、満足げに口角を上げた。
「あの、奥様。ランは……」
「ランも今日はデートよ」
「………は?」
「あれ?知らない?今日、ランはカーベル卿と夏祭りに行くの」
アイシャはそう言うと、執務机の奥にある窓へと視線を移した。
ハッとしたテオドールはすぐに窓の下を見る。
するとそこには、綺麗に着飾ったランと彼女をエスコートするカーベルがいた。
見たことのない夏らしい白のワンピースに、編み込んでハーフアップにした髪。
その髪には、ストックの花をモチーフにした飾りがつけられている。
今日のランは多分、今まで見た中で1番に可愛い。
テオドールの主観で言えば、すれ違う男たちが全員振り返るレベルだ。
けれどそんな彼女の隣を歩くのは、騎士団では一番優しくて大人で紳士なカーベル。
(これは多分、奥様の嫌がらせだ)
今日、リズベットとデートをするテオドールへの当てつけ。決してデートなんかではないはず。
何故ならカーベルはアルヴィンと同じ歳だ。彼は確かに恋人として理想的な男だが、ランとは歳が離れすぎている。
だからランが彼とどうこうなることはない、はず。
…………多分、ない。
(でも、もし本当にデートだったらどうしよう)
カーベルは物腰が柔らかくて女性の扱いも慣れているし、恋愛小説をよく読むランからすればおそらくは理想的な王子様タイプだ。
間違っても、どこかの誰かみたいに彼女に縋りついたりはしないだろう。自立した大人の男性だ。
たとえまだそういう関係じゃなくても、カーベルにその気がなくとも、ランの方が惚れる可能性はゼロじゃない。
「それは他の男に見せるために贈ったわけじゃないのに……」
カーベルを見上げて恥ずかしそうに笑うランを見下しながら、テオドールはつぶやいた。
その呟きが主人たちに聞かれているかもなんて、考える余裕はない。
「ふふっ。ねえ、テオドール。リズとのデート、楽しんできてね?」
アイシャは含みのある笑みを浮かべ、テオドールに言った。
テオドールは不服そうに振り返り、アイシャを睨んだ。
だが彼女の背後には、何かを悟ったように寂しそうに笑うリズベットがいた。
「お迎えよ、テオドール」
「リズ……」
「ごめん、お待たせ。行こっか……」
「あ、ああ……」
頭が一気に冷えた。
そうだ。今のテオドールに他の男とデートするランを引き止める資格はない。
テオドールは大きく深呼吸をし、真正面からリズベットを見据えて笑った。
「行きましょう。リズ」
この歪な関係を終わらせるために。