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11:面倒くさいけど(2)

 その日の夜。ランはリズベットの部屋を訪れていた。

 時間からして、そろそろテオドールが来る頃合いなのだろう。リズベットは気まずそうに時計を見る。きっと逢い引きを邪魔されたくないのだ。

 だからランは時間は取らせないと言ってやった。

 すると、彼女は少し安堵したように「そうか」と笑った。


「単刀直入に言いますね。ちゃんと告白した方がいいです」

「な、何よ。急に……」


 藪から棒にそんなことを言い出すものだから、リズベットは動揺した。

 全てを見透かしたような胡桃色の瞳が、少し怖い。

 

「リズさんはいつまで可哀想な女の子のままでいるつもりですか?」

「どういう意味よ」

「あなたの呼ぶ『テオ』が墓の下に眠る男でないことは見ていればわかります」


 騎士団のみんなは、リズベットはテオドールのことが好きなのだと思っている。

 だからニーナは『二人の複雑な関係に気づいている人は少ない』と言っていたのだろう。

 だが、そんなことは当たり前だ。リズベットは実際に、テオドールを見ているのだから。

 テオドールを通してテオバルトを見ているわけじゃない。ちゃんとテオドールをテオドールとして見ている。

 見方が歪んでいるのは、下手に当時の状況を知ってしまっているニーナたちの方だ。


「あなたは、テオ様とテオバルトさんを似ているとは思っていても、テオ様を彼の代わりにはしていない。最初はどうだったか知らないけれど、今は違う」

「……何を言ってるの?」

「本当はもう気づいてる。二人は全くの別人で、あなたが好きなのはいつもあなたを気にかけてくれるテオ様の方。あなたの心にテオバルトさんが入り込む隙間なんてもうない。ただ彼の最後のひと言が気掛かりで前に進めないだけ」

「言っている意味がわからないわ……」

「もしくはテオ様を自分に繋ぎ止めていたいがために、未だ二人が重なって見えるフリをしている、とか?だとしたらかなりズルいわね」


 わざと挑発するような言い方をしてくるランをリズベットは睨みつけた。


「あら、図星?」

「喧嘩売ってんの?」

「売ってる」


 ランは食い気味に返した。


(怒ればいい)


 喧嘩にでもなれば、リズベットだって本心を吐き出すかもしれない。

 怒りに任せて言いたいことを全部ぶち撒けてしまえば、きっと心は少しスッキリするはず。

 

(そうして晴れた心であの人を見ればきっと、彼が自分を見ていることに気づいてくれるはず…‥)


 だからランは言葉を続けた。

 

「別に好きだったわけじゃないんでしょ?」

「……っ!?」


 リズベットはびくりと肩を跳ねさせた。さすがだ。反応がわかりやすい。


「リズさんはテオバルトさんのこと、『隊長』って呼んでいたと聞きました」


 ランはイアンにそれとなく、リズベットとテオバルトの関係を尋ねた。するとイアンは仲の良い兄妹のように見えたと言っていた。

 リズベットは別にテオバルトに恋をしていたわけじゃない。

 憧れてはいたが、それだけだ。当時はまだ、それ以上でもそれ以下でもなかった。


「好きでもなかった死人に義理立てする必要がどこに?」


 ランの鋭い視線にリズベットは目を逸らせた。

 胡桃色の瞳は前を見ろと言っている。

 心地の良い微睡の中でうずくまっていないで、いい加減に目を覚ませと言っている。

 

「お節介よね、本当に」


 リズベットが前を向いたら、真っ先にすることがテオドールへの告白だと知っているくせに。

 敵に塩を送るみたいなことをして、馬鹿みたいだ。

 でも、リズベットはランのそういうところが好きだ。

 だから、彼女の覚悟には応えないといけない。

 リズベットは大きく深呼吸をして、観念したように声を震わせながら口を開いた。


「……た、大切な人だった。あたしのこと大事にしてくれたの」

「そうですか」

「甘ったれだったあたしに現実を教えてくれた。そしてその上であたしを必要としてくれた。だからあたしは、隊長の期待に応えたくて頑張った」

「……うん」

「好きじゃなかったけど、好きになりかけてたの。多分あのまま同じ時間を過ごしていたら、きっと恋になってた」


 捻くれた性格も、口は意地悪なくせに触れる手は優しいところも、全部好ましいと思っていた。

 だからテオドールが目の前に現れた時、帰ってきてくれたのだと思った。


「似ていたの。声とか話し方とか。だから代わりにした。隊長と歩んだはずの未来を想像しながら、テオに恋をした。でも……」

「テオ様本人を好きになってしまったんですね」

「うん……」


 リズベットは目に涙をためて、頷いた。

 結局、誰かが誰かの代わりになるなんて不可能だ。絶対にどこかで歪みが生じる。

 テオドールとテオバルトは似ているけれど、全然違う人間で。

 リズベットは、リズベットの事情を知りながら、それでも何も言わずにそばにいて、ずっと死人の代わりをしてくれるテオドールに恋をした。

 気持ちがないのに気持ちがあるフリすらしてくれる、残酷なほどに優しい彼に、恋をした。


「テオがあまりに優しいから、つい甘え過ぎたわ」


 随分とひどいことをしたと思う。

 テオドールの気持ちがこちらにないのはわかっているのに、長い間自分に縛り付けていた。

 そのせいでテオドールは今、手を差し伸べた責任感と芽生え始めた恋心の狭間で揺れている。


 長く依存していたから、手を離すのは少し怖い。

 けれど、もう解放してあげなくては。 


 リズベットはそう言って不安げに笑う。ランは彼女の手をギュッと握った。


「大丈夫ですよ。そんなに必死にしがみつかなくても、リズさんなら大丈夫だから!きっと想いは報われます。だから真正面からあの人を見て。ちゃんと向き合って。代わりじゃないんだって、教えてあげてください」

「うん……。そうね。いつまでもこのままじゃダメよね」


 戦争は終わった。みんなそれぞれに前を向いて歩み出している。

 リズベットもそろそろ、ケジメをつけなくてはいけない。

 

 この恋を、()()()()()()()()()()()()


 リズベットは少しだけ寂しそうに目を細め、ランを見下ろした。

 ランは聡いのに、自分のことはあまり見えていない。

 だから彼女はひとつだけ、一番大事なことを間違えている。

 悔しいから、まだ教えてやる気はないけれど。


「あ、もしかしてテオバルトさんのこと気にしてますか?それも大丈夫。テオバルトさんには報告だけしておけばいいんですよ。死ぬほど面倒くさい男はどうせ死んでも面倒くさいんだから、謝ったって許してくれるわけないし、事後報告だけして逃げるが勝ちです!」

「あははっ。そこは彼も許してくれる、とか言うところじゃないの?」

「だって、絶対許してくれないでしょ?」

「うん。多分許してくれない。そういう人だもの。でも……」


 そういえば、一度だけ言われた気がする。

 『リズは泣き顔が一番可愛い』と。


「だから、墓の前で泣いて見せたら、あたしのことが可愛く見えて許してしまうかもしれないわ」

「……うわぁ。まじで性格悪い人だったんですね」


 ランは自分なら絶対に好きにならないと、心底嫌そうに眉を顰めた。

 リズベットは「ランは意外とそういう人の方が好きだと思うけど」と笑った。


「夏祭り、テオを誘ってみるわ」

「それがいいです」

「ラン。ありがとう」

「別に何もしてないです」  


 珍しく素直にお礼を言われたのが気恥ずかしいのか、ランは俯いて顔を隠した。

 リズベットはそんな彼女の前にしゃがみ込むと、下から見上げて顔を覗いた。

 

「最後にひとつだけ、聞いてもいい?」

「はい」

「どうしてそんなに、あたしのことわかるの?」

「わかりますよ。だって私も、同じ男を見ているのだから」


 ランはサラッと言った。

 あまりにアッサリと認めたものだから、リズベットは大きく目を見開いた。


「意外ね。認めるとは思わなかったわ」

「人の領域に土足で踏み込んでおいて、嘘をつくのは誠実ではないでしょう?」

「真面目ね」

「リズさんほどじゃないですよ」

「あたし、ランのこと好きよ」

「私も嫌いではありません」

「そこは好きって言ってほしいなぁ」


 リズベットはまるで姉が妹に言うように優しい声で、仕方がないなと呟いた。 




 そう、仕方がない。

 この小娘が相手なら、素直に負けを認めてやる。

 


 


 ***




 リズベットの部屋を出てすぐ、ランはテオドールと遭遇した。

 彼は何か言いたそうにしていたが、ランは無視して通り過ぎた。


 これはリズベットのためにやったこと。


 けれど、それが結果的には彼を救うことになるだろう。

 そのことが腹立たしいので、今はまだ話したくない。


「はあああああ」


 ランはまた大きなため息をこぼした。多分これで辛うじて残っていた幸せの残りかすも全部消えたことだろう。


「ほんと、面倒くさいんだから……」



 でも、そういう面倒くさいところは嫌いじゃない。


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