9:自分の幸せ(2)
あの時、自分が殿をつとめていれば良かったのか。
あの時、みんなで戦えば良かったのか。
あの後、リズベットと仲良くなるテオドールを利用して、あちらの情報を探ろうとしなければこんなに拗れなかったのか。
とか。
考えてもどうしようもない『たられば』がアルヴィンを苦しめる。
イアンはそんな彼の背中に手を添えると2回ほど優しく叩いた。
お前のせいではないと言うように。
「戦場で、一人を犠牲にして三人が助かるなら、そうするのは正しい。単純に数字だけ見て考えるなら、テオバルトの判断は間違いじゃない。ニックとリズを隠しながら二人の魔族と戦うのは現実的じゃない」
「まあ、そうなのかもしれませんけど……」
「それに、あの日の指揮官はテオバルトであってお前じゃない。だからテオバルトの死は誰の責任でもない。言うなればあいつ自身の責任だ」
「……」
「そして、敵の様子をリズベットの部隊にだけ別の情報を与えて、罠を張ろうと言ったのは俺だ。テオドールがそれをあちらに流すのを期待してな。仲良くなる二人を利用して。まだテオバルトの死の傷が癒えきらないリズベットを利用して。そういう下衆い作戦を立てたのは全部俺だ」
冷徹にならねばいけない時だった。だからイアンはその選択を後悔はしていない。
けれど、どうやらアルヴィンはそうではないようだ。だから悩んでいる。
「……全部俺のせいにすればいいのに」
最高司令官はイアンだ。だから全ての責任はイアンにある。
他人に責任を押し付けない姿勢は尊敬に値するが、背負いきれないのなら放り投げてもいいのにとも思う。
「みんな真面目なんだよなぁ」
誰も責任を感じる必要などないのに。
いつの間にか涙を流していたアルヴィンに、イアンはハンカチを渡した。
「というか、そんなに後悔してるならお前が幸せにしてやれよ」
「俺ではテオバルトの代わりにはなれません」
「だから、どうしてテオもお前も代わりになろうとするんだよ。テオバルトの代わりなんて、テオバルト以外できるわけないだろ?」
「まあ、それはそうなんですけど……」
「それに、男の傷は新しい男で癒すもんなんだろ?ほら、お前も昔そんなことを言ってたじゃないか」
「……もしかしてそれ、元婚約者のこと言ってます?だとしたら性格が悪すぎるな」
唐突に過去を掘り返してくるイアン。アルヴィンの涙は一瞬にして引っ込んだ。
本当にデリカシーがない。
だが、イアンは睨むアルヴィンを横目に、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて話を続けた。
「恋人に振られて自暴自棄になってる女を拾って、世話してやって、挙句の果てには救った責任を取れと言われたからと婚約までしてやるなんて……。お前はどんだけ良いやつなんだよ」
「……まあ、そんな彼女も戦争が終わっていざ帰ってきたら他の男と結婚してましたけどね!!」
この話はもう、騎士団の間では鉄板ネタだ。イアンは堪えきれずに吹き出した。
その昔、川に身を投げようとしている女を拾ってやったアルヴィンは、紆余曲折あった末にその女と婚約した。
だが、結婚式を目前に戦争が始まり、結婚は延期になったのだ。
そして長い戦争が終わり、いざ生きて帰ってくると女はアッサリと振られたはずの恋人と復縁していた。
戦場から戻ってきたら恋人が別の男と結婚していた、なんて話はよく聞くが、アルヴィンほど不憫な話はなかなか聞かない。
「お前を振った元婚約者は見る目ないな」
「……俺は良かったと思ってますよ。彼女が彼と復縁できて」
「流石にもうちょっと怒れよ。せっかく無事に帰ってきたのに、他の男と結婚してた元婚約者を責めもせず、『仕方ない』と許したばかりか、祝儀まで渡してやって……。俺はお前にこそ幸せになってほしいと思うよ」
「そういうのいらねーっす」
「誰か良い人はいないのか?」
「好きな奴ならいるんで、マジで余計なことしないでくださいね」
「……え、誰?」
「秘密です」
「ニーナ?」
「ニーナは彼氏いる」
「聞いてないんだけど」
「割と周知の事実ですよ。結婚するつもりはないらしいっすけど。……何で知らないんすか」
やはり鈍い。アルヴィンはハンカチを突き返して笑った。
その笑顔にイアンは少し安堵した。
「ま、何が言いたいのかというとだな。お前もテオもリズも、自分の幸せだけ考えろってことだ」
他人の幸せばかり考えて自分を幸せにできないのなら、それは結局誰のためにもならない。
イアンはもっとみんな、ワガママに生きればいいと思う。
「とりあえず、テオには俺から話をしてみる」
「お願いします」
「リズの方は様子見だ。今年の夏祭りは規模も大きいし、休みを与えて気晴らしに祭りに連れ出してやるのも良いかもしれん」
「そうですね……」
毎年、テオバルトの命日が近いせいでリズベットは祭りを楽しめていない。
アルヴィンは警備の空き時間にでも彼女を誘ってみるか、とテオバルトに許可を取るように天を仰いだ。




