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【完結】妹の代わりに血も涙もないと噂の男爵の元へ嫁ぎましたが、何やら旦那様の様子がおかしい  作者: 七瀬菜々
番外編

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4:おさげ髪

 テオドールの部屋は他の使用人よりも少しばかり広い。

 しかし室内はとても殺風景だった。

 部屋にあるのはベッドと机と、一人用のソファ。それから空っぽの本棚。

 極端に持ち物が少ないのか、彼のものと思われる物は数着の服と机の上に雑に積み上げられた数冊の本だけだった。

 まるで、この世に未練などないかのようだ。

 テオドールの部屋はそう思ってしまうほどに、何もなさすぎた。

  

 適当にかけてください、と言われたランはベッドの上に腰掛けた。

 そんな彼女の行動にテオドールはギョッとする。

 確かに適当にかけてくれとは言ったが、まさかそこを選ぶとは思わなかった。

 というか、そもそもの話だ。たとえ招かれたと言えど、こんな日も昇りきらないうちに、ノコノコと男の部屋に入るのいかがなものか。

 そういうところは子どもなのか。テオドールはランのことが少し心配になった。


「あの、自分で誘っといてこれを言うのはどうかと思うのですが……。ラン、簡単に男の部屋に入ってはいけませんよ?何されるかわかりませんからね?」


 まるで子どもに言い聞かせるような彼の口調に、ランはムッとした。


「馬鹿にしないでください。テオ様の部屋だから入っただけです」


 警戒心がない馬鹿な子どもみたいに言うな、とランは怒った。

 自分の発言が危ういことには気づいていないようだ。だから子どもなのである。

 テオドールはこれ以上言っても喧嘩になりそうだと言いたいことを内にしまい、仕方なく、一人がけのソファに座った。


 さて、何から話したものか。


 テオドールが言葉を選ぶ間に数分の時間が過ぎた。


「はあ……」


 待ちきれなくなったのか、ランがため息をこぼす。

 テオドールはギュッと目を閉じて、覚悟を決めたように話し出した。


「……リズはこの時期になると眠れなくなるんです。昔の仲間の命日が近いせいだと思います。毎晩、彼の出てくる夢にうなされるようになる。だから、眠れない日はリズが眠るまで手を繋いでやるんです」


 それが責任、ということなのだろうか。

 テオドールはここ数日、ほぼ毎日のようにリズベットの部屋を訪れているらしい。


「だからその、あくまでも寝かしつけと言うか何というか……」


 何もやましいことはしていない。まるで恋人に言い訳するみたいに彼は話す。

 ランはそんな彼を呆れ顔で見つめた。


 聞きたいことはそういう事ではない。

 そういう事ではないのに、それがわかっているのにこの男は話してはくれない。

 結局、リズベット・マイヤーとのことは彼と彼女の問題で、そこにランが入り込む隙などないのだ。

 

(だったら徹底して線を引けよ……)


 ランはこちらを見ようとしないテオドールに眉をひそめた。

 あの日。テオドールの血の色を知ってから、彼とランの関係は確実に変わった。

 明確にどう変わったのかを上手く言葉にはできないけれど、テオドールはよくランをお茶に誘うようになった。

 お茶する場所は決まってニックの小屋で、誘われるタイミングは大体、彼が少し疲れている顔をしている時。

 別に大したことをするわけじゃない。

 ただくだらない世間話をするだけ。そしてたまに髪の匂いを嗅がれて、たまに抱きしめられてやるだけ。

 その時間はランにとって暇つぶしでしかない。

 けれど彼にとっては多分、大事な息抜きの時間なのだろう。そのことはランもニックもわかっていた。


 だから今の今まで何も言わないでいたけれど、流石に虫が良すぎる気がする。

 内側を見せる気は無いのに、一方的に寄りかかってこようとするその態度が気に食わない。 


「テオ様、こっち」


 ランはそう言うと、ベッドを叩いて隣に座るよう促した。

 しかし流石にそれは、とテオドールは躊躇する。

 するとランは


「来ないと、襲われると叫びますよ」


 と脅してきた。立場的にもそうされるのはまずい。

 テオドールは仕方なくランの隣に移動した。


「これで満足ですか?」


 テオドールは不機嫌そうに問う。けれど、返事はない。

 隣から生暖かい視線は送られているが、それが何を意味するのかはイマイチわからない。

 テオドールはポリポリと人差し指で頬を掻いた。


「あの、ラン……」

「テオ様……」


 ランは不意にそっとテオドールの頬に手を伸ばし、体を少しだけ前に傾けた。そしてそのまま自分の顔を近づける。


(あ、これは……)


 また噛みつかれる。テオドールはギュッと目を閉じた。

 けれど彼の予想は大きく外れ、ゴンッという鈍い音と共に額に強い痛みを感じた。


「痛っ~~~!?」


 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 またあの夜のような展開になるのかと思ったのに、これは予想外だ。

 テオドールは額を抑えて眼前のランを睨んだ。


「何をするんですか」

「なんか、腹が立ったので」

「何でランは無傷なんだよ、石頭め」

「鍛えてますので」

「意味がわからない」

「あら?もしかして、キスされるかもと期待しました?」

「してねーよ、調子に乗るな」


 煽るように鼻を鳴らすラン。テオドールは無意識に口調が崩れる。

 相変わらず生意気だ。その余裕な態度がとにかく腹立たしい。

 だからテオドールはトンッとランの肩を押した。

 ランはそのままあっけなく、ベッドに背をつけた。


「……何ですか?」


 テオドールは彼女の肩口に手を置き、じっと見下ろす。 

 ランは相変わらず、顔色一つ変えずに冷めた目でテオドールを見上げていた。


「いつもおさげだな」


 幼い容姿のランにはよく似合う髪型だ。

 テオドールはそう言って徐に彼女の髪に手を伸ばし、片方のおさげを解く。  

 手櫛で上から下までサッと梳いてやると、ランのおさげはいとも簡単に解けた。 

 テオドールは指に毛先を絡めて弄んでみる。


 ……きっと何も考えていないのだろう。


 その無機質な赤い瞳はランの方を見ているようで、見ていない。だからこんなふうに、気安く触れるのだ。


 彼にとっての自分はただの愛玩動物でしかない。 


 そう思うとランは無性に腹が立ってきた。

 

「テオ様、気づいています?」

「ん?何が?」

「今のあなたは、彼女と逢い引きしたその足で、別の女を自分の部屋に連れ込んでるただのクズ野郎ですよ」

「……………うるさいです」


 その通り過ぎて言い返せない。

 冷静になれたのか、テオドールはすごく難しい顔をしてランの上から退いた。


 ランはふぅ、と息を吐くと体を落こし、乱れたお仕着せを直す。

 そしてテオドールの手にあった髪留めを強奪すると、舌を鳴らして解かれた方のおさげを結いはじめた。


「……」

「……」


 嫌じゃない沈黙。

 薄暗い中、ベッドに腰掛けて背中まである長い赤髪を結う姿はどこか色っぽい。

 髪を下ろした姿はいつもよりも大人びて見える。

 そして、そんな姿が思いの外、似合っている。 

 きっと、馬鹿な男はこういうギャップに騙されるのだろう。中身がどれだけ凶暴かなんて知りもしないで、簡単に声をかけてくるのだ。

 17歳になった彼女はもう子どもじゃない、なんて言って。

 だから


「やっぱり、ランにはおさげが一番似合いますね」


 なんて、テオドールは柄にもないことを口走った。

  




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